私は彼を知らない・1「予期せぬ客人」

 

 一匹狼は群れに入らずにいる狼を指す。
 一匹狼は群れに入れない狼を指す。

 狼は何故群れに入らないのか。
 もしかしたら、一人で行動するのが合ってるのかもしれない。
 もしかしたら、群れるのが苦手なのかもしれない。
 もしかしたら、入ろうとしたら攻撃されるのかもしれない。

 狼は何故群れに入らないのか、それは狼に聞かないと解らない。

 

 

 

 11月。
 残暑はすっかり過ぎ去り、やがて来る冬にちょっと体をぶるぶると震わせる日々がやって来た。
 それでもミソラは寒さに震えることはないし、足取りも軽い。鼻歌まで出てくる。
「ふんふんふっふふ~ん♪」
『やけに上機嫌ね、ミソラ』
「だってね~」
 ハープの言葉にもにやけてしまう。これって結構重症かもしれないが、それでもにやけてしまうのは仕方がなかったりする。
 何せ今年は、クリスマスに手編みのマフラーをプレゼントしようと計画を立てたのだ。既に毛糸、編み棒、編み物の本は用意されている。後は編むだけだ。
 プレゼントの相手は、当然スバル。彼が好きそうな赤い色をメインに、流星のデザインも入れようかなと考えてたりしている。完成品を考えるだけでもわくわくだ。
「スバル君、ぜーったい驚くもんね。こんなの作ってるなんて夢にも思ってないだろうし。今年はいいクリスマスになりそう!」
『そのクリスマスに仕事さえ入らなければね』
「入れないもーん」
 水を差すようなことを言う所が、ハープの意地悪な所だ。だが言ってることは確かにありえそうな事なので、クリスマスには絶対に仕事を入れないようにしようとミソラは思った。
 さて。
 さあ編もうと窓の近くに置いておいた編み物セットに手を伸ばした時、何となしに窓の外に視線を向けてみた。
(あれ?)
 窓の外……自分の家の近くで、見覚えのある影が見えた気がする。
(錯覚かな)
 目をこすって改めて見たが、影はどこにもない。見間違えかなと思ったが、やけに引っかかった。
 試しに、隣にいるハープに訊ねてみる。
「ねえハープ、さっき人影っぽいのが見えなかった?」
『人影? ……見えないわ』
 間がちょっぴり気になるが、とりあえず彼女も見てないと言うので、たぶん目の錯覚だろう。ミソラはそう思って、編み物に手をつけ始めた。
 ……しかし。
 最初はノリノリで手をつけたものの、いざやってみるとこれがなかなか難しい。一つ抜かしていたり、逆に付け加えすぎたりと、なかなか上手く進まないのだ。
 隣で見ていたハープも、だんだんいらいらしてきているのか、注意に棘が入り始めた。いらいらを抑えながら編んでいると、玄関から誰かの話す声が聞こえた。よく聞くと、お父さんの声だ。
『何かしら?』
「お父さん、誰かと話してるんじゃない?」
 近所付き合いというのもあるし、とミソラは気の抜けた声で答える。正直、今は編み物のことで頭が一杯だから、余計な事に巻き込まれたくない。
 ……だったのだが。
「おーい、ミソラ。ちょっと来てくれ」
 玄関からのお父さんの声で、その希望はあっけなく打ち砕かれた。ため息をつきつつも、ミソラは編み物を置いて玄関まで行くことにした。
 しかし、いったいお父さんは何で自分を呼んだのだろうか。普通なら「ただいまー」と言うぐらいで、自分を呼ぶなんて事はない。
(お土産でも買ってきたのかな)
 もしかしたら、どこかで美味しいお店を見つけてお土産でも買ってきてくれたのかもしれない。だったらかなり嬉しいサプライズだ。
 軽い足取りで玄関先に向かい……思いっきり絶句した。

 お父さんは、人を背負って帰ってきた。
 しかもその背負っている人物は、あのブライに電波変換する少年――ソロだった。

「ちょ、ちょっと!?」
 あまりのサプライズぶりに、ミソラの声は大きく裏返ってしまった。
 何でよりにもよってソロが。スバルと敵対し、自分を思いっきり殴りまくったこの少年が、お父さんにおぶられているというのか。
 お父さんはそんなミソラの心中を察したか、彼を連れてきた理由を簡潔に話してくれた。
「ん? ああ、近くの公園で一人で倒れてたから家で看ようと思ったんだ。……まさか寝てるだけだとは思わなかったけどな」
「……」
 よく見ると、彼は目を開けてこっちを見ていた。怖い目つきだけど、大方「何でこんな所に連れて来たんだ」という抗議だろう。
 ソロは絆とかそういうのが大嫌いだ。だから、こういう恩義とかに感謝はしないような気がする。
「ま、こんな所で立ち話もなんだ。ミソラ、部屋のベッド貸してくれ。この子を寝かせるから」
「ちょっと待っ……」
「……遠慮する」
 ミソラが驚くより先に、ソロがお父さんの申し出を断った。
「すぐに帰る。余計なことはしなくても」
「でも、熱ぐらいは測らないとダメだろ。風邪引いてたらどうするんだ?」
「……」
 お父さんの意見に反論できなくなったか、ソロはむすっとしたまま黙り込んだ。確かにこんな寒い中で寝ていたなら、風邪ぐらい引いててもおかしくない。
 不機嫌そうだけど納得してくれた(?)彼を見て、お父さんは「それじゃ、体温計と風邪薬取って来る」と先に行ってしまった。
 後に残るのはミソラとソロだけ。
「……部屋、行く?」
 本人は嫌がってるようだけど、いつまでも玄関先にいたら寒い。お父さんの部屋は閉め切ってるし、居間はまだ寒そうだから、ミソラは普通に部屋に入れようとしたが。
「断る」
 ソロは、頑なに部屋に入るのを拒絶する。
「じゃあ廊下にずっと立ってるの? 外と同じくらい寒いのに」
「それでいい」
「風邪引くよ? 暖かい所にいた方がいいって」
 無理やり手を取ると、その手が振り払われる。いったい何故、ここまでミソラの部屋に入るのを拒むのか。
 ぷうっと膨れてしまうと、ソロは小さくぼそりと言った。
「……赤の他人の俺が、女子の部屋に入れるか」
「……は?」
 今、何と言いました?
 何か彼らしくないと言うか、微妙に変な言葉を聞いた気がする。訊ね返してみると、ソロは開き直ったのか堂々と「女性の部屋に簡単に入れるか!」と言い放った。
「……どういう事?」
「もういい!」
 よく解らないけど、つまりモラルとかマナーとか恥ずかしさとかから入らないということだろうか。
 まあここまで本人が嫌がるのなら、無理やり入らせるのも酷だろう。ミソラは諦めて居間へと彼を連れて行く。
 それにしても。
 さっきのソロは妙に意地っ張りで、かわいらしいギャップがあった。古風というか、あんな感じにストイックなのが、彼の本当の性格なのかもしれない。
(何か、不思議な感じ)
 自分の大事な人を傷つけた子なのに、なぜか彼のことが憎めない。
 もしかしたら、友達になれるのかもしれない。そんな事すら思ってしまった。本人はきっと嫌がるだろうに。

 コタツの電源を入れ、その中にもぐりこむ。入れたばかりだからまだ暖まっていないが、こういうのは雰囲気だ。
 ソロもおっかなびっくりコタツに足を入れる。やっぱり、こういうのって始めてなのかな。
 テーブルに置いたままのミカンを手に取り、ソロに勧める。晩御飯前だけど、おなかが空いてるかもしれないし。
「ソロ君、これ食べる?」
「断る。風邪薬飲んだら帰る」
 相変わらずつっけんどんな言い方だ。こういう時、「ありがとう」とか言って受け取るのが筋だろうに。スバルとは大違いだ。
 しょうがないので、ミカンはそのままにしておく。自分もおなかが空いていたが、今食べると絶対に太る。
 後はもう会話がない。ソロはべらべらおしゃべりする性格じゃないし、ミソラの方から話しかけても。
「寒くなかった? 外」
「……」
 反応しない。ずっとむすっとしたままで、こっちと視線を合わせようとしないのだ。
(そう言えば、ソロ君はいつもこんなだったな)
 だいぶ前、ほんのちょっとオリヒメの所にいた事を思い出す。
 あれはスバルを守るために取引に応じただけだが、それでも彼のことは少しだけ気にかかっていた。
 でもソロはいつも一人でいて誰とも会話しようとしないし、気すら向けなかった。最初声をかけた時、彼は何の反応もせず、ただどこかをぼんやりと見ていた。
(そんな生き方、辛くないのかな)
 他人事ながら、そう思う。いつも他人を拒絶して、敵をたくさん作る。そんな生き方で、本当に楽しいのだろうか。
 彼の場合、ほんの少し素直になって他人を信じられれば、もっと楽しい人生をすごせると思う。スバルとはまた違ってかっこいいし、頼りになる所がたくさん有りそうだし。
(って、何でソロ君の事とか勝手に想像してるんだろ)
 まだ彼が何であそこにいたのかとか、全然聞いていないのに。何故勝手に彼の世話を焼こうとしているのか。
 自分は、ソロの何を知っているのだろう。……全然知らない。
 聞きたいとは思う。だが、聞いてみるのが怖い。「貴様には関係ない」と一言で切られておしまいだと思うと、聞くのをためらってしまう。
(スバル君も、こんな感じだったのかな)
 彼もお父さんを失ってから、他人を拒絶するような生き方をしていたと言う。むやみに敵を作るような事はしなかったらしいが、それでもこんな風にやりづらい性格だったのだろうか。
 そんな事を考えていると、台所の方から「ミソラ、薬どこだっけ?」とお父さんが聞いてきた。
「たんすの上だよー。居間の方」
「そうか、すまんすまん」
 お父さんはどうやら、薬を探すので手間取っていたらしい。まあ、滅多なことで病気なんてならないしね。
 ようやく風邪薬と体温計を持ってきたお父さんは、まず体温計を手渡した。受け取ったソロはもそもそと体温計で体温を測り始める。
「熱を測ったら薬だぞ」
 お父さんがそう言うと、ソロはこくりとうなずいた。お、素直?
 ……と思ったら、お父さんの次の一言でまた場の空気が重くなった。
「飲んだら、家に帰ろうな。送って行くから」
 それ聞いたソロ、いきなり立ち上がってしまった。体温計も投げ捨てて、もう帰ろうとしている。当然、お父さんがそれを見過ごすわけがない。
「こら、待ちなさい」
「……」
 ソロが嫌がる理由が、何となく解ってしまった。たぶん、彼には帰る家がないんだ。
 普通の家出少年とは違い、彼は出て行く家すらない。だから、「送って行く」と言われても困ってしまうのだろう。
 どうしよう。
 家がないなら帰りようがないし、ここに泊めるにしても彼の分の服とかがない。かといって、ソロの望み通りにこんな寒い外に放り出すわけには行かない。
 お父さんも頑固な彼に困っているようで、「うーん」と唸る。このまま重い空気のまま、時間だけが過ぎていくのかと思った時。
「……仕方がない、か」
 ソロがぼそりとつぶやいて、自分のスターキャリアーを出す。真っ黒なそれは、ミソラが持つ物とは微妙に違っていた。
 かちかちと何か操作し、また懐にしまう。ミソラの視界では、何か送った事だけしか解らなかった。
「メール?」
 こっちの質問に対してうなずくソロ。その後、苦々しくこう付け加えた。
「こんな手段取りたくないがな」
 ソロの顔と言葉の意味は、数分後に解った。
 熱を測って(36.7度。とりあえず平熱だった)、薬を飲んでしばらくぼーっとしてると、家のチャイムが鳴ったのだ。
「誰だ? はーい」
 お父さんがコタツから出て、玄関に向かう。それと同じタイミングで、ソロもコタツから出て玄関に向かう。
「?」
 一人置き去りになったミソラは、首を傾げつつもコタツから出た。
 いったい誰が来たんだろうと思いながら廊下を歩いていると、玄関から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あ、どうも夜分遅く申し訳ありません。こちらにいるとご本人からメールをもらいまして」

「あれ? 天地さん?」
 ミソラがお父さんの影からひょっこり顔を出すと、天地さんはこっちに挨拶した。
「ミソラちゃん、ご無沙汰してるね。まさかミソラちゃんの家にご厄介になってるとは思ってなかったよ」
「もしかして、天地さん……」
「そう、ソロ君を引き取りに来たんだ」
「え?」
 予想外の展開に、ミソラは目を丸くした。
 ソロの方を見ると、彼は諦めた顔で前に出た。と言うことは、天地さんの言うことは本当なんだ。
 いったいどうして、と問いかける前に、天地さんはソロに向かって「心配したんだよ」と声をかけていた。
「嫌がるのは仕方ないけど……せめて、一日は我慢してくれないか?」
「……」
「君だって、今の自分の体の状況を知りたいだろう?」
「自分の体は自分がよく知っている」
「でも、完全と言うわけではないはずだ。どうせなら、完全に知ってから出て行って欲しいんだ」
「……」
 ソロの顔がますます苦いものになる。こりゃ喧嘩になるかなあとひやひやしてたら、何と彼はあっさり「解った」と答えた。
「一日だけだ」
「解ってる」
 むすっとした顔のまま、ソロは天地さんの後ろにつく。さっきより信じられないものを見た気がして、ミソラはまじまじと天地さんを見てしまった。
 天地さんはそんなミソラの視線に気づいたらしく、こっそりウィンクしてきた。その下手くそなウィンクを見て、危うく吹き出しそうになる。
「どうもお世話になりました。あ、ミソラちゃんはちょっと」
「はーい」
 天地さんに呼びかけられたのでお父さんに怪しまれずに(?)、すんなり外に出ることが出来た。上着着てないから寒いけど、そう長く話すこともないだろう。
 家の前には車があり、その中にソロがいた。たぶん、天地さんの車なんだろう。
「それで、何か聞きたいかい?」
「え? あー、その」
 面と向かって言われると、何を聞けばいいのか解らない。何故ソロは天地さんの所にいるのか、何でああもソロと上手くやりあえるのか。
 ――そもそも、何故彼はあそこまで人や絆を毛嫌いするのか。
「あの、ソロ君は大丈夫なんですか?」
 色々な疑問が沸いて出る中、ミソラが最初にあげたのはこれだった。何がどう大丈夫なのか解らないが、とにかく気になった。
 主旨が解り難い質問のはずなのに、天地さんはにっこり笑って「大丈夫」と答えた。
「ムーでの激闘の際、怪我が酷かったらしくてね。その具合を見るのと、単独電波変換の悪影響がないかを調べる程度だから。別に実験材料にするとか、そんな酷い事はしないよ」
「よかった」
 何故だか解らないが、ミソラはこの時、心の底からよかったと思った。
 誰かがソロを心から心配してくれている。それが解っただけでも、聞いてみた価値はあっただろう。
「他には何かあるかい?」
「えーと……」
 天地さんに聞かれたミソラは、次の質問をした。

「……ソロ君の過去とか、何か知ってます?」

 一番聞きたかった事。
 そして本人に一番聞けなかった事。
 今でも口に出すのが怖かったが、目の前にいるのがソロではなく天地さんなので、割とすんなり聞けた。
 天地さんは後ろ――車の中の彼に一度目をやり、こっちを見る。
「一応知ってるけど……知りたいかい?」
 ミソラはこくりとうなずいた。聞くのは怖い。だけど聞きたい。
 それは、「ただの好奇心」とか「野次馬根性」とかで片付けられてしまうものなのかもしれない。それでもミソラは聞いてみたかった。
 ソロが気になる。スバルとは正反対な彼の事が、少しだけでもいいから知りたい。
「……ミソラちゃんには、ちょっと難しいかもな」
 天地さんの顔が珍しく難しいものになり、意外な言葉が出た。
「難しいって?」
「正直ね、彼の過去は一言で言えば凄絶なんだ。彼がああなったのは心の弱さが大きいけど、仕方がないとも言える。
 それだけ軽い話じゃないんだ」
「……」
 急に重くなった話に、ミソラは息を飲み込んだ。
「だから、ミソラちゃんやスバル君ぐらいの子に話しても、あまり理解できないかもしれない。よしんば理解できても、上手く処理できるか解らない。
 それに聞けば、彼が知らない間に、彼の秘密を知ることになるんだ。この意味が解るかい?」
 ミソラは素直に首を横に振った。解ったふりをしたところで、きっと天地さんにはバレてしまうだろう。
 それをを見て、天地さんは静かな声で答えた。
「彼を受け入れる覚悟があるかどうかってこと。それも生半可なものじゃなく、本気でだ」
「覚悟……」
 自分の胸に手を当てる。
 軽い気持ちで聞いたつもりはないが、まさかここまで重いものだとは思っていなかった。だから、考えが何一つ浮かばなかったのだ。
 天地さんはそんなミソラを責めなかった。ただ、穏やかに微笑むだけだ。
「じゃあ、今度会う時までの宿題にしよう。次に会ったら、聞くか聞かないか教えて欲しい。もし聞くんだったら、僕が教えてあげるから」
「はい」
 天地さんの配慮に、ミソラは深々と頭を下げた。

 車を見送ってから、家へと戻る。玄関に戻った時暖かいと思ったから、結構長い間外にいたようだ。
『本当によかったの?』
 天地さんが来てから終始無言だったハープが、ミソラに問いかけてくる。
「よかったも何も……、あの時はああしか言えないよ」
『まあ、確かにミソラにはまだ早い感じだったしね』
 正直、家前での天地さんの話だけでも難しいと思った。もっと大人になれば、色々なことを聞けたり言えたのかも知れないが、小学生の自分ではあれが精一杯だ。
「ハープなら、あの時どうしたの?」
 ふと気になったので聞いてみた。少なくともハープは自分より年上だし、そういうのも上手く対処できると思ったのだ。
 だけどハープは首を傾げる(?)だけで、何も答えてくれなかった。