全くの気まぐれでピンチに陥ったのは、不幸としか言いようがない。
複雑なスカイウェーブを渡りに渡り、やがては細い道へと迷い込んでいたハープ・ノート……響ミソラは、帰り道が解らずに困り果てていた。
「どこがどこなんだか解らないわ……」
『だから調子に乗ってふらふらするなって言ったでしょ』
ハープが突っ込むが後の祭り。ミソラはとぼとぼと元来た道を歩くが、細い道を歩んでいると気持ちがどんどん落ち込んでいく。
……だから、油断したのかもしれない。
気がついたら、ミソラは敵ウィルスに囲まれていた。しかも、今まで見たことのない強そうなウィルスたちだ。
「う、嘘、何でこんなのが!?」
『慌てても遅いわよ! とにかく、やり過ごしながら逃げるのよ!』
ハープのアドバイス通り、バトルカードなども駆使してやり過ごしていくのだが、敵の反応が早くて防戦一方だ。
やがて、手も打ちつくし足ももつれて八方塞の状況になってしまう。
(どうしよう……!)
こんな時、脳裏に浮かぶのはたった一人の顔。こういう時に颯爽と現れ、自分を助けてくれる王子様。
(助けて!)
ミソラは硬く目を閉じ、その少年が来るのを祈ってしまう。こんな場所まで来るわけない、と思いつつも、彼ならきっとという期待もあるから。
そして、それは来た。
ざしゅ!
鋭い音が鳴ったかと思うと、断末魔を残してウィルスが消える。
(来た! やっぱり来てくれた!)
喜びのあまり目を開けて飛び込もうとしたが、その目に映ったのは蒼い姿ではなく黒い姿。
武器もバスターではなく、板のような巨大剣。顔立ちも穏やかで優しそうな顔とは違い、厳しく全てを寄せ付けない冷たい横顔。
――ブライ。
「!」
驚きのあまり、言葉が一気に引っ込んだ。
何度も目をこすって見ても、目の前にいてウィルスをなぎ倒しているのはブライだ。ロックマンではない。
(何で!? どうして!?)
思考が混乱する。
何故彼がここにいる。
何故彼は自分の前にいる。
何故彼がウィルスを倒している。
何故彼は自分を助けている。
何故彼は
何故彼は!
やがて、ウィルスはブライの手によってあらかた片付けられ、ピンチは乗り越えられた。
だがミソラにとって、もうそれは問題ではない。もっと大きな問題が、目の前に突っ立っていたのだから。
「何でよ……」
「?」
搾り出すような声に、ブライがようやくこっちに視線を移した。もしかしたら、今まで自分に気づいていなかったかもしれない。
冷え切った目を見ていると、みるみるうちに怒りが湧き上がってくる。何でこんな奴に助けられたのだろうか!
「何でスバル君じゃないのよ! 貴方なんて呼んでないの!!」
やけくそ気味にいくつもカードを投げつけると、ミソラはそのままブライに背を向けて走り出した。
さっきまで迷子だったので、道は全然わからない。だがあの場には絶対にいたくなかった。
どのくらい走っただろうか。
急に疲れがどっと出たので、ミソラは倒れるようにその場に立ち止まった。辺りを見回して、誰もいないことを確認する。
『…ソラ! ミソラ!』
「……? 何?」
さっきまで呼び続けていたのか、ハープが強い口調で自分の名前を呼ぶ。脳がロクに動いていない状態だが、返事は返した。
『ミソラ、さっきのはないでしょ』
「……?」
何だか解らないが、ハープは怒っている。しかし、ミソラにはその原因がちっとも解らない。
首をかしげていると、ハープがため息をついて付け加えた。
『彼に対して、お礼も言わずに文句だけ言って逃走?』
「あー……あれ」
あれならむしろ文句を言うべきだ。スバルが来てくれれば良かったのに、来たのはあんなのだからだ。
それに助けたのはあのブライだ。あの後、難癖をつけてこっちに喧嘩を吹っかけてくるのは確実。誰も彼を歓迎しないだろう。
「ブライだもの。別にいいじゃない」
そう答えると、ハープが冷たい声で言った。
『そう、貴女ってそういう娘だったのね。
助けてくれたのに『ブライだから別にいい』で片付けて感謝もしないのが、貴女なのね』
「……!」
カチンと来た。
だけどそれ以上に、ぐさりと来た。
『スバル君なら何でもよくて、ソロだったら何でもよくない。そんな差別する娘だったなんてね。今まで全然気づかなかったわ』
ハープの言葉が、全部鋭く突き刺さる。
外見や表の評判を見て勝手に判別した挙句、自分の我侭を勝手にぶつける。
あまりにも最悪な対応だったのにようやく気づき、ミソラの顔が青ざめた。
「ど、どうしよう……」
ひどい事を言った。間違いなく、自分は彼を傷つけた。
ならどうする? どうすればいい?
一つ思いついたミソラは、はじかれたように元の道を走り始めた。
もう本当にどこをどう走っているのか全くわからない。
ただ二つに分かれた道があれば曲がり、気が向けば逆に戻ってみたり……と、ミソラは滅茶苦茶に走り回っていた。
迷子になったらとかの不安はない。あるのはもう一度ブライ……ソロに会わないとという気持ちだけだ。
「一体何処に……?」
今までで一番の不安を抱えながら走っていると、遠くに黒い人影を見つけた。人影は近づけば近づくほど、ソロだと解る。
どこへ行くのか解らないが、ここで見逃したらまた探すのに時間がかかってしまう。ミソラは声をかけて引きとめようとしたが。
「そ、ソロくきゃあっ!」
足がもつれて転んだ。全力疾走をし続けた結果か、立ち上がろうにも足がちっとも動いてくれなかった。
「……何やってるんだ?」
呼びかけられたからか、ソロが近づいてきた。頑張って顔を上げてみると、いつも通りの冷たい表情のまま彼が立っていた。
やっと会えた。とにかく言わないと。
「おい、おま」
「ごめんなさいっっ!!!」
ソロの言葉にかぶさるように、ミソラは大声で謝り、頭を下げた(土下座のような形になったが、気にしない)。
「自分勝手なこと言ってごめんなさい! それから……、助けてくれてありがとう」
言いたい事を言い切り、ミソラはおずおずと顔を上げる。やっぱりいつもの顔かなと思っていたら、実際に見てみて目を丸くした。
バイザーに覆われた目はちょっと見開かれ、その色は困惑一色。口も少し開かれている。……言うなれば、困惑している。
「あ、あの……」
「いや、その……謝るなんて、お前は変な奴だ。何を考えてるんだ」
「だって、私が酷い事言ったから、謝るのは……」
ミソラがそう言った時、一瞬ソロの表情に陰りが入った。でもそれも本当に一瞬で、すぐにいつもの顔に戻る。
「下らない事を」
「いいじゃないの」
いつも通りなソロの言葉も、今はそれほど気にならない。むしろ、何となく可愛いとも思える。
笑いたいが、足をはじめとして体全体にあまり力が入らない。がくりと倒れそうになったのを、ソロがそつなく支えてくれた。
「え?」
まさか支えてくれるなんて思ってなかったミソラは思いっきり戸惑ってしまうが、ソロの次の動きで完全に固まってしまう。
何と彼は、疲れてへとへとのミソラを両手で持ち上げ――いわゆるお姫様抱っこをしたのだ。
「ちょ、ちょちょちょっと!?」
「こんな場所で寝られたら迷惑なんだよ」
ほとんど思考停止状態まで混乱したミソラに対し、ソロはぶっきらぼうに言う。どうやらこのまま、見知った場所まで連れて行くつもりらしい。
気持ちは嬉しい。嬉しいのだが……。
「だからってこれはないって!?」
「どうせ歩けないとか言うんだろうが。うるさいくらいにな」
「う、うるさくないもん!」
「うるさい。ここから落とすぞ」
「やだ! それはやだ!」
ちなみにここはスカイウェーブ。ここから落とされれば……結末は言わずとも解る。ミソラは必死になってソロにしがみついた。
肩越しにため息を感じながら、ミソラはふと思う。
もしかしたらこの男は、極度の意地っ張りで照れ屋なだけではないのかと。