ツーサイドアップ

 ソロは何もない日は適当にどこかを歩くのが日課になっている。新しい発見があるかも知れないからだ。
 その日も特に何もないので、ソロは適当に街中をぶらぶらと歩いていた。
 ゲーム店に立ち寄って面白そうなレトロゲームを探したり、喫茶店で暖かいコーヒーを飲んだり。人が関わらないのなら、ソロの日常もまた一般人とほぼ変わらないものだ。
「ふぅん」
 買ったレトロゲームを喫茶店でプレイしていると、ラプラスも興味深そうにのぞき込んでいる。今回買ったゲームは当たりだったようだ。
 クリア一歩手前まで進めてから、一旦休憩を取っていると、後ろから「ソロ?」と声をかけられた。
 ここで普通の人間なら振り向くのだろうが、ソロはあえて無視する。自分の名前を呼ばれる、つまり厄介ごとのフラグだ。ラプラスも揉め事は嫌だと言わんばかりに姿を消す。
 だが呼んだ相手は諦めていないようで、再度自分の名前を呼ぶ。周りの視線がこっちにも向いてきたのを感じたので、さすがに振り向いた方がいいのかも知れない。
 面倒だなと思いながら後ろを向いたのだが、そこで首を傾げた。
「も~。何度も呼んだのに」
 聞き覚えのある声だが、見覚えのない少女だ。赤紫の髪をツーサイドアップにした少女は誰かに似ている気もするが、いまいち思い出せない。
 自分の力に目をつけてる連中にしては、随分とフランクだ。となるとやはり知り合いか。
 内心首をかしげていると、少女は何か気づいたらしく「あー」と自身の髪を撫でた。
「私だよ私。響ミソラ!」
 ハンターVGをちょこちょこといじると、髪がツーサイドアップからいつものおかっぱ頭に変わる。どうやらリアルウェーブで作ったウィッグのようだ。
 ともあれ、手品の種が解ったのなら興味は薄れた。
「……なんだ貴様か」
「何よそれ……」
 返事するとミソラが呆れたようにつぶやく。愛想いい返事でも期待していたのだろうか。だとしたら呆れる。
 ミソラも言うだけ無駄だと解っているようで、溜息一つついて隣の席に座った。すかさず注文を取りに来たウェイトレスにジュースを注文すると、髪形をツーサイドアップに戻した。
「これね、ドラマの衣装みたいなものなんだ。今度ちょい役で出るんだよ」
「主演から相当落ちたな」
「だって私に演技は無理だもん」
 こっちの皮肉をさらりとかわして、コロコロと笑うミソラ。それに合わせて、まとめられた髪がふわふわと揺れた。
 いつもと違う彼女は、また別の魅力があるように見える。一瞬見惚れそうになったが、すぐに視線をそらした。
「あ、見惚れた?」
 ミソラはそんな瞬時の動揺を見逃さなかったようだ。にやにやと笑っている。
「馬鹿な」
「無理しなくていいんだよ~?」
「黙れ」
 殴る代わりにぺちりとその頭をはたく。ミソラはむーと膨れっ面になったが、今度は完全に無視した。
 のんきなものだと思っていると、ウェイトレスがミソラの注文したジュースを持ってきた。橙色がまぶしいオレンジジュース。
 それからは無言になる。ソロは会話のネタがなかったし、ミソラもこっちの性格を把握済み故、積極的にあれこれ話しかけてくることはない。
 ふと、一つの疑問が頭に浮かんだ。
「星河スバルにはそれを見せたのか?」
 それ、とは今つけているウィッグの事だ。
 最初ミソラは何のことを指しているのか解らないようだったが、ソロが無言でウィッグを指すと「ああ」と納得したようにぱちんと手を叩いた。
「ドラマ出演は話したけど、これはまだ見せてないんだ。見せたのはソロが初めて」
 意外だった。
 彼女の性格だと、真っ先に見せに行って感想を聞いていると思っていたのだ。見せるほどでもないと思ったのか、もしくは見せに行くほどの余裕がないのか。
 そんなソロの考えを見抜いたか、ミソラがまたコロコロと笑って付け加えた。
「ま、時間がなくってね~。そのドラマが放映されてから話してびっくりさせるのもありかなー、なんて思ってたりもするし」
 どうやら後者だったようだ。
 そうなると、時間があればスバルに見せに行っていたということになる。何となくソロはそれにムッとなってしまった。

(馬鹿か)

 そう自分自身に毒づく。
 彼女がスバルに好意を抱いているのは見れば解る事。自分に見せたのはたまたまでしかなく、その「たまたま」がないなら自分はどうでもいい存在でしかない。解っていたはずだ。
「……」
 無言でコーヒーに口をつける。
 暖かいはずのコーヒーは既にぬるくなっていて、味も悪くなっていた。
「ソロ?」
 ミソラがツーサイドアップの髪のまま、こっちを見てくる。
 きっと彼女はこっちの感情まで解らない。自分ですら解らないのだから、きっと彼女も解らないのだろう。
「別に」

 こうして見ると、ソロは結構表情を変えるんだなぁ。そうミソラは思った。
 いつも仏頂面でこっちを睨んでくるだけだと思っていたのだが、その仏頂面もよく観察すると目などが細かく動いているのだ。
 特に髪の事を聞いてきた時。一言一言説明するたびに、動揺や困惑などが入り混じっているのが見えて、年相応の可愛さが見えた気がした。
(なんかこう言うの、いいなあ)
 ぼんやりとミソラは思う。
 スバルも知らないであろうソロの秘密。自分だけが気づいた、ソロの可愛いところ。
「えへへ」
 思わずツインテールのウィッグに触れる。触り心地は本物の髪と同じで、電波で出来た物とはとても思えない。
 ドラマに出演する際これをつけてくれと渡された時、正直面倒だなと思っていた。自前の髪で何とかならないのかと、ハープに愚痴ったこともある。
 しかし、これを着けてソロに話しかけてみたら、予想以上に色んな顔を見れた。驚いた顔、困惑した顔、怒りとは違ったムッとした顔。
 それだけでもこれを着けた甲斐はあった気がする。
「えへへ」
 ついついまた笑うと、さすがにソロが不審そうな顔を向けてきた。今の顔は、たまに見る「何を考えているんだ」という顔だ。
「何でもなーい」
 そう茶化して本心を隠す。まあ、気づかれたところで別に問題ないのだけれど。
 ソロの表情はまだ不審そうなそれだが、その目が少しだけ呆れたような色になっていた。

 やっぱり、ソロは可愛いところがある。