傷跡

 同棲して、肌を重ねるような関係になってから数ヶ月。いまだにソロは服を脱いだり、自分の素肌を見せるのを嫌がる。
 それでも一応、ミソラはソロが服を脱いだところを見たことはある。どうしても脱がなければいけない理由がある場合なら、彼は大人しく脱ぐからだ。

 彼の体には、無数の古傷が走っていた。

 切り傷に擦り傷、打撲に焼けど……サイズや種類の違う傷が、縦横無尽に走っているのを見ると、ミソラはいつも胸を痛めてしまう。
 あれは、彼にとっては消せない憎しみの痕。辛い過去の結晶体。彼が見せたがらない、心の闇そのものだ。

 ――貴様には見せたくないんだよ。

 あの時、ソロは確かにそう言った。視界をふさがれ、ただ傷を舐めあうように求められたあの時。全てが終わった後、小声でつぶやいたのを聞いた。
 見せたくない、と思われるのは嬉しい。それだけ人を寄せ付けなかった彼が、自分を思いやってくれるようになったのだから。
 だが、同時にとても辛くなる。彼はまだ、自分に全てをさらけ出してくれないのだと。

 

「……ん……っ!」
 交わされる深い口付け。
 経験の差か、ソロはキスからして上手い。あっという間に舌を差し込まれ、唾液ごと一気に吸い取られる。
 そのまま思考が麻痺しそうになるが、彼の指が自分の服にかかった時、ミソラは慌てて顔を離した。
「……?」
「脱がせるんだったら、ソロも脱いでよ」
 いきなりのストップに戸惑うソロに、ミソラははっきりと言った。
「何だと?」
「こないだみたいに目隠しはなし。ちゃんと服脱いで。私だけ裸になるの、もう嫌だよ」
「……おい」
 ソロの言葉に、少しだけ怒気が篭る。嫌がるのは解る。だけどもう嫌なのだ。
「私だけ全部見せてるのに、どうしてソロは何も見せてくれないの? ソロにとって、私ってただ抱ければそれでいいの?」
「そんなわけが……!」
「だったら全部脱いで! 嫌なのも、辛いのも、全部受け止めるから……。目をそらしたりなんかしないから……」

 ごそごそ、と衣擦れの音が鳴り、ソロがその傷だらけの体を晒す。
「……!」
 息を呑みかけるが、次の瞬間2回目のディープキスで止められる。今度は止めるつもりはないので、あっという間に思考がとろけていく。
 勢いでベッドに押し倒され、服を脱がされる。ミソラが引き寄せるように抱きついたので、何の隔たりもなくなった胸が押し付けられあう。
(触れてる……)
 彼が見せたがらなかった傷に、自分は触れている。ずっと凍り付かせることで触れないようにしていた心の闇に、ようやく触れられた気がした。
 だからソロが唇を離して、もう濡れた秘部に指を入れても、ミソラはあっさり受け入れた。
「はぁっ……」
「二本目、行くぞ……」
 人差し指だけでなく中指まで入り込み、ぐちゅぐちゅとかき混ぜられる。卑猥な水音が鳴るたびに、腰がはねるのを感じた。
「あんっ……ん……ぁっ、ひぁぁ……」
 足を閉じたくても、もう腰に力が入らない。しがみついていたはずの手も、徐々に力が抜けていく気がする。
 やがてソロが鎖骨辺りに吸い付くと、痺れに似た快感が全身を駆け巡った。
「や、やだ……もうダメぇ……! まだ早いよぉ……」
 普段ならまだ持つはずが、赤い痕一つだけでもうイキそうになる。二回もディープキスを交わしたせいか、それとも……。
「おい……早すぎ……」
「ご、ごめん……でももうホント…もうだめ…んっ! あああっ!!」
 ソロが勢いよく指を抜いただけで、もうイッてしまった。濡れに濡れたそこは、ひくひく蠢きつつも濃密な蜜をこぼし続けている。
 力もあっという間に抜け、手がぐったりと落ちた。荒い息を整えていると、ソロがミソラの蜜で濡れた指を口の中に突っ込んできた。
 彼にとってはお仕置きのつもりなのだろうが、こっちにはただの興奮剤でしかない。むさぼるように舐め取っていると、ソロが呆れてため息をついた。
「……今日は一段と淫乱だな」
 そうだと思う。でもそれは、多分嬉しさからだ。素直に言うと、ソロは呆れたまま聞く。
「そんなに嬉しいか?」
 こくりとうなずくミソラ。
 ようやく彼が全部さらけ出してくれた。ごまかしも何もなく、ありのままの自分を見せてくれた。それが嬉しい。

 ……ソロの顔に、かすかに赤みが入った。

 だが次の瞬間、その顔はスイッチが切り替わったようにいつもの仏頂面に戻る。
「……挿れるぞ」
 体勢を立て直したソロが、ぐちゃぐちゃに濡れきった秘部に一気に押し入った。
「あ…あぁぁんっ! あぅぅ……っ」
 肉壁がこすれて押し入られる快感に、ミソラの体は大きく震える。少し収まっていた体が、また一気に燃え上がった。
 尖端は、まだ最奥を突いてくれない。それでもいつも以上に固く膨れ上がってるのが、手に取るようにわかる。
(もしかして……脱いで…、見られて……感じちゃった……?)
 ぼんやりとそんな考えが頭に浮かぶ。自分も見られて濡れるのだから、彼も見られて大きくしてしまったのかもしれない。
 かわいい、と思った思考は、最奥を突かれた瞬間、快感に飲まれて消えた。
「ひぁぁぁ!」
 ソロの熱くて大きいそれがぶつかり、また軽くイッてしまう。じりじりと焦らされていた、と気づいたのは後の事。
 そのままずっと引いては挿れられ、また肉壁がこすられる。もう思考が完全に快感に支配され、気づけばいつも以上にくわえ込んでしまっていた。
「す、少し、きつい……。興奮しすぎだろう……」
「だって…はぁぅっ、本当に気持ちよすぎる……んんっ!」
 軽くゆすられ、接合した場所から混ざり合った蜜がにじむ。
 もう一度抱きつくと、触れ合っている部分が熱くとろけていくような錯覚を覚えた。そんな錯覚すら、今は気持ちいい。
「……あ、熱くて…とろけちゃうよぅ……はぁぁっ、あぁ……」
「……ミソラ……!」
 耳元で自分の名前をささやかれ、滲み出す蜜の量が一気に増えた。ソロの方も相当熱くなっているのか、強引に引っこ抜いた。
 それから始まる激しい律動。挿れては抜き、抜いては挿れてを繰り返され、最後の絶頂へと高まっていく。
 奥を深く突かれるたびに、頭の中が真っ白になる。
「んっ……はぁっ……! い、イキそ…うっ……!」
「出す、ぞ……!」
 ソロが息を切らしつつも言うと、ミソラもこくりとうなずいて強く抱きしめる。自分の奥がきゅんとうずき、中にあるモノを深く感じた。
 そして、とうとう限界が来た。
「あぅ、あぁぁぁあああっ!!」
 中で思いっきり吐き出された瞬間、ミソラの意識は完全に快感に飲まれて消えた。

 

 気がつけば、もうソロは服を着ていた。
「いつもいつも思うんだけど……着替えるの早くない?」
「知らん」
 情事の後のけだるさとか全く無縁、と言わんばかりのいつもの表情。自分だけ服を脱いでるのが恥ずかしくなる。
「シャワー浴びたの?」
「ああ。貴様も入るなら早くしろ」
 会話も淡々としていて、さっきまでの激しさは全部嘘のように思えた。まだにじんでいる汗が、嘘ではないと語っているが。
「ねえ」
 何となく声をかけると、ソロはこっちを向いた。色んな物を隠した済まし顔が、憎らしくもありいとおしくもある。
「……何だ」
「大好きだからね」
 飾り気も何にもない、まっすぐなミソラの本音に、ソロは「馬鹿馬鹿しい」とそっぽを向いた。

 ――「二回戦目」が始まるまで、そう時間はかからなかった。