アドバンテージ - 1/3

 恋と言うのは厄介で、意識しだすととにかくその人しか目が入らない。
 これが普通の人間ならまだマシなのだろうけど、私はエージェント。しかもサポートするライダーは複数。その人だけしか……なんてできない。
 そして何より。
 私の想い人……魅上才悟には、固い絆で結ばれたバディがいる。

 

「で、才悟は何を頼む?」
「水でいい」
「またかよ!」
 毎度おなじみの仮面カフェ。
 そこでは魅上くんと彼のバディである伊織陽真が食べに来ていた。
 この二人、アカデミー時代からルームメイトだったらしく、何かとコンビで行動していることが多い。所謂、腐ったお姉さま方が速攻でそっち方面で盛り上がりそうな仲の良い二人。
 ……つまり、私にとってはある意味ライバルともいえる存在だ。

 ――伊織陽真が作ってくれたオムライスは旨い。
 ――この服は伊織陽真が見立ててくれたものだ。

 他にもエトセトラエトセトラ。
 まあ本人がそういうことに無頓着なのもあるけど、恋する身としては面白くない。
 衣食住全てにおいて私が彼に勝っている点はなく、逆に彼はバディとして当然と言わんばかりに甲斐甲斐しく世話している。
 今も水でいいと言い張る魅上くんに対し、伊織くんは「じゃあこれ食べたら?」とさりげなく今日の日替わりランチをお勧めしている。本当に甲斐甲斐しい。

 ……解ってる。これは嫉妬。

 伊織くんが甲斐甲斐しいのは魅上くんだけに限ったことではないし、魅上くんが日替わりランチを選んだのも、彼がおすすめしたからではない。
 なのに、自分の中の暗い感情がマイナスの方に私を引っ張っていく。もう諦めろ、と。
「ご主人様」
 執事のレオンに肩を叩かれて、ようやく私は我に返った。
「この注文を運んでくれませんか? あと、魅上さまと伊織さまに水を」
「あ、ごめんなさい」
 昼飯時の仮面カフェは混雑のピーク時。主従関係であろうが使えるものは使うし、使われるものは使われる。
 そういうわけで、私は出来上がった注文の品と水二つを持って行こうとする……んだけど、その注文の品のサイズが大きすぎて、とても水二つを置けるスペースがなさそうだった。
 どうしよう……と悩んでいると、目ざとく見つけた伊織くんが近づいてきた。
「伊織くん?」
「水ぐらいおれが持ってくよ。だからきみはそっち持って!」
「あ、ありがとう」
 伊織くんは笑顔のままひょいと水を二つ持っていき、席で待っている魅上くんの元まで戻る。

 ああ、とうとう取られてしまった。

 どれだけ忙しくても、魅上くんに水を渡すのは私の役目だった。そしてそれを受け取った魅上くんは、一口飲んで「うまい」と言う。いつものルーティーン。
 密かに優越感を持っていたそのルーティーンワークすら、伊織くんに取られてしまった。
 さて、魅上くんはどんな反応するだろう。多分彼の事だから……。

「やっぱり仮面カフェの水はうまい」

 ……ほらね。
 これもまたルーティーン。
 私にとって魅上くんに水を渡すのがルーティーンなら、魅上くんにとってそれを受けとって「うまい」と言うまでがルーティーン。そのルーティーンワークに「私から渡される」というものはない。
 結局、私の独り相撲だったわけだ。
「お待たせしました。日替わりランチです」
 こういう時、仮面をつけてて本当に助かったって思う。
 泣きたいのをこらえられるから。

 昼飯時が終わり、あっという間に人がいなくなる。今日も問題なく山場を一つ乗り越えられた……とほっと胸をなでおろした。
 結局、今日は魅上くんに水を渡すことが出来なかった。
 あの後魅上くんは二回ほどお代わりしたけど、その二回とも伊織くんが持って行った。忙しい私にわざわざ持って行かせるわけにはいかないからって。
 その二人はもういない。今日は仮面ライダー屋の仕事はないから、二人で映画を見に行くらしい。
「あーあ」
 思わずため息が出てしまう。当たり前だけど、仮面カフェがある限り仕事を放り出して二人の後を追うわけにはいかない。

(……仕事)

 そこでぴたりと思考が止まる。
 そうだ、私の仕事は仮面カフェだけではない。エージェントとしてライダーのサポート、カオストーン探しとやることはたくさんある。恋愛に現を抜かしてる暇なんてないんだ。
 大体相手はライダー以外興味ないと断言する(その割には昆虫採集とか好きなものあるんだけど)男。そんな彼に告白したところで

 ――それはライダーに関係あるのか?

 ……返答は容易に想像できる。
 だったらもう振られたものだと考えて、思考を切り替えた方が前向きでいい。スーパーポジティブ。伊織くんの口癖だ。
(別に振られたからって、ライダーとエージェントの関係まで終わったわけじゃないんだし)
 仕事上の関係だとしても、傍にいられるだけでいいじゃないか。
 自分で水を注いで一気飲みする。魅上くんが言う通り、とてもおいしい水だった。