満天の星が目の前に広がっている。
虹顔市では見られなかった空に、魅上才悟は思わず息を飲み込んだ。
隣に座っているであろうエージェントの少女も同じように、この空に感動しているのだろうか。
今、才悟はエージェントの少女と共に、隣の市のプラネタリウムに来ていた。
仮面ライダー屋の依頼を解決した際、依頼人から報酬の一つとしてチケットを2枚貰った。2枚しかないので誰を誘うか少し悩んだ末、才悟はエージェントの少女を誘った。
正直プラネタリウムが何なのか全く知らないのだが、隣の市に移動する時に彼女から教えてもらった。星を見る施設らしい。
「都会だと星が見えないから、こういう施設でしか満天の星空を見れないのよ」
と彼女は苦笑していた。確かに、虹顔市ではあまり星空を見た気がない気がする。そもそも早い時間に寝てしまうので、夜空を見る機会が少ないのだが。
プラネタリウムは隣の市のランドマークの一つらしく、それなりに混んでいた。離れ離れになる可能性を少し考えたが、そのような心配は不要だった。
そして今、二人は揃って同じ「空」を見上げている。
『こちらをご覧ください。ここの白鳥座のデネブと……』
ナレーションの言葉と共に浮かび上がる星座とイメージ映像。
しかし才悟はどうしても星座とイメージ映像が一致せず、内心首を傾げた。どうすればその形が白鳥に見えるのだろう。だが。
『デネブ、アルタイル、ベガ。この三つを繋げることで、三角形になりますね。これを夏の大三角形と呼びます』
三角形が浮かび上がる。これはさすがに三角形と認識できた。ナレーションの説明によると、一番明るい星を三つ並べて三角形らしい。またこれを応用して、北極星を見つけることが出来ると説明は続いた。
『北極星はほぼ動くことがないため、昔から方角を知るために使われたんですよ。先人の知恵と言うわけです』
なるほど。
昔の人はコンパスなどの文明の利器がないため、こうして自然から色んな事を教わり、利用していたようだ。頭が良かったんだな、と一人感心した。
ふと、この前のカオスワールドを思い出した。
あれも宇宙だったが、ここの星空とは全く違っている。どういうことだろうか。なぜ、と聞きたくなったが、こういうところで声を出すのはマナー違反だろう。才悟は後で隣の少女に聞こうと思い、口をつぐんだ。
『……と言うわけです。もし興味が湧いたら、今夜空を見上げてみてはいかがでしょうか?』
ナレーションの説明もまとめに入り、そろそろ終わりになるようだ。かすかながらも周りからざわめきが聞こえてくる。才悟も見上げるのをやめて隣をむこうとした時。
『では、今日の星座紹介はこれにて終了です。どなたさまも……』
星が消え、辺り一面が真っ暗闇になった。
――暗い闇の中に、取り残された。
「……!」
思わず肘置きを強く握る。
暗い闇。
真っ暗。
何も見えない。
――自分の、カオストーン。
「あ……」
じわじわと自分の後ろにとりつく、「何か」。
冷や汗が、背中をつうっと流れた気がする。
口が自然と開いていく。何かが、口からこぼれそうになり、才悟は慌てて口を閉めた。
――暖かい手が、自分の手をそっと握った。
「……?」
不思議に思って手の先を見ると、そこには心配そうな顔の少女がいた。
手から感じる、優しく柔らかいぬくもり。伝わる暖かさに、心に忍び寄っていた「何か」が徐々に消えていくのが解った。暗い闇の中、暖かな光が自分の元に差し込んだ気がする。
もう、大丈夫。
そう確信して、才悟はふうと安堵の息をついた。
「大丈夫?」
プラネタリウムから出ると、真っ先に彼女がそう聞いてきた。
「ああ」
嘘をつく理由はないので、才悟は素直にうなずく。それを見た彼女は安心した顔になった。
それにしても。
自分のカオストーンから何も見えなかった事が、思ってる以上に大きなトラウマになっているようだ。まさか暗闇であそこまで動揺するとは思わなかった。
興味ないとは言うが、知りたいか否かで問われれば知りたい自分の過去。それがただの真っ暗な世界だった。
ちらりと少女の方を見る。
彼女は、話を聞いた時何を思ったのだろうか。
聞きたい。けど、今は。
「魅上くん?」
立ち止まった才悟を不思議に思ったか、彼女がこっちを向く。
そんな彼女をまっすぐ捉えながら、自分の今の真摯な願いを伝える。
「手を、握ってくれないか?」
暗闇に、一人取り残されないように。
自分の世界は何もないのではない。この少女だけはずっといるのだと信じるために。
「頼む」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで自分の手を取った。
さっき感じたのと同じ……否、それ以上に優しく柔らかいぬくもりを感じる。ここにいるよ、と自分に教えてくれるぬくもり。
自分は、一人じゃない。
「ありがとう」
想いのありったけを込めて言うと、彼女は微笑んだまま「どういたしまして」と答えた。
「手を繋いだまま帰っていいか?」
ダメ元で聞くと、彼女は照れながらも了承してくれた。
「え!? な、なんか子供のころに戻ったみたいだわ」
「そうなのか?」
「ええ」
そんなことを話しながら、帰路に就く。
ぬくもりがけして消えない事に、才悟はまた安堵の息をついた。
――大丈夫、この手はまだ暖かい。