カードにある数字は、4・5・6・7・8。
そしてその柄は……全てダイヤ。
「……ストレートフラッシュだ」
誰かが、ぽつりとつぶやく。
それが勝負の終わりとなった。
「何だよスバル! 最後の最後で負けやがって!」
「しょうがないよ。ストレートフラッシュなんてのが出たんだし」
「お前はフルハウスだってぇのに……」
あっさりと負けを認めたスバルに対し、ウォーロックはまだテーブルに残っているスバルの手札を見て嘆息した。
誰が始めたか忘れたポーカー大会。商品が響ミソラとのデート権となった瞬間、何人もの男達が色めきたった。その中には、当然ゴン太やキザマロの姿も。
スバルはどっちかと言うと乗り気ではなかったが、勝負事に釣られやすいウォーロックとミソラ本人の勧めもあって大会に参加した。
ビギナーズラックや勝負運に後押しされ、順調に勝ち進んだスバルだが、決勝戦の相手――ソロにストレートフラッシュを出され、敗北したのだった。
負けは負けだ。相手がイカサマしたならまだ文句はあるが、彼の性格を考えるにそれはありえない。
……だが、問題はその彼の性格だ。
キズナやブラザーバンド嫌いを公言し、デート相手となるミソラすら手を上げたソロ。まともなデートになるどころか、優勝を辞退するのではないだろうか。
そもそも、何で大会に参加したのかすら謎なのだ。ミソラだって、彼とデートするのは嫌がるのではないだろうか。
スバルがそんな事を考えておろおろしていると、カードをまとめたソロががたりと席を立った。
「優勝景品など興味はない……」
ああ、やっぱり。スバルは内心嘆息する。
「そんなもの欲しい奴にくれて」
「ダメだよ」
ソロの言葉を止めたのは、何とミソラだった。スバルたちがどよめく中、ミソラはソロを「めっ」とするように小突く。
「デート権は誰かに譲れないの。貴方が優勝したんだから、ちゃんと受け取ってよ」
優勝商品でもあるミソラ本人が断言する以上、ソロも強く言い切れないらしい。渋い顔をして、「……いいだろう」と答えた。
そして当日。
待ち合わせ場所であるロッポンドーヒルズの端っこで、ソロはデート相手であるミソラを待っていた。
「……」
人が多い場所は嫌いだ。過去のトラウマもあるが、人が多い場所は自然と電波の流れが激しくなるため、世界がごちゃごちゃに見えるのだ。
ウェーブロードに電脳、せわしなく歩き回るデンパたち……。現実世界の人間達やモニュメントと重なり合い、混沌とした流れが広がる。
気持ち悪い。
何となく湧き上がった吐き気を抑えていると、ようやくミソラが向こうからやって来た。寒い時期だからか、いつもの服ではなく暖かそうなファー付コートにセーターといういでたちだ。
「お待たせ……ってどうしたの?」
「何でもない」
どうやら吐き気を抑えてるのを見られたらしい。余計な心配されるのがうざく感じられ、ソロは短い言葉で切り捨てた。
さて、二人が来た事でデートが始まったのだが、その具体的内容は全然決まっていない。と言うのも、ソロがデートスポットなどに疎すぎるからだ。
それでもせっかく来た以上楽しみたいらしく、ミソラが口を開くが。
「ま、まずはどこかカフェに行こう! クレープやパフェとか……」
「……何だそれは」
「え」
ソロの言葉にミソラは絶句した。
「し、知らないの!?」
「知らん……」
ジャンクフードぐらいなら食べた事があるが、甘いお菓子などは全く無縁の生活をしているので、ミソラが上げたスイーツの名前をあまり知らなかった。
ただ、ミソラにとってそれは予想外だったらしく、目を丸くしている。やがてはっと何かに気づいた顔になって、畳み掛けるように質問してきた。
「ね、ねえ、もしかして、こういうのやった事ない?」
「……どういう事だ?」
「映画とか見た事ない?」
「ない……」
「遊園地や動物園に行った事もない?」
「ああ……」
「どこかのイベントに行った事も?」
「興味ない……」
「……」
淡々と出した答えに、とうとうミソラは沈黙した。うつむく彼女を見て、ソロは内心首をかしげる。
特に行く必要もない場所に、何故そうこだわるのだろう。そもそも彼女が上げた場所は、全て人がたくさん群れている場所ではないか。
そんなソロの内心を知らないミソラは、しばらく何かぶつぶつと言っていたが、やがて顔を上げた。
「解った、今日は私がデートを教えてあげる!」
「……?」
突拍子もない意見に、さすがに目を丸くしてしまった。
「今日はカフェも映画も遊園地も連れて行ってあげる! それでデートはどういうものかを覚えるの!」
「……」
絶句した。
何が悲しくて、そんなのをしないといけないのか。デート自体、今後一切縁がないのだから、覚えたところで無意味のはずだ。
だが相手はそれで決めてしまったらしく、ソロの腕を取って「じゃ、まずはカフェからね!」と人ごみの中へと飛び込ませた。
(別に甘いのが苦手なわけではないが……)
これはないだろう。
それが「スイートストロベリーバニラパフェ・フルコース」を見た感想だった。
生クリームやイチゴ、チョコソースにメイプルシロップ、バニラがこれでもかと乗っかりデコレーションされているパフェを見ると、それだけで胸焼けが起きる。
ちなみにこれはミソラが自分が食べるために頼んだもので、ソロはシンプルなクレープだ。
「女の子は甘いのが大好きだから」
と平気な顔で平らげるミソラを見ると、胃は大丈夫なのかと他人事ながらに気になった。
(……他人事ながら?)
ソロは内心で、その考えを一笑に付した。
他人は他人だ。自分に対しての敵かただの空気でしかない。かつて人々が自分を異物として見たように、自分にとっても他人はそれ以上にはならない……。
馬鹿馬鹿しい、と思った瞬間、ミソラと目が合った。ちょこんと小首をかしげる様に、自分の思考を見透かされた気分になる。
イライラするままにクレープを手に取ってかぶりつこうとしたその時、ミソラが慌てて止めた。
「あ、ダメ!」
「……何? うわっ!」
時既に遅し。変に力を入れてクレープを握ったため、中身のクリームやフルーツが飛び出して顔にかかってしまった。
慌てて顔をぬぐうが、手にもクリームが付いているのでますます顔がべたべたになってしまう。焦りでまたイライラしていると、ミソラがくすくすと笑った。
「落ち着いて落ち着いて。ほら、顔見せてよ」
手馴れた手つきで紙ナプキンを取ると、丁寧にソロの顔や指についたクリームを取っていく。フェイスペイントはきっちり避ける辺り、気を使っているらしい。
しかし、こうして誰かに触れられるとむずがゆすぎる。相手は単に親切心からしている事だろうが、こっちとしては恥ずかしいやら何やらで頭に血が上りそうだ。
「も、もういい!」
強引に彼女の手を振り払うと、自分で紙ナプキンを取って無造作に拭く。自分で頬に触れてみると、何故か熱かった。
とりあえず食べて気を紛らわそうと残っていたクレープに手をつければ、ミソラがまたくすくすと笑った。
「照れなくていいのに」
「誰がだ……!」
もう二度とクレープなんて食べるもんか、とソロは固く心に誓った。
カフェで食事をした後は映画館。
最初に映画館に行くのもデートとしてありだ、とミソラが説明した。
「どれを見るつもりだ……?」
映画は何本も上映されており、大物俳優が主演のラブロマンスからアニメ、どう見てもB級映画までとかなりのラインナップになっていた。
「あれ」
ミソラが指したのは、海外で大好評と言われているアクション映画だった。ラブロマンスの方を見たがると思っていたので、これは予想外だった。
ソロが素直にそれを言うと、彼女は笑って「こてこてのラブロマンスを見るより、二人で話題になりそうなものを見るのがいいのよ」と答えてくれた。
二人でチケットとジュースを買い、シアター内へと入る。当然席は隣同士だ。
「ポップコーン買えばよかったかな」
「……まだ食べるのか?」
上映前に交わした会話はそれだけ。後は目の前のスクリーンで展開される話に、自然と目が釘付けになった。
海外ならではの小粋なジョーク、迫力のアクションにカースタント、それから繰り広げられる友情や愛憎劇。めまぐるしく変わるシーン一つ一つに、目が離せなくなる。
ノンフィクションにも見える会話にフィクションそのものの演出が上手く混ざり合うと、それだけで話が面白そうに見えるのは何故なのか。
(ありえない話のはずなのにな……)
世の中、ここまで上手くいく事はまず有り得ない。だがちょっとした知恵と人一倍の度胸と勇気で突っ込んでいく主人公を見ていると、悪くはないとも思う。
話が中盤になるとソロは映画にすっかりのめりこんでいて、主人公達の動きに注目し続けていた。
そして本編が終わり、エンディングタイトルが流れ始める。一足お先に現実に戻った者たちが、がたがたと席を立っていくのが見えた。
ソロも何回か首を振って思考を現実に戻すが、隣のミソラはまだ夢見心地らしく、ぼーっとしている。
「……おい」
軽く小突くと、ようやく彼女が現実に戻ってきた。
「ん……、あ、ごめんね。ぼーっとして」
「別に……」
「外に出ようか」
断る理由もないので、二人で外に出る。最初は身体が少しきしんだが、すぐにそれもなくなった。
映画館の外に出た時、ミソラがこっちを見てきた。
「ねえ、映画の間見てたの気づいてた?」
「……何?」
「何回かね、そっち見たの。ちゃんと見てるかどうか気になって」
気づかなかった。
映画が始まってからずっとスクリーンを見ていたからか、隣のことは全く考えていなかった。無防備な姿を晒してしまった事に気づき、急に心が締め付けられる。
「気に入ってくれてよかった~」
「ふん……」
最後は遊園地だ。
こればかりはロッポンドーヒルズにないので、ウェーブライナーを使って少し遠くまで出る。到着した時は、すでに3時を回っていた。
平日だと言うのに、遊園地はカップルや家族、友達グループで込み合っている。ロッポンドーヒルズよりも多い人の群れに、ソロはうんざりしてしまった。
ミソラの方は全く気にせず、入場のチケットを買ってきた。
「フリーパスなら何でも乗れるんだけど、さすがに時間の問題があるしね」
「そうか」
一緒にもらったパンフレットを覗くと、この遊園地のメインスポットや見所がざっと書かれてある。一番の売りは、やはりジェットコースターだ。
「ジェットコースターは並ぶのに時間かかるよね……。乗ってみたい?」
「別に……」
そもそも、遊園地の乗り物全てに興味が湧かない。一体どういうアトラクションなのか解らないのもあるが。
ミソラはしばし悩んだ後、「……うん、やっぱり乗ろう」と決めていた。
「じゃ、中に入ろ!」
ソロはミソラに手を引かれる形で、入場ゲートをくぐる。この時間帯だと入る人よりも出て行く人の方が多いため、並ぶことなく中に入れた。
しかし入れたのはいいが、一体どこに行くのだろう。彼女はもう目的地が解っているようだが……。
手を引かれたまま歩くことしばし。「これに乗ろうよ」とミソラが指差したのは、あのジェットコースターだった。
パンフレットでも一番のアトラクションと紹介されているからか、3時過ぎでもかなりの人が並んでいる。見えにくくなっている「待ち時間」の看板にある時間は……50分待ち。
それでもミソラはためらわずに列の最後尾に並んだ。手を引かれたままのソロも、自然と最後尾に並ぶ事になる。
「かなり待つけどいいよね?」
「……勝手にしろ」
ここで振りほどいて帰ってしまうという選択もあるが、それでも彼女は追いかけてきそうな気がした。それに、勝手に帰ると言うのも何となく気分が悪い。
そのまま、二人は長い列の一部となる。周りの連中は甲高い声で色々話しているが、二人の間には何の会話もない。ただ黙って、列の流れにあわせて歩くだけだ。
ミソラはこっちに遠慮しているようだし、ソロは会話出来るほど話題を持っていない。元々会話しようとする気にもならない。だから黙っているのだ。
そんな感じで進んでいると、ソロの耳に周りの人の声が飛び込んできた。
「なあ、あの黒い奴の隣にいる子、まさか……」
「んなわけねーだろ、でも似てるよなぁ……」
「あれ? あの子もしかして……」
ソロは心の中で舌打ちした。
ミソラの有名度は、テレビなどに興味を持たないソロでも解っている。ここにミソラがいるのがバレたら、それこそ大騒ぎだ。
隣にいる自分は確実にとばっちりを受け、ロクでもない噂が立てられるだろうし、ここでデートが強制終了されればミソラも落ち込むだろう。
一番楽な対応は、さりげなくこの場を離れることだが、それはジェットコースターを諦めることを意味する。
(仕方がないな……)
ため息一つついて、ソロはミソラの手を引く。
「え、ど、どうしたの?」
「黙っていろ……」
淡々と告げて、ミソラがあまり見られないように立つ。これで少なくとも、ジェットコースターに乗るまでは正体がバレることはないだろう。
ちらりと彼女の方を見ると、まだ自分の行動の意味が解らずに首をかしげていた。のんきな奴だ、と内心でため息をついた。
「あー、怖かった~」
「……その割には顔が緩んでいるな」
看板にあったとおり、約50分ほど待って乗れたジェットコースター。
ソロは初体験だったが、それなりに悪くなかったとは思う。急降下や一回転が連続して続いた時、少し肝が冷えたが。
対する隣に座ったミソラは、最初から最後まできゃあきゃあ悲鳴を上げ続けていた。それでいて降りたらケロッとした顔で「怖かった~」と言うのだから、彼女の思考が解らない。
さて、時間はもう4時を回っている。
「……で、次はどこだ?」
日も傾きかけている以上、そうたくさんは回れない。ミソラの方は次に行く場所は決めているらしく、またソロの腕を取ってきた。
そして、また腕を引っ張られたまま園内を走り回る。本来なら彼女のペースで走る必要性はないはずだが、このまま引きずられていくのも悪くないと何故か思った。
(こんな事、なかったからか……?)
自分の人生、誰かに疎まれたり拒絶されたり否定されたりする事はあったが、こんな風に好意的に(?)接される事はなかった。
ミソラとしては、ただ単に「素敵なデート」を演出してるだけに過ぎないだろう。それでも心が少し軽くなる気がした。
これが、「嬉しい」という感情なのだろうか。
(生易しいだけの感情など……)
そう理性で否定しても、心は「これでいいんだ」と言っている気がする。理性で自分の心や感情をコントロールできるのが、自分の優れている点だと思っていたのだが。
そんな事を考えているうちに、目的の場所が近づいてきたらしい。ミソラが見ている先に視線を向けると、観覧車なるものがあった。
観覧車は一般的なもので、遊園地一体が見渡せるのが売りらしい。ジェットコースターほどではないが、やはりここも並んでいた。
また隠したほうがいいかと思ったが、観覧車に乗る人は何故か周りを気にしていないのが多かった。隠す手間が省けたが、少し気になった。
ミソラにそれを聞くと、「観覧車はジェットコースターとは大きく違うもの」と答えてくれた。
「これに乗るのは、カップルや家族連れが多いから」
「そうか……」
よく解らない理屈だが、とにかくそういうものらしい。そうしている内に、あっという間にソロとミソラが乗り込む番になった。
動くゴンドラに乗ると、係員が「それでは、いい空の旅を」と飛行機に乗るような文句で二人を見送った。
ゴンドラは低スピードだが、確実に上昇している。窓から外を見ると、建物や人が少しずつ小さくなっていった。高いウェーブロードから見下ろすと、こんな感じだ。
高くなればなるほど、人が小さくなっていく。あんなに小さい人間たちに、自分は今まで苦しめられてきたのかと思うと反吐が出そうだ。
自然と苦虫を噛み潰したような顔になっていたらしい。気づけば、ミソラが心配そうな顔でこっちを見ていた。
「大丈夫?」
「……ああ」
余計なことは言うべきではないと思って、短く答える。その答えで満足したのか、ミソラはにっこり笑った。
その笑顔を不審に思い、彼女に聞いてみた。
「……何だ?」
「ん、楽しかったなーって。最初はね、本当に上手くいくのか凄く不安だったの」
来てくれるかどうかから不安だったし、と付け加えた時、ソロはこのデートに付き合った理由を思い出した。
「……何故、オレを誘った」
ミソラがきょとんとした顔になった。
「あのままオレが優勝を辞退していれば、星河スバルが繰り上げ優勝して、貴様は奴とデートが出来たはずだ。違うか?」
そう、ソロはこれが聞きたくて今までミソラに付き合ってきたのだ。
カフェも映画館も遊園地も、別に行きたくて行ったわけではない。ただ、このデートの発案者であるミソラが行こうと言ったから行った。ただそれだけなのだ。
そしてソロはそんな彼女にずっと疑問を抱いていた。何故スバルではなく、自分をデートの相手に選んだのか。何故ここまで付き合ってきたのか。
……何故、自分をポーカー大会などに誘ったのか。
そもそもあの大会自体、ミソラが誘ってきたものだった。退屈しのぎと彼女の行動の理由が知りたくて参加したあの大会。そこから全てが始まったのだ。
ソロの真摯な視線を受けるミソラだったが、彼女はきょとんとした顔のままこう答えた。
「貴方とデートしたかった、じゃダメなの?」
「……何?」
あまりにも予想外の答えに、ソロは自然と眉をひそめてしまった。
「だって、あのままスバル君に優勝が譲られちゃったら、ソロとデートできないじゃない。せっかくのチャンスを潰されたくなかったの」
理論的な答えだが、それでも疑問は解決できない。不審なまま続きを促すと、ミソラはこっちをまっすぐ見つめてきた。
「もっと知りたかったんだ、ソロの事。些細な事でも何でもいいから、色んな事が知りたくなったの。大会に出てきてくれた時から」
「あの時から?」
「うん、ほとんどダメ元で誘ったのに、ちゃんと参加してれたじゃない。あの時から、私はもっと貴方の事を知りたくなったんだ」
そう言いつつ、ミソラはソロの隣に移動してきた。本来なら離れろと言う所だが、今は何故かその気になれない。
彼女の視線と自分の視線が絡み合う。その時、ソロは初めて彼女が魅力的に見えた気がした。
「オリヒメのところにいた時は、全然相手にしてなかったのにね」
「……当たり前だろうが」
自分はムーのためだけに行動し、そっちは星河スバルのためだけに行動していた。これで相手に出来る方がおかしい。
つっけんどんに言い返すと、ミソラはくすくすと笑った。
「だからね、今日来てくれて凄く嬉しかった。本当は優しいんだなって」
馬鹿馬鹿しい。
そんなのは貴様の妄想だ。
普段ならそう断ち切るのだが、何故かその言葉は口から出る事はなかった。
(今日はおかしい……)
ようやくソロはそれを実感する。言うべき言葉が出てこなかったり、些細なことを悪くないと思ってしまう。今日の自分は間違いなくどこかがおかしい。
さっさと降りたい。こんな空気を払拭したい。しかし、観覧車は相変わらずのペースで動き続け……やがて止まってしまった。
そういう乗り物なのかと思ったが、ゴンドラ内の明かりが消えたので何かあった事を悟る。入り口あたりに視線を向けると、ウィルスらしい影が見えた。
『お客様に申し上げます。ただいま観覧車のメインシステムにウィルスが入り込み……』
上にひっそりと取り付けられていた非常用スピーカーから、係員の声が流れてくる。やはり、ウィルスの仕業だったようだ。
「行った方がいいかな?」
「大した奴らでもあるまい。……それにここからどうやって行くつもりだ?」
ハンターVGを出すミソラに、ソロが押しとどめた。一番高い高度ではないとは言え、まだまだ飛び降りるには危険すぎる高さを思い出して、彼女は苦笑した。
しかし、明かりが消えたおかげで逆に外の景色がよく見える。日も落ちかけている今、ぽつぽつと付く明かりが美しい。ソロもその美しい光景に息を呑んだ。
やる事もないのでぼんやりと外を見ていると、空いた手にミソラが触れた。そのぬくもりが伝わった瞬間、自分でも認知できないほど早く手が動いた。
触れてきた手を、強引に包み込むように握り締める。
ほぼ背中を向けている状態なので表情は見えないが、彼女が動揺しているのが解る。ソロも内心の動揺と、今の自分の行動の疑問を押し隠し、ただ黙って手を握り続けた。
やがて、握り締めていた手も動いた。そのまま振りほどくかと思いきや、自分の手にあわせて、そっと指を絡めてきたのだ。
「……!」
奇しくも手を握り合う状態になり、動揺がますます大きくなる。何故こんな事を、どうしてそういう事に。
だが同じく生まれた動揺よりも大きな感情――その手を絶対に離すな、という心の声が、自分をそのまま押しとどめた。
(オレは……一体……)
全く理解できない感情に、胸が締め付けられるような思いになる。繋ぎあった手だけが、確かな感覚としてあり続けるだけだ。
観覧車が再び動き出しても、二人はずっと手を握り合っていた。
ほんの10分前まで握り合っていた手を、もう一度見てみる。
「……」
そこには何もない。彼女は観覧車を降りてすぐに来たメールで、強制的にスタジオにとんぼ返りとなってしまった。
デートは、もう終わったのだ。もう彼女との縁は断ち切れたに等しい。なのに、それを認めようとしない自分の心があった。
「くそっ……」
未練がましい自分に舌打ちして、ソロは手を握ったり開いたりを繰り返す。
もう終わった、それでいいんだ。
そう強く心に言い聞かせ、ソロは遊園地を後にした。
翌日、ミソラはぶらりとオクダマスタジオに来ていた。
「あ、ミソラ」
友達であるスズカが、こっちを見つけて駆け寄ってくる。ちなみに彼女にはポーカー大会の話はしているが、誰とデートしたのかまでは話していない。
「ねえ、昨日のデートどうだったの? 相手はあのスバル君なんでしょ?」
毎日話題にしているからか、スズカはてっきりデート相手がスバルだと信じ込んでいるらしい。本当は相手が違うのだが、それを訂正する気にはなれなかった。
「楽しかった?」
「うん」
「どこ行ったの?」
「カフェと映画館と遊園地」
「すごい、たくさん回ったんだね。で、いい雰囲気だったの?」
「……別に」
ぽんぽんぽんと繰り出される質問に、ミソラはどこか気の抜けた声で答える。
(別に、いい雰囲気でもなかったよね?)
そう心の中でつぶやく。
(あの時手を握ってきたのは、別に深い意味は無いんだよね?)
ウィルスのせいで止まったゴンドラの中、急にソロが手を握ってきた。
あの時の彼の行動はらしくないと思う。でもその行動自体に、何かメッセージがあるような気がしたのだ。
この事は黙っていよう。ミソラはそう思った。
(いつかまたデートする事になったら、その時聞こう)
何故だか解らないが、その時はそう遠くないような気がした。