遣らずの雨 - 3/3

 窓の外で激しいフラッシュが起き、ほぼ同時に轟音が耳をつんざいた。
「きゃあっ!」
 ミソラが悲鳴を上げた瞬間、部屋が暗闇に閉ざされる。どうやら雷が落ちたことによる停電のようだ。
 ハープに非常灯を付けてもらうが、それでもさっきまでの明るさには程遠い。再び電気がつくまで我慢しなければならないようだ。
 目の前のソロはと言うと。
 彼は全然動揺していないように見える。白い髪は左右に動いているが、恐らく周りを見ているのだろう。
『今は荒れてるけど、しばらく待てば収まると思うわ。雨もね』
 暗闇の中、ハープがこれからの天気を告げる。雨は一晩中続くかと思いきや、一時的なもののようだ。
 がたり、とソロが立ち上がる。視線で後を追うと、彼はドアに近づいていた。
「ちょっと、こんな天気で外出るの!?」
「雨と雷が収まればな」
「すぐに止むなんて言ってないのに……」
 ミソラも慌てて立ち上がり、ソロを引き留めようとする。しかし、慣れない暗闇の中なので、何かに躓いてバランスを崩してしまった。
「きゃっ!」
「……!」
 狙ったわけではないが、ソロの胸に飛び込むような形になってしまう。彼は微動だにしないが、少しだけ動揺したのが解った。
 それからお互い動かない。
 ソロは飛び込んできたミソラを抱きしめる事はしないし、ミソラも離れることはなかった。
 動けないし、動きたくない。今ほんの少しだけ体をずらしたら、彼はきっと自分を振りほどいて家を出て行ってしまうだろう。
「……行かないで」
 絞り出せた言葉は、それだけだった。
 そんな言葉だけで引き留められるとは思っていない。それでも、ソロをここに留まらせることが出来るなら何でもやれる、そう思った。
「何故オレに縋る。奴を呼べばいいだろう」
 対するソロの答えは、極めて普通。
 確かに、ここで無理にソロを引き留めるよりも、スバルに電話して「寂しいから来て」と泣き言を言えばいい。優しいスバルの事。すぐに飛んできてくれるだろう。
 ――でも、今傍にいてほしいと思っているのは。

「行かないで」
 もう一度同じ言葉を言う。

 スバルの元に飛び込んで満足できたなら、どれだけ幸せだっただろう。
 初めてのブラザー。自分を助けてくれるヒーロー。……初恋の男の子。
 ライバルもいたけれど、彼女は人として好きだったし、何よりそれはそれで自分の気持ちを燃え上がらせた。負けるつもりはなかった。
 でも。
 いつからかその気持ちは少しずつ変わり、新たに芽生えた……ずっと目を背けていた想いに、今こうして苦しんでいる。
「……」
 ソロは動かない。優しい態度をとる事もなければ、冷たい態度も取らない。それが彼なりの答えなのだと考え、ミソラは改めてソロの顔を見た。
 いつもの仏頂面。だけど、その目が揺らいでいる。
 互いの距離は近い。
「ねえ」
 思い切って聞いてみる。
「私の事」
 ソロの目の揺らぎが、さらに大きくなった。

 ――唇を、塞がれた。

 舌を入れる大人のキスではなく、唇を触れ合わせるだけのもの。それでも、唇の暖かさが彼の心を伝えているような気がした。
 口に出して言わない。言えないのだ。
(こんな形でないと、私たちは繋がれない)
 ソロが動かないので、ミソラは背中に手を回して体を密着させる。
 触れ合うだけの口づけは、まだ終わる気配を見せなかった。

「……泊ってく、よね?」
「……今夜だけだ」