「ふん、このぐらいで泣き言を言わない辺り、少しは覚悟を決めてるようだな」
そう言う襲撃者。
この国民的アイドルに対してその態度。普通の人間だったら訴えてとことん追い詰めてやるところだ。だけど、この相手に対してそれは通用しない。
だから。
「当たり前でしょ。そうでなければこの世界、生きていけないのよ」
つばでも吐く勢いで、私――響ミソラは声を張り上げた。
今も国民的アイドルと呼ばれている私だけど、20後半ともなれば若手の方が話題をさらっていく。
その事に関しては私は気にしていないが、私の周りがそれを許してくれなかった。
あの手この手で私を再度トップに引き上げようともくろみ、私はそれに飲み込まれていた。
……とはいえ、私はその流れにあがき続いている。その一つとして、独立、そして事務所設立を考えていた。
しかし考えるのは簡単、実際に行動に出るのは相当難易度が高かった。特に事務所設立に関しては、自分を支援してくれる人たちを説得する方法が見出せずに苦労していた。
クラウドファンディングでお金を集めてはいるものの、大っぴらに響ミソラを宣伝するわけにもいかず(事務所設立はあくまで極秘だからだ)、なかなか貯まらない。
そんな中、条件付きで自分に資金提供しようと言う者が現れた。
調べてみると、投資で稼いでいる資産家らしい。前々からのファンで、何かするのなら是非とも協力したいとの事だった。
性格も紳士的で、下心で行動するような御仁ではないとの話だった。あくまで周りの評価だが。
提供された資金の額もかなりのもので、事務所設立はもちろん、ある程度の社員やタレントを雇えるであろうな額を出された。
――条件は、1週間だけ「付き合ってほしい」との事。
悩んだ。
もしかしたら人生で一番悩んだかもしれない。それくらいこの条件は難しかった。
周りの人間は彼はあくまでファンであり、それ以上の関係になる事を望んでいないらしい。だが、それが本当なのかは解らない。
誘いに乗るか、それとも引くか。考えに考え、悩みに悩み、その条件を飲むことにした。相手を信じなければどうしようもない、そう思ったからだ。
……もちろん、身体の関係になる可能性も考えた。
スバル君との関係は、いまだに清い交際のままだ。そもそも告白すらしていない。
もし相手が資金援助を条件に自分の処女をねだってきたら、私はそれに乗ることにした。自分の身体一つで事務所設立の金が手に入るのなら安いものだし、もしそれをスバル君が知ったとしても、彼はきっと苦笑いで許してくれるだろう。だって、これは私の夢の一つだから。
そんな事を考えながら、パトロンに会おうとしていた矢先、出会ったのがあの孤高の戦士だった。
出会い頭にきつい一発を腹に受けたかと思うと、次は顔に重い一撃を一発。こっちは顔も売りなんだからやめろと言おうとしたら、もう一撃食らった。そして冒頭の一言と言うわけだ。
正直、意外と言えば意外だった。真っ先に反対するのはスバル君だと思っていたから。
でも実際に止めに来た?のはソロの方。彼にとっては関係ないはずなんだけど、落ちぶれたと思われたんだろうか。そんな事を思っていると、ソロの視線が更に厳しくなる。余計な事を考えてる余裕はないようだ。
「この世界は使えるものは何でも使う。そうしないとあっという間に消えてなくなるんだから」
「それが自分の身体でもか」
「そうよ」
まだ決まったわけじゃないけれど、もし仮に相手が私の身体を求めてくるのなら、喜んで……とまではいかないけど私は差し出してみせる。そうすることが夢に繋がるのなら、何だってやる。
キッと睨んでやると、相手が少しだけひるんだ。
「なあなあで流されて清いままでいるより、汚れてでも自分の夢を掴むの。強かじゃないと生きていけないなら、喜んでそうするから」
失望されるだろうな、とは思った。見損なわれるだろうとも。
響ミソラはファンを愛し、歌を愛するシンガーソングライター。そう思われ続けることが出来るなら幸せだと思う。だけど、年を取る度、周りが変わっていく度に、それを許してもらえるほど甘っちょろい世界ではないと知った。
だったら、どうする。そんな厳しくも泥臭い世界でも、輝くもの――夢と絆を守りながら、自分の力で生き抜くのだ。
ソロからの返事はない。だが、その視線から、自分の反論に対して何か思うところがあるとは感じられた。
「貴方は、どうなの?」
沈黙。
今まで彼は、自分の守りたい物に対して全力だった。利用しようとする者には容赦なかったし、どんな手段も使ってみせた。だからきっと、解ると思う。楽観的な考えだけど。
解放された私はポケットからハンカチを出して、口元を拭く。血が出てたら嫌だなと思ってたけど、その心配はなさそうだ。まあ、顔が腫れてるのは仕方ないかな。因縁つけられて絡まれたとか言い訳しよう。
ソロの方はまだ無口だ。何か考えているのかなと思ってたら、急に拳が飛んできた。
「っ!」
さすがに今度は食らうつもりはない。飛んできたパンチはギリギリのところでかわす。
まだ怒ってるのかなと思い、彼の方を見ると、顔こそいつもの仏頂面だけど、その目は呆れが混ざっていた。たまに見る顔で、ちょっと面白いなと思っている顔だ。
「……大した馬鹿だ」
「ちょ……!」
馬鹿とはなんだ馬鹿とは。こっちは結構必死になって覚悟決めてるってのに。
怒鳴りつけてやろうと詰め寄ろうとしたけど、相手はさらりとかわす。こういう時、戦いのセンスがない事を悔やむ。
「そこまで考えてるなら、貫け」
ソロは踵を返してそう言い捨てる。本当に「言い捨てる」って言葉が似合うぐらいの勢いで。
後に残るのは私だけ。
「解ってますよーだ」
いなくなった彼の背中に向けて舌を出す。
スバル君とは違うけれど、その思いやりが嬉しい。不器用なりに、彼も私の事を大事に思ってくれているんだなって解るから。
もちろん、そんな事を表立って言ったらまた殴られるんだろうけど。
「さて、行きますか!」
戦場に赴く気持ちで、私は腹に気合を入れ直した。
結論から言うと。
パトロンになってくれた人は本当に私のファンで、独自のルートで私が事務所を設立しようとしているのを知ったらしく、それを手助けしたいとの事だった。
第二第三の響ミソラを、私自身の手で生み出されるのを見てみたい。それが援助の理由らしい。
付き合うというのも、自分のために曲を作って欲しいというもので、そのリクエストに応えた(滅茶苦茶ハードだったのはここだけの話だ)。
さすがに腫れあがった私の顔を見てびっくりしていたが、私の言い訳をちゃんと聞いてくれた。信じたかどうかは知らないけれど、今の私には割とどうでもいい事だった。
私はこれから、私の未来を作っていく。
子供のころに夢見た未来とは違っているんだろうけど、それを悪い事だとは思わない。だって、この世界はそういうものだから。
それでも応援してくれる人がいるから、私は戦える。スバル君のように素直に応援してくれる人から、ソロのように回りくどい応援をしてくれる人まで。
青空の下、私は自分自身にエールを送った。