シルバーとブレイズを一週間閉じ込めてみた

 季節は冬。ウィンタースポーツの季節真っ盛りな中、オリンピックが近づいていた。
 そのウィンタースポーツの一つであるフィギュアペアスケート。男女のコンビネーションの美しさと息の合い方が一番の鍵であるこの競技に、とある男女ペアが参加することになったのだが……。

「うわっ!」
「くっ!」

 タイミングが合わずにぶつかる男女ペア――シルバーとブレイズ。今回のオリンピック、フィギュアペアはこの二人が参加することになっていた。
 もう一つの男女ペアであるソニックとエミーは、今回はばらばらで別の協議に参加するという。となると、消去法でこの二人が参加せざるを得なかったのだ。
 だがあの二人に比べると、シルバーとブレイズは組んでからの時期も浅く、何より未だ息が合わない。この二人の場合、性格上ではなく時間の問題が大きいのだが。

「つーわけで、これから一週間二人一緒に暮らせ」
「「は??」」
 ソニックの一言に、ブレイズとシルバーは声をハモらせた。ついでに顔を見合わせるが、ソニックはそんな二人にお構いなしで話を続ける。
「競技まで時間がないんだ。一緒にいる時間を増やせば、自然とコンビネーションとかもつくだろ。部屋の手配はテイルスやエミーがしてるから、荷物あるんだったらまとめとけよ!」
 音速の男は、話の展開も音速で片付けるようだ。てきぱきと話をまとめてしまったソニックに対し、二人は慌てて反論する。
「ちょ、いくら何でもむちゃくちゃだろ!」
「そうだ、男女が二人同じ部屋で暮らすというのは、ふしだらな行為があっても……」
「やるつもりなのか?」
「……」
 ソニックのきわめてまともな突っ込みに、二人は思わず絶句した。もちろんやるつもりはないが、ふとしたきっかけで何が起きるか解らないと言いたいだけである。
 だがソニックの方は二人を信じているのかいないのか、話は終わりとテイルスたちの方へと駆け出して行ってしまった。無論、残るのは二人のみ。
「「……」」
 二人は思わず顔を見合わせ、困った顔で頬をかいた。

 というわけで。
 半ば無理やり共同生活をさせられる事になった二人は、ソニックたちに引っ張られる形で部屋に連れて行かれた。
「わー……」
「ほう……」
 部屋のサイズはそれなりに大きく、二人が暮らすには十分だと言える。ソファやテーブルを片付ければ、練習するスペースも確保できそうだ。
 ふとんも二人分確保されているらしいし、気になる部分はほとんどないように見える。
「これなら問題ないでしょ? フィギュアスケートの本やビデオも取り寄せておいたから、部屋にいる間もおもいっきり練習が出来るわよ!」
 部屋を選んだエミーが、どうだと言わんばかりに胸を張った。否定する理由もないので、二人とも素直にうなずいた。
「んじゃ、俺達は練習に行くぜ。二人とも、頑張れよ!」
 後ろで説明やら何やらを聞いていたソニックが、けらけら笑ってブレイズの肩を叩く。なおおまけで余計なことまでささやいてくれたが、それは殴ることで黙らせた。

 同棲一日目。
「え、えーと……」
 部屋の確認をしていたブレイズの背中に、シルバーがおどおどと声をかけた。訝しがりながら振り向くと、シルバーは深々と頭を下げていた。
「ふっ、ふつつかものですが、これからしばらくよろしくお願いしますッ!!」
 ……どうやら最初が肝心と思って挨拶したようだ。しかし、「不束者」とは嫁に行く方が言う言葉であり、この状況で言うものではない。
 無論、シルバーはそんな事全く知らないだろう。ただとにかく丁寧な挨拶だけはしようと考え、こんな変な言葉になってしまったに違いない。思わず笑みがこぼれそうになった。
「こちらこそ、しばらくよろしく頼む」
 挨拶を返すと、シルバーの顔があっという間に笑顔になる。
 ブレイズは何故かその笑顔を真正面から見ていられなくなり、思わず視線をそらしてしまった。

 ……そこまではよかったのだが。
「……ベッド、一つだけじゃないか」
 シルバーの困り果てた声に、思わずブレイズも深々とうなずいてしまった。
 手配間違えか、寝室にベッドは一つしかなかった。これだと、どちらか一人は床で寝ることになる。……二人ともベッドで寝る手もあるが。
 何が「やるつもりなのか?」だ。このミスには悪意しか感じない。
 二人は深々とため息をついた。

 同棲二日目。
 深夜まで散々もめた結果、ベッドは交代で使うことになった。そしてその夜、ブレイズがベッドで寝た。
 朝ブレイズが目を覚まして寝室を出ると、どこかからいい香りが漂ってきた。それに合わせてばたばたと人が動き回る音と、何かが香ばしく焼ける音が飛び込んでくる。
 いったい誰がと首をかしげながらリビングに出ると、ミニキッチンからシルバーがひょっこりと顔を出した。
「あ、おはよう!」
 音と香りの原因は、シルバーが作っている朝食だった。フライパンはいい香りと共に目玉焼きが焼け、テーブルには既にパンが並んでいる。
 野菜をちぎってサラダにする手つきに、迷いも何もない。どうやらそれなりに手馴れているようだ。
「料理、出来たのか?」
 相棒の意外な特技に、ブレイズは思わず目を丸くする。少なくとも自分よりかはマシだろうとは思っていたが、ここまでとは。
 シルバーはくすっと笑いながら「そりゃ一人で生活してりゃ覚えるさ」と答えた。
「ブレイズはお姫様だもんな。一緒にいる間は、オレが作ろうと思ったんだ」
「……すまない」
 素直に頭を下げた。実は食事は一番懸念していることだったので、シルバーが料理が出来るということは嬉しい誤算だった。しかし。
(一人、か)
 シルバーはさらりと言ったが、それは相当重い事なのをブレイズは知っている。ソニックたちと違う時代に生まれ、サイコキネシスという強大な力を持つ故に人とあまり接せられない少年。
(せめてこの時代にいる間は、誰かがそばにいてやらないとな)
 ブレイズはそのことを深く心に刻み込んだ

 同棲三日目。
 慣れというものは恐ろしいもの。シルバーもブレイズも、既に恥ずかしがりもせず普通に過ごしていた。……というより、恥ずかしがったりする暇がもうなかった。
 理由は単純。ペアスケートの練習をずっとしていたからだ。
 外で練習をみっちりとしているものの、今だ二人の演技にはひっかかりがあり、それは二人も自覚していた。故に、部屋に戻っても練習に打ち込んでいたのだ。
 有名選手の演技をビデオでじっくりと見たり、本を読んで実践したり、基礎の動きからおさらいしたりと、常に自分達の演技を磨くことに集中した。
 そのため、この日は言葉少なに過ごした。

 同棲四日目。
 この日も同じように練習に打ち込んだが、一向に改善の余地は見えない。後一歩、何かが足りずにつまづくのだ。
 技術に問題はないはず。ならば、精神の問題だろうか。ブレイズはそう考え、エミーを訪ねた。
「自分達に足りないもの?」
「ああ」
 この寒い中、平気な顔をしてパフェを食べられるエミーに内心驚きつつ、彼女にアドバイスを求めた。
 ソニックとエミーの絆はとても深い。エミーの素直さは誰もが知るところだし、ソニックも表面上こそ嫌々ながらだが、内心エミーを誰よりも大事に想っている。故に、何か解るかも知れないと思ったのだ。
「うーん……」
 エミーはパフェにスプーンをさしてから、頬杖をついてぽつんとつぶやく。
「やっぱ、あれかな。信頼関係とか、そういうのかなあ……」
「信頼?」
「うん。この人は大丈夫! って感じのもの。アタシはソニックなら何されても平気だけど、ソニックは変なことしないってのも解ってるし。だから安心して全部任せられるの」
「……全部、任せる……」
 エミーは軽く言うが、なかなか難しそうに思えた。

 その夜、相当しごかれたのかシルバーは疲れているようだった。それでも夕食を作って食べ、風呂にも入ったから、まだ限界というわけではないのだろう。
 しかし、彼にここまでやらせるのはいけないとブレイズは反省した。

 同棲五日目。
「むう……」
 ブレイズが唸るのは練習の厳しさではない。目の前に鎮座している「食材」という強敵を相手にしてのことだった。
 昨日のシルバーの疲労を見て、せめて家事の一つは手伝おうと思ったのだが、これがなかなか難しい。風呂掃除も二時間かけてようやく済ませられたのだ。
 エミーに頭を下げて簡単なレシピは教えてもらったものの、単純に野菜を切るというプロセスだけでもかなりの難しさに見える。何せ、切った野菜の大きさがてんでばらばらなのだ。
 それでもシルバーに負担をかけられないと、再び目の前の強敵を相手にしようとすると、「ただいまー」とシルバーの声がした。
「あれブレイズ、どこにいるんだ? ……キッチンか?」
「あっ、し、シルバー!?」
 内緒にしようとしていたわけではないが、シルバーの帰りに思わずパニックを起こしてしまうブレイズ。そのせいか、手元がくるって包丁が左の人差し指をざくりと切ってしまった。
「っ!」
「! 何やってんだよ!?」
 様子が違うと察したか、シルバーがばたばたとミニキッチンに飛び込んできた。すぐに傷に気付いたシルバーは、怪我している左のほうの手首を握って自分のほうに引き寄せると

「ん……」

 ためらうことなく、怪我をしている左の人差し指を口でくわえ込んだ。
 切った部分から感じる、ひりひりとした痛みとむずむずとした感覚。シルバーの舌が、傷口を舐めていた。
「――――――っっ!!」
 手袋をつけていなかったのは幸か不幸か。ぬくもりと触れられている感覚が合わさり、みるみるうちにブレイズの顔が赤くなった。
「もっ、もういいっ!!」
 無理やり指を口の中から引き出すと、反動でシルバーがぐらっとよろけた。無論、支えるつもりはない。シルバーの方もそれでようやく自分が何をしたのか気付いたようだ。
「ば、絆創膏取ってくる!」
 ばたばたとキッチンから出て行くその姿を見て、ブレイズはやっと安堵の息を吐いた。
 改めて、舐められた部分を見てみる。ぬくもりはもうなかったが、彼の舌から出たであろうつばがかすかに残っていた。
 ブレイズは思わずそれに唇を寄せかけたが、慌てて水で洗った。それでも、体全体を駆け巡る熱は引かなかったけれど。

 同棲六日目。
 昨日のこともあって、ブレイズはどうもシルバーの顔をまともに見ることが出来なかった。シルバーの方も同じようで、お互い顔を見合わせるたびに慌てて視線をそらす状態だった。
 ……ただ、実際の演技に関しては逆で、昨日よりも上手くなっていた。
 前までは失敗もあったテクニックも普通にこなせるようになっていたし、何よりキレが出てきた。審査員役のシャドウも、これなら高得点は固いと太鼓判を押すほどだった。
「練習の成果がようやく出てきたようだな」
「ああ!」
 ほめ言葉をもらえたことで、ようやく二人の意識もほぐれてきた。顔を見合わせて、力強くハイタッチを交わす。
 ちくり、と絆創膏が貼られた人差し指が痛む。その痛みは、胸の痛みと何故か似ていた。

 同棲七日目。
 いよいよ競技前日となり、今日は調整程度の練習だけ行った。後は体調を整え、ベストコンディションで演技をするのみだ。
 そういうわけでゆっくりと本を読んでくつろいでいたブレイズだが、風呂が沸いたのを見計らってリビングにいるシルバーに声をかけた。
「風呂、先に入るぞ」
「……あ、ああ」
 どうやらテレビに夢中になっていたらしく、返事がやや上の空だった。なんとなく気になってテレビのほうを向くが、あいにくCM中で番組の内容までは解らない。
「何を見ていたんだ?」
 夢中になっている背中に声をかけると、「ドラマだよ」という簡単な返事が返ってくる。
「こういうの、あんま見ないからさ」
「そうか」
 シルバーのいる時代はもともと娯楽の少ない時代だと聞く。好奇心から夢中になって見ていたのだろうと、ブレイズは特に気にすることもなく風呂場へ向かった。

 そうして30分後。風呂から上がったブレイズが見たのは、ぐっすりと眠るシルバーだった。ドラマを全部見るより先に、眠気に負けたらしい。
 部屋は暖かいが、だからと言って布団もなしで寝たら風邪を引く。布団を持ってこようとブレイズが寝室へ足を向けた時。
「……ん……」
 シルバーがぼんやりと目を開けた。その目がうつろなのは、まだ眠気が振り切れていないのだろう。
「こんな所で寝ると、風邪を引くぞ」
「うん……」
 何度も目をこすっているが、やはり眠気は消えないようだ。今までの疲労もあるし、何より今は夜。眠いのも仕方がないのだろう。
 一人で寝室まで行けそうにないので、肩を貸してやることにした。
「寝るなら布団で寝ろ。肩を貸してやる」
「ん……ふわああ……」
 うつらうつらとしているシルバーを寝室まで連れて行く。今日はブレイズがベッドで寝る日なのだが、この状態のシルバーを床に寝かせるのも気が引けたのでベッドに寝かせる事にした。
 ……寝かせようとしたのだが。

 ずるっ

 寝かせる時に力のバランスが崩れ、もつれるようにブレイズもベッドに倒れこんでしまった。
 押し倒すような形になって顔が赤くなってしまうが、シルバーの方はぼんやりとしてるだけで何の反応もない。横になったことで、眠気がぶり返したようだ。
「オレもう寝る……。ブレイズも一緒に寝ようぜ……」
 半分寝ているはずなのに、自分の肩に手を回す力は妙に強い。ここから逃がす気はないとでも言いたいのだろうか。
 無理にでも引き剥がそうかと思ったその瞬間、ブレイズの頭にエミーの言葉がよみがえってきた。

 ――この人は大丈夫! って感じのもの。アタシはソニックなら何されても平気だけど、ソニックは変なことしないってのも解ってるし。だから安心して全部任せられるの。

 無理に引き剥がす必要はないのかもしれない。シルバーは純粋に眠いだけ。変なことをする気はないし、相手も自分が変なことをするとは全く思っていないのだろう。
 なら、自分も信じよう。信じて、深い眠りについてしまおう。
「おやすみ、シルバー」
 完全に眠ったシルバーの頬をそっとなでてから、ブレイズも眠りに落ちた。

 競技当日。

 わああああああああああああああああああっっ!!

 本番。ブレイズとシルバーは見事な演技を見せ、無事1位を獲得した。
 万雷の拍手の中、二人は手を振って観客達の拍手に応じる。いつしかその手は握られており、二人はまるで恋人のように寄り添い合っていた。

「HEY、お二人さん! 見事な演技だったじゃないか!」
 控え室では、ソニックがにやにや笑いながら待っていた。その笑みにやや意地悪なものが混じっているのを、もう既に二人ははっきりと察している。
 顔を見合わせ、ソニックには見えないように一つうなずいてから、彼の方を向いた。
「ああ、アドバイスのおかげで1位になれたようなもんだしな」
「お前には感謝するぞ、ソニック」
「まあそうだよな。そうでもしなきゃお前らいつまで経っても進展しないし……」
 ソニックがうっかりと滑らせた言葉を、当然二人は聞き逃さない。
 今朝、二人はようやく気がついたのだ。この一週間は、ソニックの余計なおせっかいからの作戦だったということに。
「……やっぱそうだよな……!」
「そもそも、最初からフィギュアペアを私達に押し付けた時点でおかしいと気付くべきだったな……!」

 みしっ

 いつしかシルバーの後ろには複数のパイプ椅子が浮かび

 ぼっ

 ブレイズの手には炎が宿っていた。
 もう既に逃げ腰怯え顔のソニックに対し、二人はにっこりと最高の笑顔で言った。

「「ありがとうソニック。やっぱり持つべきものは友達だな!!」」