その言葉の代わりに

 ――その聞き方をしたのは、自分にその言葉を言わせないためなのか。

 一線を越えてから数カ月。ソロとミソラはホテルで肌を重ねていた。
 荒い息とベッドのきしむ音、そして……。
「あっ……はぁぁ……んっ♥」
「欲しいか?」
「そ、その言い方ずるいぃぃ……やぁ、んっ、は……ぁっ」
 お望み通り、ぺろり、と桜色の先端をねっとりと舐める。柔らかでぷりぷりとした感覚と、ミソラの喘ぎ声が楽しめる極上の味だ。
 いや、乳房だけではない。数時間はこうしてセックスしているが、彼女の体はどこを取っても最高だとはっきり言える。
 尻を撫でると、ミソラはさらに甲高い声で鳴いた。
 それを聞きながら、ソロは数カ月前のことを思い出していた。

 

 ――聞いてよぉ~! スバル君に振られたの~!!

 珍しく酒を大量に飲んでるようだったので、声をかけた。その時自分に向かって愚痴をこぼしてきたのだ。
 とは言え、星河スバル関連の愚痴はよく聞いていた。特にこの手の類は毎回と言っていいほどだった。
 しかし、聞かされる方としてはワンパターンすぎて飽きてきていた。そして、湧き上がるもやもやと向き合うのもいい加減嫌気がさしていた。
 もやもやの正体。それは解っている。みじめな嫉妬だ。
 あからさまなウソ泣きをし続ける彼女の背中に、気まぐれにもう一つ誘いの声をかけた。
 みじめな嫉妬を切り捨てたかったのと、何より彼女への「お仕置き」として。

 二人が一線を越えたのは、その数時間後だった。

 

 ぐちゅ、じゅぷと卑猥な水音が鳴る。
「あぁぁぁっ♥ あ…ん♥ ひぁぁっ」
 舌で乳首を、手でじっくりと乳房を揉めば、ミソラがさらに甘く鳴く。何度も楽しんだ感触だ。
「ソロぉ……」
「……ふん」
 ミソラが名前を呼ぶので、鼻を鳴らして唇を重ねる。本当は別の意味があったのかも知れないが、今のソロにそれに応じる余裕はなかった。
 率先的に舌を絡め、相手の唾をなめとっていく。ぐいっと手で相手の頭を押さえると、ミソラの方も腕を回してきた。
「んっ、ちゅ、んん、ふぅっ」
「んむ、ん……ふ……ん」
 ただただ相手をむさぼり続けるような、荒く蕩けるようなキス。もはや唾液すら媚薬となり、快感を引き出していく。
 ほしい、欲しい、ホシイ。もう理性なんて投げ捨ててしまいたい。
 指でミソラの腹を撫でていき、最終的にたどり着いたのは雌の匂いを漂わせる秘部。
 ぐじゅり、と軽く撫でると、ぷしゅっと潮が少し吹き出してソロの手を濡らした。ミソラの体も力を失って唇を離した。
「大したものだな。二回目でここまでか」
「い、言わないでよぉ。ソロがえっちなだけだって……」
「そうか」
「あッッ!!♥」
 陰核をこすると、ミソラの体が大きく跳ねた。その顔と喘ぎ声に、ソロも心の底からぞくりとくる。
 ああ、もう我慢できそうにない。
「欲しいか?」
 さっきと同じセリフだが、今度は与えるものが違う。当然、ミソラもそれは重々承知のはずだ。
 無言でこくこくとうなずいたのを見て、ソロはぐいっと自身の肉竿を挿れた。

 ずちゅぅぅぅ!

「はああぁぁんッッ♥」
「……ふぅ……ッ!」
 今までよりも卑猥で大きな水音、ミソラの嬌声、自分の荒い息。何もかもが、愛おしい。
 本当なら、自分が感じるわけがない――感じてはいけない思い。それなのに、彼女の前では溢れてしまいそうになる。

 ずっとずっと、惹かれていた。愛してしまっていた。

 だが自分は愛や恋もキズナとして受け入れたくなかったし、何よりミソラはずっと星河スバルしか見ていなかった。
 だから、ミソラがスバルに振られたと言い始めた頃から、ずっと迷っていた。
 奪うか、そのまま放置するか。
 悩んだ。長く悩んだ。自分のプライドを捻じ曲げてまで、彼女を手に入れるか。それとも永遠に見ないふりをするか。
 ……そしてタガが外れた。
「いい締め付けだ……」
「あ……ん♥ あっ、やぁ……!」
 ゆっくりじっくりと最奥へと入り込んでいく。
 言った通りミソラの膣はソロの肉竿を程よく締め付け、包み込んでいる。数時間ずっとセックス漬けだったのもあるが、もともと彼女が男を悦ばせるのが上手いのだろう。
 あえて焦らすようにゆっくりと動けば、もっともっととねだるようにミソラの腰が動く。
「あんっ♥ うあぁっ♥ は……っ♥」
「……く……っ」
 更なる締め付けに、欲望が爆発しそうになる。入れる前にゴムをつけてよかった、と心の底から思った。
 流れで肉体関係になったが、孕ませるつもりはない。ミソラが望んだとしてもだ。
 ムーの血脈は不幸をもたらす。かつての自分の苦しみを、見知らぬ我が子に押し付ける気は毛頭なかった。
「はぁ、はぁぁ……ッ」

「……ミソラ、イイか?」

「―――ッッ!!♥」
 覆いかぶさり、耳元で名前をつぶやく。ミソラの魂を蕩けさせる、一番の言葉。
 前回もそうだった。破瓜の痛みに泣く彼女は、耳元で名前を呼ばれただけでその涙を止めた。もっと呼んでとせがまれ、何度も何度も名前を呼んだ。
 こんな時でしか愛する女の名前を呼べない自分に対し、ミソラは何を思うのだろうか。
「……ちっ」
 弱気な心を振り払う。今は彼女の考えよりも、悦ばせることの方が先だ。
 と。
「……ね……じゃ……だよ……?」
 かすれそうなほどの小声で、ミソラが何かを呟いていた。
 快感に耐えつつも、ソロの目をまっすぐ見ながら、ミソラは同じ言葉を繰り返す。

「ねえ……、同情じゃ……ないんだよね……?」

 その時、ソロは何をいまさら、と思わずため息をつきたくなった。
 しかし自分と重ねれば彼女の不安と疑いは、自分のそれとよく似ていた。本人が気づいているかは知らないが。
 だからこそ、こんな時に返す言葉はよく知っている。

「……当たり前だ」

 ミソラの顔が、目に見えるぐらいに明るくなった。それに合わせて、締め付けがさらに強くなる。
「はぁっ、う、嬉しい、あっ♥ 嬉しいよぉっ♥」
「そ、そうか……っ。ミソラ、動かすぞ……!」
「いいよ、来てぇ……っ♥」
 体を倒して密着させれば、ミソラも腕を動かして抱き着いてくる。足を絡めれば、華奢な彼女の足がふわりと浮いた。
 そして始まる激しい性欲のピストン運動。ばぢゅ、どちゅ、ぬぢゅううとテンポよく鳴る水音は、二人の快感をさらに引き上げた。
「あんっ! ひぁぁっ♥ やぁぁ、んっ! あはぁぁ♥」
 さっきまでよりもはるかに深く、激しく奥を突ける姿勢故か、ミソラの嬌声は今までで一番色と艶を帯びていた。

 ぱんっ!

「はあああぁぁぁっ!♥」
 尻肉と腰がぶつかる音よりも、喘ぎ声の方が大きくなった。
 最奥を突くたびに蜜が分泌され、それがいい感じの情滑油としてさらに快感を引き出していく。ソロはミソラに気づかれないように歯を食いしばった。
「そろそろイく……か?」
「いっ、イくっ!♥ もうイッちゃうぅぅぅっっ!」
「オレも、だ……ッ!」
「あっ、ひぁぁぁぁぁっ!!♥」
 喘ぎ声とともに一層強くなる締め付け。膣肉に弱いところを刺激された瞬間、とうとうせき止めていたものが決壊した。
 びゅるる、とゴムの中で大量の精液が出た反動で、ミソラもびくびくと体を痙攣させた。
「ああああぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!♥♥」
 絶頂。
 がくがくと震えていたミソラだが、徐々に力が抜けていく。ソロに縋りついていた腕も、やがて力なく離れていった。
 焦点のあっていない目は少し動いただけで、瞼の奥へと隠された。すやすやと寝息も聞こえてきたので、どうやら完全に体力切れで眠りこけてしまったようだ。
 ソロもさすがに体力の限界を感じ、ぐったりとミソラの隣に倒れこむ。
「ふぅ……」
 押しのけていたシーツを拾い、ミソラにかける。柔らかな寝顔を見てると、少しだけ表情が緩むのが解った。

 ――ねえ、同情じゃないんだよね……?

 行為中のミソラの言葉を思い出す。
 もしかして、彼女は数カ月間ずっとそんな不安を抱えていたのだろうか。自分の返事を聞くまで、ずっと。
「馬鹿か」
 ぼそりと呟く。

(三年も同じネタを引きずってきておいて、今さらそんなこと言うか)

 そう。ミソラがスバルに振られたのはもう三年も前の話だった。
 本人は忘れているのかわざとなのか解らないが、ミソラはソロに会うたびにスバルに振られたことを愚痴り、嘆いていた。その間、ソロはずっと同じ話を聞いては同じように返していた。
 三年。ずっとソロはその言葉に乗ってミソラをものにするか、スバルとの復縁をあおるかを悩み続けていた。
 覚悟を決めて彼女を抱くことを決めたのが、数カ月前だったのだ。
「……本気に決まってるだろうが」
 お前には絶対に言わないけれど。
 ソロは小声でそう付け加えた。