「ショックだったか?」
VIPルームに入った瞬間、宗雲にそう言われてエージェントの少女は微苦笑を浮かべるしかなかった。
――実は、宗雲と魅上才悟が件の恋愛ドラマについて語り合っている間、彼女もそこにいた。
話の内容が内容なだけあって、どうしても顔を出すのが憚られてしまった。
否、言い訳だ。彼女もそのドラマを見ていたので、話に参加することはできた。しかし才悟たちの会話の内容を聞くにつれ、話に入るどころか顔を出すことすらできなかったのだ。
その中で彼は、いつもの何故何故モードで宗雲にいろいろ聞いていた。人を好きになる理由、恋に落ちた理由、誤解した理由。そんな彼に対し、宗雲は「恋愛体験ができる場があるとしても、お前にはまだ早いかもな」という言葉で締めていた。
才悟はその言葉にも首をかしげていたが、尋ねるよりも先に宗雲が自分を呼んでVIPルーム使用を告げた。そして、入ってからの冒頭の一言である。
(見抜かれてたかぁ)
むしろ、見抜かれないとは思っていなかった。一応相手や周りに気づかれないよう立ち振る舞ってるつもりだったが、海千山千の人間から見ればバレバレと言うことか。
それでも素直に認めるのはまずい気がするし、何より癪だから「何のことでしょう」としらを切ってみる。
「今更その反応もないと思うが……まあ、いい」
「解ってますよ」
宗雲なら口が堅いので、必要以上にしらを切らずに話を収める。
「お前も大変な男に惚れたものだな」
つまみに出したパイナップルの一切れをつまみながら、宗雲がふふと笑う。その色は先ほどの自分と同じ苦笑に近いそれ。全くだ、と思う。
宗雲は知らないが、彼は自分に向かって「乙女心を知っているか」と聞いてきた強者。あともう一言余計な事を言っていれば、平手打ちをしていたことだろう。
それでも、好きなのをやめられないし、彼のその性格を否定することはできない。したくない。
何故なら、彼は仮面ライダーなのだから。
「……私はエージェントですから」
一言では言い表せない感情を、その言葉に込める。
彼が仮面ライダーで在り続けるのなら、自分はエージェントで在り続ける。これは出会ってからずっと心の中で決めていることだ。
ほう、と宗雲が感嘆の息を吐いた。
「そこまで覚悟を決めているのなら、俺が何かを言う必要はなさそうだな」
「アドバイスなら随時募集中ですが」
「ない」
……断言された。
まあ別に恋のアドバイスを求めたわけではない。ただ、さっきの宗雲とのやり取りが個人的にちょっとだけ、つらかったのだ。
恋した以上振り向いてほしい。両思いになりたい。それは誰もが思うことだろう。だがその見込みがない相手だとしたら……。
「俺も奴に対してなら少しは考えたんだが」
パイナップルの最後の一切れを食べた宗雲が、少し慌てたように付け加える。自分にアドバイスはなくとも、彼には何かアドバイスをしたかったようだ。まあ結果はあれだったが。
結局のところ、才悟がアンバランスなのが問題なのだろう。純粋で無知。真っ直ぐでありながらズレている心。
それでも……否、だからこそ、その心が、魂が愛おしい。抱きしめたくなるのだ。
これが恋なのだとしたら、本当に深い恋をしたと思う。同時に、とんでもなく大変な恋をしたとも思う。
「……宗雲さんは、一生忘れないものってありますか?」
「何?」
唐突の質問に、宗雲がこっちを見るのが解った。
「私はあります。最初に魅上くんと会った時の事」
手のひらを見る。あの時、才悟の手を取った手のひら。
初めて化物――ガオナに襲われた時、偶然外を回っていた才悟に助けられた。
――おい、大丈夫か。
――ここは危険だ。ついて来い。
投げかけられた言葉、彼の姿、差し伸べられた手。今でもはっきり覚えている。誇張でも何でもなく、あの時自分の運命は動き出したのだ。
忘れない。忘れたくない大事な思い出。
「私は忘れません。多分、死ぬ間際に思い出すのは……」
――魅上才悟の手の暖かさだ。
あの暖かさを覚えている限り、自分が才悟に幻滅することはないだろうと断言できる。ショックを受けることはあれど、心から傷つくことはない。きっと、死ぬまでずっと。
「……本当に、覚悟を決めているのだな」
宗雲が再度感嘆のため息をつく。
「そう言うことなら、その覚悟を貫け」
「解ってます」
力強く頷いた。言われなくても解っている。彼に恋した分、自分はエージェントとして共に戦うつもりだ。
……でも。
「ちょっとだけ、意趣返ししてもいいと思うんですよね」
「何?」
女の子を女の子とも思わない、鈍感で最低なあの仮面ライダーに。
くすくすと笑いながら、「意趣返し」の内容を教えると、宗雲もつられてくすりと笑った。
「それは大層な意趣返しだな」
「でしょう?」
(気づいて、ちょっとだけでもショックを受ければいいんだわ)
果たして彼は気づくだろうか。それとも先に、ルームメイトが気づくだろうか。
渡したレシートの裏に、「魅上くんのバカ!」と大きく書いてやったことに気づくのは。