歌姫はただ憤る

 ソロがサテラポリス管轄の病院に入院したと聞いて、スバルは見舞いに訪れた。
 しかし今だ面会謝絶で、ソロ自身も担ぎ込まれてからずっと寝ていると聞いて、スバルはサテラポリスの方に寄る事にした。
 暁シドウから事の次第を聞いていた時、ミソラが顔を出した。
 ミソラもソロが入院した話を聞いて見舞いに来たらしい。ただ彼女の方は今回の事件で忙しいため、何とか時間を作って来たと言った感じのようだった。
 事情を聞いたシドウはヨイリーたちに話を付け、ミソラをソロのいる病室に入れるように手配した。
 1時間前の話だった。

 スバルはJAXA内のカフェテリアで、オレンジジュースを飲みながら待っていた。
 病院に行くミソラを見送ったら帰ろうと思っていたのだが、ミソラ本人が「お見舞い終わるまでどこかで待っててくれないか」と頼み込んできたのだ。
 いつものお誘いとは違い彼女の顔はやや暗かったので、何か問題でも抱えているのかと思って待つことにした。
 そして。

「お待たせ」

 追加注文のフライドポテトに手を出そうとした時、ようやくミソラが自分のいる席へとやって来た。
 普段なら大好きなクレープを買ってくるのだが、今回はそれがなくスバルと同じオレンジジュースだけ。お揃いにしたというより、ゆっくりする余裕がないという事か。
「あ、ミソラちゃん。お疲れ様」
「うん」
「ソロの方はどうだった?」
「命に別状はないけど、やっぱ怪我は酷いみたい。まだ点滴とかつけてたし、話するのもちょっと大変だった」
「そうかぁ……」
 簡単な説明だが、スバルにとってはそれでも十分安堵できるものだった。
 スバルは胸をなでおろすが、ミソラの顔はまだ浮かない。彼の痛々しい姿を直に見たからか、それとも厳しい言葉をぶつけられたのか。
「大丈夫?」
 声をかけると、ミソラは「うん」とだけ答えた。
 会話はそこで途切れる。いつものミソラらしからぬ沈黙に、スバルは内心首をかしげた。
 普段ならこっちが合いの手を入れられないくらいに喋りまくって自分のペースに巻き込んでくるのに、今はただ黙り続けている。
 やっぱり何か悩み事かな、と推測していると、ミソラがやっと口を開いた。
「……スバル君は、今回の事件どのくらい知ってる?」
「え? えーと、確か犯人たちはミソラちゃんのファンで、暁さんたちがぎりぎりな所で捕まえた。それでそいつらは犯行は一応認めてる……くらいかな」
 スバルが知っている情報は、マスコミが発表した内容とほぼ変わらない。シドウから聞いた話も、それに少しだけ付け加えた程度だ。
 ミソラもそのくらいの情報は既に知っているようで、「だよね」と呟いた。
「ミソラちゃん?」
「ここに来る前ね、その犯人たちの所に行ってみたの」
 話題が切り替わった。
 犯人たちがミソラのファンを公言しているからか、彼らの事が気になったらしい。直接面会はしていないが、取り調べをした刑事たちから話を聞くことは出来たようだ。
「あいつらね、犯行は認めてるの。でもね、自分が犯罪者になるのは認めてなかった」
「へ?」
 ミソラの言葉に思わず声を上げた。
 犯行(ソロへの暴行)は認めているのに、犯人ではない。つまり、誰かに言われてやらされたのだろうか?

「『自分たちはミソラちゃんのためにやったんだ。犯罪じゃない。むしろ俺たちがボコったあいつこそ犯罪者だ。死刑にしろ』」

「……え?」
「あいつらが言ってたの。自分たちは悪くない。ソロの方が悪い。あいつを捕まえて罰しろ。それの一点張りだった」
「……」
「ムー大陸の事件の時、私とソロが戦って大怪我したのを嗅ぎつけたらしくて。それで私が傷ついたから、やり返しただけだって」
「……」
 やっと合点がいった。
 ムー大陸事件の時、ミソラは自分を庇ってソロと戦った。その時は圧倒的な力に負けて大怪我してしまったが、その理由は伏せざるを得なかった。
 ウィルスに襲われたと理由をでっちあげる事で入院そのものは公表したが、一部のファンはその理由を信じなかった。執念でミソラの大怪我の原因を探り、ソロに至ったのだろう。
「でも、ちゃんと罪には問われるんだよね?」
「うん。現行犯逮捕だもん。それに今回の犯人たちは、これ以外でも色々問題起こしてたから、それも訴えるつもり」
 どうやら彼らがどれだけ言い訳しても、罪は免れないようだ。しかしミソラの顔は晴れていない。
 まだ彼女の中に、大きな苦しみが残ってる。ソロと面会したことでそれが増したのかまでは解らないが。
「私、気にしてないのに」
 長い沈黙ののち、ミソラが口を開いた。
「あの時、ブライに勝てるなんて全然考えてなかった。スバル君を逃がさないと、守らないとって気持ちでいっぱいで、戦って何とかなるなんて思ってなかった。
 だから負けるのも大怪我を負うのも、全部仕方なかった。なのに」
 周りはそう思わなかった。
 ミソラが傷つけられた。それだけで怒り狂い、傷つけた相手を徹底的に痛めつける。
 勝手にミソラの意思を想像し、ミソラのためと言い訳をする。そこに彼女の本当の意思はない。彼らの妄想する「響ミソラ」を立て、自分たちの身勝手な怒りをぶつけるのだ。
「私は何も言ってない」
 中のジュースが震えるほど、コップが強く握られた。
「ソロを徹底的に痛めつけろなんて言ってない。恨んでるなんて一言も言ってない。なのに何であいつらは『私のためだ』って言うのよ。

 何で私の友達をあんな目に合わせるのよ……!」

 ――嗚呼、良かった。
 ミソラの苦痛に満ちた言葉を聞いて、スバルが真っ先に思った事はそれだった。
 ソロはあんな性格だし、立場も微妙だから人に好かれるようなキャラではない。それでも自分の仲間たちには、彼が悪い人間だと思ってほしくなかった。
 だからこそ、ミソラがソロを友達と認識しているのが解って、嬉しかった。
「ソロもソロで、自分がこんな目にあったと知ってスカッとしたんじゃないかとか聞いて来たのよ。こっちは本気で心配してたんだから!」
 ミソラの愚痴は、最後に「ほんと酷い奴なんだから!」で締めくくられる。
 でもその悪口もどこか温かみを感じるのはきっと気のせいではない、とスバルは思った。
 きっと、頑固で不器用な孤高の戦士に呆れてるだけなんだろう。多分彼は、ミソラが本気で自分を心配していたとは思っていないだろうから。
 いつかは仲良くなって欲しい。スバルは心の中で願った。
(結構いいコンビになりそうなんだよなぁ)
 根拠はないが、何となくそう思ったから。

 ソロの病室手前。
 面会謝絶だと解っているが、スバルはふらりと立ち寄った。
「大丈夫? 心配したよ」
 当然だがドアは開かない。なので、今ソロが起きているか否かは解らない。
 それでもスバルはドアの向こうにいるであろうソロに呼び掛けた。
「ソロ、ミソラちゃんもすごく心配してたよ」
 彼と彼女の間にどんな会話があったかは知らない。ただ自分が思っている事をそのまま言うぐらいだ。
「ミソラちゃんの事、認めてあげて欲しいんだ」
 何を? それは解らない。
 でもお互い何かがあって、それを乗り越えないと仲良くなれないような気がしたのだ。

 今後どうなるかはそれこそ解らないけれど、悪い流れにはなって欲しくないから。

 スバルは中にいるであろうソロに向かって、深々と頭を下げた。