アイスクリーム考察

「あー、最悪」
 バケツをひっくり返したかのようなゲリラ豪雨に対し、ミソラはそう愚痴った。

 珍しく今日の仕事は午前中に終わった。
 なので近くの街に降りてウィンドウショッピングを楽しんでいたのだが、視界の端に黒い何かを見たのが運の尽き。
 気づけば黒い雲は空を覆い、こうして雨宿りする羽目になっていた。そして……。
「立ち止まっていたからだ」
 同じくびしょぬれになったソロが、そう冷たく言い放った。
 別に最初からずっと一緒にいたわけではない。偶然店から店に移ろうとした時、ソロと出くわしたのだ。
 ちょっと立ち止まって会話していたら(一方的にミソラが話しかけていた)、雨雲が追い付いてしまった。故のソロの台詞と言うわけだ。
 さて、どうしようか。
 せっかくソロと出会えたので、一緒にどこかに行きたい。……と言うと仲を疑われそうだが、ソロは放浪の身ゆえこういう時に捕まえておかないと次に会えるのは一年後になりかねない。
 あっちこっち見渡していると、アイスクリーム屋を見つけた。
「ソロ、お腹空いてない?」
「……は?」
 唐突のお誘いに、ソロは目を丸くしていた。普段は不愛想な顔立ちなので、こういう表情を見ると楽しくなる。
 ソロは興味ないといった顔だったが、「空いてない?」ともう一度詰め寄ると、ふん、と鼻を鳴らした。この態度なら、強行突破でも問題なさそうだ。
 ミソラはソロの手を取ってアイスクリーム屋に入っていった。

 アイスクリーム屋は予想より空いていた。先に席を取り、カウンターに並ぶ。
 色とりどりのアイスを眺めていると、外の天気の憂鬱さが頭から吹っ飛んでいく。我ながら現金なものだ。
「バニラと、ストロベリーと……」
 積み上げるアイスを考える。オーソドックスで行くか、それとも個性を貫くか。
 何となく隣を見てみると、ソロはじっとメニューを睨んでいる。巻き込まれれば真面目に取り組む性格なのは、最近解ってきた。
 やがて自分たちの番になる。ミソラはシミュレートした通り、トリプルアイスを頼む。ソロの方は「チョコミント」とシンプルに告げた。
(チョコミントかぁ)
 微糖コーヒーと言い、大人な注文が好きなようだ。ここで一つ、彼のプライベートを知る。
 ソロと言う人間はまず人に情報を見せない。なので、わずかなアクションで推理するしかない。
 だいぶ前の誕生日、ミソラはちょっとした偶然からソロに会い、彼から微糖コーヒーをプレゼントされた。品物自体はそれほど価値がないものの、そのアイテムから得られる情報は、何よりもミソラを喜ばせた。
(今年も結構面白い情報が得られたなあ)
 ソロは気づいていないが、ミソラにとってこれが何よりも嬉しいプレゼントだ。何故なら、一歩彼に近づけた気がするから。
「お待たせしました」
 店員が二人の注文を出す。ミソラはバニラ・ストロベリー・ピーチのトリプル、ソロはチョコミントだ。
 ミソラはそれを受け取って席に戻ろうとするが、ソロはその場で一口食べていた。
「美味しい?」
 つい聞くと、ソロは無言でこくりと頷く。
 二人で席に戻り、アイスを食べる。ミソラが一方的に話しかけ、ソロはそれに対して気まぐれに相槌を打つ程度の会話。
 外はまだ雨が降っている。だが勢いはだいぶ落ち着いているので、そろそろ止むのだろう。

「誕生日だと言うのに、人にプレゼントとはな」

 ソロがぼそりと呟いた。
 皮肉のようにも聞こえるが、純粋な疑問のように聞こえた。まあそうだろうな、とも思う。何せ今日は八月二日。ミソラの誕生日だからだ。
 舐めていたバニラアイスにかじりついた後、ミソラはふうとため息を一つつく。
「じゃあソロ、次のアイスのお代わり奢ってくれる?」
「……それくらいなら構わん」
 ――え、と驚きの声を出さなかった自分をほめたい。それだけソロの言葉は意外だった。
 ミソラのイメージでは、こういうことは貸し借りと認識するタイプだと思っていた。だから奢りとかそうそうしないだろう、と。
 どうやらその認識を少し変える必要があるようだ。
「ありがとう」
 驚きの感情をねじ伏せて、ミソラは目の前の男に頭を下げた。

 雨の音が聞こえなくなったなと思って外を見たら、もう既に雨は止んでいた。
 ぎんぎんに輝く太陽は、外の暑さを語っている。ずっとここに居座り続けたいが、あいにくアイスは追加注文を含めて食べきっている。ソロの方も、最初に頼んだチョコミントを食べつくしていた。
 そろそろ外に出た方が良いだろう。
「外に出る?」
 念のために聞くと、ソロは無言で一つ頷いた。
 一つ覚悟を決めて外に出ると、ミソラの勇気を歓迎するかのように熱気が吹き付けた。
「アイス、ごちそうさま。この借りは……」
「貸しを作った覚えはない」
「ぶー」
 ソロのつっけんどんな態度につい頬を膨らませるが、あくまで表向き。内心は彼に頭を下げていた。
 そのままソロは雑踏の中に消えていく。
 姿が見えなくなるまで手を振り続けたミソラは、完全に見えなくなったのを見計らって、ぽつりとつぶやいた。
「今年も面白いプレゼントを貰っちゃったな」
 ミソラしか知らないソロのプロフィール。
 それがまた更新されたのを感じ、ミソラはくすりと笑った。