ソロにとって正直夏祭りというイベントに対してさほど興味もないのだが、屋台から漂う香ばしい匂いは足を向けるには充分な理由だった。
今年は見知った顔に捕まり、恋愛に関わる悩みをぶちまけられた。自分とは全く関係ない内容かつ、その相手があの星河スバル。頭が痛かった。
もう夏祭りに寄るのはやめようと思ってはいたものの、やはり匂いにつられてうっかりと足を踏み入れてしまった。
たこ焼き、お好み焼き、焼きそばと屋台定番メニューのうちいくつか見繕って食べていると、後ろから聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「あ、ソロだ!」
振り向いてみると、そこには一人の少女……響ミソラが立っていた。一瞬判別できなかったのは、彼女がいつもと違う服装をしていたからだ。
夏祭りに合わせた浴衣姿で、髪も浴衣に合わせて結っている。活発なイメージは変わっていないが、少し大人びた印象を与えている。
ぺたぺたとサンダルを鳴らして駆け寄ってくるが、ソロはお構いなしにりんご飴を頬張った。
「もう、挨拶ぐらいしてよ」
「……」
膨れる彼女を無視してりんご飴を食べきる。挨拶するほど仲良くなった覚えはないし、そもそもミソラを相手にするつもりは毛頭なかった。
顔見知りに捕まって、余計なトラブルを持ち込まれるのはごめんだ。さっさとこの場を離れようと速足で歩くが、それでも彼女はついてくる。
「こら逃げるな!」
ならついてくるな。
そう返そうかと思ったが、さらに言葉を返されそうな気がしたので、黙って歩いた。
それが数分前の話。
祭り会場から離れた公園で、二人は戦果品を平らげていた。
「うーん、美味しい~♪」
幸せそうな顔でチョコバナナを食べるミソラの隣で、ソロは黙々とイカ焼きを食べる。
結局、ミソラは最後までついてきた。
後ろであーだこーだ騒いでいたが、自分には関係ないと思って全部聞き流した。まだみんな来てないから付き合ってとか言ってたが、それに乗る理由はない。
逆に言えば、ミソラ本人もソロに付き合う理由はないはずだった。
あっちは自分の性格や事情をある程度知っているはずだが、それでも切り捨てずについて来た。そして今こうして二人で食べている。
「……いつもの奴らはどうした」
さすがに気になったので、ごみを片付けながら問う。
同じようにチョコバナナのごみをまとめていたミソラは、「さっき言ったのに」とぼやきながらも再び話し始めた。
「電車がなんかトラブルに巻き込まれて遅れるって。乗ってたのが止まっちゃったから、20分は無理だって」
なるほど。
確か彼女は星河スバルと違う街に住んでいる。何かと一緒に行動していたから忘れがちだが。
つまるところ、自分は空いた時間の穴埋めに利用されているわけだ。
別の友達を誘うには時間がないし、かといって一人でぶらつくには長い時間。そんな時に、見知った顔を見つけて食いついたのだろう。
……そうなると、次に来るのは何なのかある程度予想できてしまった。
「こういう時、どうして一緒の街に住んでないんだろうって思うよ」
ほら来た。
愚痴にかこつけて、星河スバルへの想いをぶちまけられる。
『自分は頑張ってるのにスバルは振り向いてくれない。あっちの方ばかり向いている。ずるい』
少し前、コダマタウンの祭りに立ち寄った時、ソロは同じような内容の愚痴を白金ルナにぶちまけられた。
相手の境遇を羨み、自分の境遇を嘆く。そして最後には「もっとスバルの傍にいたい。スバルに大事にされたい」で締めるのだ。
第三者であるソロから見ても、ルナもミソラもスバルに恋心を抱いているのは明白だった。しかし「キズナ」を大事にする故に、抜け駆けも退きもできないのが現状。
だから彼女たちは自分にそれを言う。なぜなら、自分はそういうのを嫌っているから。
嫌っているからスバルを妬まないし、余計なトラブルを起こしはしないと信じているのだ。
頭が痛い。
“ソロは手を出さない”? “何もしない”? “スバルを妬まない”?
そんな事、自分は一言も言っていない。彼女たちがそう思い込んでいるだけだ。
勝手に自分の心情を想像し、それを信じ込む。まるで貴方は便利な相談屋でしかないよ、と言わんばかりだ。
すっきりするのは彼女たちだけ。自分が適当に返した言葉を普通に聞いて、時間になれば仲間たちの所に戻る。それで自分の役割は終わりだ。
頭が痛い。
(結局、オレを利用したいだけだろうが)
何がキズナだ。何が仲間だ。
自分に都合のいいように利用して、気が済んだらさようなら。それのどこが尊いのか。
ソロは放置していたペットボトルの蓋を開けて、中のスポーツドリンクを一気に飲んだ。
「さっさと星河スバルを縛り付けてでも連れてくればいいだろうが。単純な事も出来ずに、人に愚痴って楽しいか?」
「えっ!?」
「下らん痴話喧嘩に人を巻き込むな。迷惑だ」
いきなり喋り出したのか、ミソラがあわあわしだした。痴話喧嘩じゃないとか言っているが、もう聞きたくない。頭が痛い。
かつてルナは立場を嘆いていた。ミソラも今、同じように立場を嘆いている。そして自分は、彼女らが満足するまで聞かされる。
もう便利屋にされるのはうんざりだった。
「『惚れた男を独り占めしたい。でもできない。あいつばかりずるい』。そんな事を聞かされるオレの身にもなれ。それとも……」
きっとミソラの方を睨む。慌てた彼女の顔がよく見えた。
「オレが本当に何もしないと思っているのか?」
――唇に、柔らかい感覚。
体も顔も熱い。
今ならなぜそうなっているのか解る。
……そして、その感覚も今だけだと言うのも。
花火の音が聞こえる。
今頃、ミソラは仲間たちとそれを見ているはずだ。
ソロは公園のベンチに一人座り、残っていたスポーツドリンクに口を付ける。
数分前まで、ミソラの唇に触れていた口で、だ。
もう解っている。自分はあの女が好きだった。
便利な相手として見られるのは嫌だった。
ただただスバルへの想いを聞かされる立場なのは嫌だった。
利用され続けるのは嫌だった。
だから、あれで全てを断ち切った。
恐らく相手もファーストキスだっただろうが、このくらいの恩恵を受けてもいいだろう。
彼女は、この事を話すだろうか。
別に話されても構わない。ファーストキスを奪われたと言えば、星河スバルは怒って自分を攻めに来るだろうが、その時は「放置していた貴様が悪い」と言い返すだけだ。
こっちの想いは既に終わっているのだ。それよりも相手の事を考えろとしか言いようがない。
奴がどっちを選ぶか……もしくはどれも選ばないかは解らない。だが、どのような結果になったとしても、もう自分は彼女に手を出すつもりはなかった。
キズナを嫌い、否定する男が、もう誰かに絆されることがあってはならないのだから。
たった20分の恋。
自分にはふさわしい、いや身に過ぎた想いだった。
花火の音が聞こえる。
大小さまざまな花火が入り乱れる。スターマインだ。
祭りの終わりは近い。そう思うと、なぜか涙が一筋こぼれた。
一人でよかった、と心底思う。余計な気遣いをされた挙句、親切にされるのは辛い。特に今のような時は。
やっぱり、自分はキズナが嫌いだ。