彼のジャンパー - 1/2

「最悪だわ……傘を忘れるなんて」
 唐突のゲリラ豪雨。
 それに見舞われた私は、傘を持ってこなかった自分に唾を吐きつつ、近くの建物に逃げ込んでいた。
 今日は珍しいオフの日。
 図書館に借りていた本を返したまでは良かったんだけど、端っこにあった黒い雲……雨雲に気づかなかったのが運の尽き。
 気づけば私は頭からつま先までずぶ濡れになり、こうして近くの建物に逃げ込んだわけだ。
 車でも出してもらおうか。ああでも、仮面カフェは歩いて5分ほどなんだから、雨が止むまで待った方がいいのかも。
 とりあえずハンカチで軽く雨粒を拭いていると、遠くから人影が見えてきた。迷うことなくこっちに向かってくるその人影は。
「魅上くん?」
 そう、こっちに向かって走ってきていたのは魅上才悟だった。よく見ると仮面ライダー屋のジャンパーを着ているから、多分仕事中だったんだろう。
「やっぱりキミか」
 さすがの魅上くんも、この悪天候の中の全速力はきつかったらしい。ちょっと肩で息をしていた。
「ライダー屋の仕事中だったの?」
 私がそう聞くと、彼は軽くうなずいた。曰く、限定のパンを買うのを手伝っていたらしい。お目当てのパンは無事に買えたから帰ろうとしたら、この土砂降りにやられたんだとか。
 手で汗と雨粒をぬぐう彼に傘は持って行かなかったのかと聞くと、「降水確率は20%だったから」という理由が返ってきた。まあそのぐらいの確立だと、折り畳みか傘を持って行かない人が多いだろう。現に私もそうだったし。
「雨の匂いにもっと早く気づいていれば、建物の中に避難できたんだが」
「あら、魅上くんも雨の匂いが解るタイプなのね」
 雨が降る前に匂う、土が入り混じったようなあの独特の匂い。周りで解る人は結構いなかったから、魅上くんが解る人でなんだか嬉しい。
 その魅上くん。こっちを向いた瞬間、何故かばっと視線をそらした。
「え、ちょ、ちょっとどうし」
 こっちが慌てて話しかけようとしたら、魅上くんはジャンパーを脱いでこっちに渡してきた。
「これを羽織れ」
「え」
「いいから」
 戸惑っていると、半ば無理やり被せるように私に羽織らせる。
 ジャンパーはまだ暖かかった。

 あの後、これまた何故か魅上くんはまだ雨が降る最中「家まで走る」と言って、その場を走り去ってしまった。
 雨はまだ降りしきっており、しばらくは止みそうにない。
 私はジャンパーごと自分を抱きしめた。
(魅上くんのジャンパー、こんなに大きいのね)
 私と魅上くんは身長に10センチほどの差がある。だからジャンパーもサイズが大きく違うのは当たり前なのだけど。
(なんか、抱きしめられてるみたい)
 ただの服なのに、何故かそう感じる。そもそも魅上くんに抱きしめられる経験なんてないんだけど、何故か私はそう感じた。
 脱ぐのがもったいない。私はそう思い……あまりにの恥ずかしさにうつむいてしまった。

 あの後。
 家に帰ってようやく白いシャツが透けて下着がうっすらと見えていたのに気が付いた。
「魅上くん、これに気づいてたからジャンパー渡したのね……」
 ああ恥ずかしい。
 明日どうやって彼にジャンパーを返せばいいのか。
 私は朝までそれについて悩む羽目になるのだった。