「お返し」 - 2/2

 3月14日。響ミソラは上機嫌だった。
 というのも、星河スバルからのお礼が手作りのペンダントトップ。アクセサリーもだが、手作りというのが大事にされている事を感じられて嬉しかった。
 他にもたくさんのお返しをもらえたのが嬉しくて、ついついスキップしそうになる。今日も仕事が多いが、これなら頑張れそうだ。
 うきうき気分のまま事務所の廊下を歩いていると

「おい」

 後ろから唐突に呼び止められた。
 聞き覚えのある声についつい振り向くと、そこにはいつもの仏頂面な孤高の戦士が立っていた。
「え、あ、へ??」
 驚きのまま固まっていると、ソロは無言で歩み寄り自分の右手に何か握らせる。
 おずおずと手を開いて握った物を見てみれば、そこにあるのは綺麗なリボンがかかった細長く小さな袋。
「え?」
 また単語しか出てこないミソラに対し、ソロはつっけんどんに言った。
「ホワイトデーのプレゼントだ」
「……あ!」
 そこまで言われて、ようやく袋の意味を理解した。そして、彼が何故ここに来たのかも。
 バレンタインにチョコを渡したことを忘れたわけではないが、こうしてお返しをもらえるとは思わなかった。だから笑顔でお礼を言った。
「あ、ありがとう。嬉しいよ」
「そうか」
 お礼を言ってもソロはいつもと変わらない仏頂面のままだ。でもまあそれでもいいか、と思っていたミソラだったが、次の一言で固まった。

「それは星河スバルからの贈り物だ。奴はオレに『代わりに渡してくれ』と頼んできたからな」

 何も言えなくなったミソラに背を向け、ソロは去っていった。
 後に残されたのは、全てを悟ったミソラと「彼」からの贈り物だけ。
「……気づいてたんだ」
 1ヵ月前、ミソラはソロにチョコを渡す時に嘘をついた。
 自分で選んで買ったチョコを、「ファンからの贈り物」と言って彼に食べさせた。教えてもらったのか自力で気づいたかは解らないが、ソロはそれに気づいていた。
 それを「お返し」されてしまったのだ。
 受け取ってもらえない事よりも、お返しをもらえない事よりも、心にずしんとくる。
『来年は嘘をつかずに渡さないとダメって事ね』
「そうしまーす……」
 ハンターVGの中で、ハープがくすくすと笑う。その笑い声に対し、ミソラは深々と溜息をついた。
 きついカウンターは受けたが、嬉しいのは変わらない。わずかながらも、彼との縁は続いているのだから。
 胸の中に暖かいものが広がる。スバルの時とはまた違った、ときめきや嬉しさが心地よかった。
『開けてみなさいよ』
 ハープにせがまれて袋を開けると、鮮やかな装飾が施されたガラスのペンが顔を出した。
 角度によっては淡いピンクや青にも見えるペンの中央に、宇宙を思わせるような綺麗な石が入っている。
「きれい」
 思わず感嘆の息が漏れた。
 せっかくだからこれで何かを書いてみたくなる。乱暴に使うと割りそうなので、いつもの楽譜書きには使えそうにないが。
「どこで見つけたんだろ」
 何故これを選んだのだろう。どんな顔をしてこれを買ったのだろう。想像が楽しい。
(これで手紙でも書いてみようかな)
 ふと、そんな事を思いついた。
 はがきでもレターセットでもいい。帰りに買って行こう。インクも買ってきて、自分の気持ちをそのまま手紙にして書いてみよう。
 もちろん、その送り先は……。

 ミソラはペンを丁寧にバッグにしまってから、軽い足取りで歩き始めた。

 ちなみに。
 そのガラスペンが通には有名なブランドのもので、1つ数万はくだらないという話を聞いてミソラがひっくり返ったというのは別の話だ。