シャンス

「ピンクのチョコレートリップは、恋のおまじない♪ 新発売、ショコラ・ド・レーブル!」
 ミソラがそう言ってポーズを決めると、外から「はいカット!」という声が飛んでくる。CM撮影終了の合図だ。
 それをきっかけに、カメラマンたちをはじめとしたスタッフが一気に緊張感を崩す。ミソラも安堵の息を付きながらポーズを崩した。
「「お疲れさまでしたー!」」
 ミソラ含む全員が監督に頭を下げる。ここからは編集達の仕事で、自分達は一旦ここで撤収だ。撮影が終わった安心感もあってか、ミソラは身体をうーんと伸ばす。
 今回のミソラの仕事はCM撮影。それもバレンタインに合わせて発売されるチョコレートのものだ。口紅型のチョコレートで、いくつかキャッチフレーズがあり、そのうちの一つをミソラが担当したと言うわけだ。
 最初見た時、これを口に塗って「私がプレゼント♡」なんてことも考えたが誰が相手だろうとノッてくれないだろうなと思って却下した。そんなジョークが似合う人物は、今のところミソラの知り合いにはいない。
 さて、このまま今日は上がりかなと思っていると。
「ミソラちゃん」
 後ろからスタッフに声をかけられた。何ですか、と言いながら振り向くと、そこには例のチョコを持ったスタッフが立っていた。
「これ、撮影のお礼って会社の人から。ミソラちゃんはピンクが似合うからピンクのストロベリー味ね」
 まさかの現物プレゼント。これにはミソラも驚くが、ギャラの一つと思って受け取る事にした。
 くるり。口紅のようにチョコを出して一口食べると、甘いストロベリーの味が口の中に広がる。これは見た目だけでなく、味でも売れそうだ。自分も買おうかなあ、なんて思う。
(でも誰にあげようか)
 そこでミソラの思考は一旦止まる。
 真っ先に頭に浮かんだのはスバルだが、彼には手作りチョコレートを上げることが決まっている。それにこのチョコは少しオトナ過ぎて、彼には不向きではなかろうか。
(ルナちゃんに渡すのもアリかなぁ)
 次に浮かんだのは友であり、ある意味ライバルでもある白金ルナ。彼女なら口紅型のチョコも似合いそうだ。友チョコと言う形で渡すのも悪くない。
 とりあえず当面はルナにあげるチョコにして、他に何があるのかタブレットで調べてみる。
「ボーテ、アムール、シャンス、ミニョン、イノソンス……。全部フランス語だ」
『美しさ、愛、幸運、可愛さ、純潔ね』
 デバイスの中のハープが説明する。中に入っているのもそれぞれ違うらしく、キャラメルやビター、カシスなどそれぞれのイメージに合わせた味付けにしているらしい。ちなみに先ほどミソラがもらった物は可愛さの名を持つミニョン。ストロベリー味だ。

 ふと、一つの文字に目が釘付けになる。

「シャンス……幸運」
 思い浮かぶ、黒い後ろ姿。
 血筋が人とは少し違う。ただそれだけで幸薄い人生を送ってきたあの少年。何だかんだ言いつつ現代社会を楽しんでいるようだが、幸せとは無縁の人生を送っている。
 そんな彼に、少しだけでも幸運が巡ってきてほしい。それが人生を大きく変えるようなものでなくてもいい、今日一日を「悪くなかった」と言えるような、そんなささやかな幸運。
「……決めた」
 口紅型チョコなんて驚くだろうし嫌がるだろうが、これは渡したい。チョコの名前に託された意味を、感じ取ってほしい。
 ミソラは早速店のホームページを出して、目的のチョコを予約する。CMがまだ出回っていないのもあってか、それほど苦労せずに予約できた。これで最悪でも前日までにはチョコがミソラの手元に届くだろう。
 後は呼び出しの方法だ。本当は自分から行くべきなのだが、あいにく当日もしっかり仕事で埋まっている。それでもわずかな時間は作れるので、その時間内に渡したい。
 彼は自分からアドレスを教えない。知っているとしたら、やはりスバルかサテラポリスのごくごく一部の人間だろう。もしくは、彼自身から会いに来るような「餌」があればいいのだが、あいにくミソラはその「餌」についてよくは知らない。
(まさか会いに来させるためだけに盗掘……とかするわけにはいかないし)
 やはり普通にサテラポリスに頭を下げた方がいいか。ミソラはそう判断した。

「あいつのアドレス? ああ知ってるよ。変更とかしてない限りは繋がるはずだ」
 WAXAのサテラポリス本部。暁シドウはいつもと変わらない飄々とした顔でそう言った。だが。
「でも何で急にアドレスなんて知ろうと思ったんだ? 別に彼に頼み事とかないんだろ?」
 当然のように疑問を返された。まあ仕方がない。自分と彼との縁はそれほど深くはないし、そもそもスバルという本命がいる(と思われている)中で別の男子にもチョコを上げるというのだから。
 それでもミソラは彼にチョコを上げたかった。幸運という文字を見た瞬間、今自分が彼に対して持っている感情を示したい。そう思ったのだ。
 まあそれを言い出したらキリがないので、「何だかんだ言っても助けてもらってますし」とごくごく普通の理由でお茶を濁す。シドウは少し不思議そうな顔をしたが、理由自体は納得できたらしくそれ以上は問い詰めてこなかった。

 さてアドレスは入手したものの、どうやって彼を引っ張ってくるか。最後にして最大の難問に取り掛かる事にした。
「う~~~~ん……」
 これが普通の人なら「チョコ上げるから来て」で一発だろう。だが今回の相手は大の人嫌いキズナ嫌い。呼んで来てくれるかどうかも怪しい。
 いっそこっちが行くか? だが彼は放浪の身。探すだけで一日どころか数日が過ぎそうな気がする。そもそも大人気芸能人な以上、スケジュールは常にぎちぎちだ。一日空けるなんてまず難しいだろう。
 悩んでいると、デバイスが可愛い音を流す。この音は電話の着信音だ。
「もしもし?」
『ミソラか? 俺だ。暁シドウだ』
 つい先ほどアドレスをくれたシドウからだった。いったい何だろうと思いつつ、まずアドレスを教えてくれたお礼を言う。言われた方は「別に大したことでもないさ」と笑って流した。
『で、さっきアドレス聞いてきた事なんだけど、せっかくだから俺があいつを呼び出そうか?』
「え? ホントですか? タイミング良すぎなんですけど」
 まるでこっちの考えを見透かしていたような唐突な申し出に、ミソラは思わず声に出してしまう。それを聞いたシドウはまたからからと笑った。
『大方アドレスを聞くので頭がいっぱいで、どうやって呼び出すかまでは考えてなかったんだろ? それにミソラは仕事もあるから、そうそう渡す時間もないだろうし、それくらいは手伝うさ』
「ありがとうございます!」
 相手が見えないのに、思わず電話越しに頭を下げるミソラ。それを知ってか知らずか、シドウはそれほどでもないさと答える。
 とりあえず、光明は見えた。渡す算段まで用意してくれると言うのなら、その厚意に思いっきり甘えようと思う。何せ自分では何も思いつかなかったのだから。
 後は件のチョコが届くのを待つだけだ。ミソラはカレンダーを見て、その日を何となく予想して楽しくなってきた。

 そして当日。
 時間を作ってサテラポリスに行くと、シドウに呼ばれた(もちろん嘘の用事だ)彼がウィザードを連れて向こう側からやってきた。
「全く、偽情報をつかまされるとはな……」
「ダ……」
 イライラしているのが手に取るように解るが、それに怯えて引っ込むわけにはいかない。何せこちらには渡すものがあるのだから。
「ソロ!」
 ミソラは彼――ソロの名前を呼んで、手にシャンス……幸運の名前を持つチョコレートを持たせたのだった。