――孕ませることだけはしない。絶対に。
何の因果か解らないが、6月のあの日に自分は一人の女を抱いた。
かつて星河スバルの隣にいた女。国民的アイドルとか言われているが、自分はそれほど興味がなかった。
彼女はあの男に選ばれず、その事を愚痴っていた。選ばれなかったことではなく、選ばれなかったことを素直に受け入れていたのをショックだとも。
その時自分は半ば酔いつぶれていた状態で、勢いで口に出したくなかった事を口走っていた。
恐らくあの女はそれを聞いたのだろう。それで余計な同情心から、抱かれることを望んだ。自分はその同情心を利用して、彼女で性欲処理をした。それだけの話だ。
それ以降、気まぐれにあのバーに立ち寄っては酒を飲み、ベッドを共にする。
お互い冷めきった関係。キズナはないし、愛もない。
それなのに、彼女を手放せない。
からん、とグラスの中の氷が溶けて動く。
「お連れの方はもうじき到着なさいますよ」
バーテンダーがいつもと変わらない落ち着いた声色で、ソロのグラスに水を注いだ。
誰も待っていないと答えるが、それに対して彼は無言で返すだけだ。
それにしても。
このバーはいつ来ても誰もいない。それどころか、自分をイラつかせる電波の流れも「視る」事が出来ない。居心地はいいが気になる場所だ。
「ここに来れるのは望まれた者だけです。余計な人間は気づくことすらできませんよ」
こっちの心を読んだかのように、バーテンダーがカクテルを作りながら言う。
「他人の夢に干渉できますか? 特に、『姫君』の夢に」
……つまりそういう事らしい。
どういうからくりかは知らないが、ここではスキャンダルなどを恐れる必要はないようだ。あの女がそれを知っているかは知らないが。
そんな事を考えていたら、ドアベルが軽く鳴った。
視線を向ければ、そこにはあの女――響ミソラがいた。
「んっ……ふぅっ……んんっ」
部屋のカギをかけた瞬間、貪るようにミソラの舌をかき回す。ルージュが付いたがお構いなしだ。
離せばとろりと唾液が唇の端から零れ落ちる。
「しゃ、シャワー、浴びさせて……」
「そこでしたいのか」
「メイク落としたいの……ぉ」
ついたルージュをこすりつけるように耳の方に唇を寄せる。ふっと息を吹きかけると、ミソラは艶めいた声で鳴いた。
既に涙目で懇願してくる相手を無理やり鳴かせる趣味はないので、一旦体を離す。熱が引くのはもったいないが、すぐに戻るから問題なかった。
さっぱりしたバスローブ一枚のミソラをベッドに押し倒し、形のいい乳房を引っ張り出す。弾力を確かめるように揉めば、彼女の口から甘い吐息が漏れた。
脱ぎ捨てた衣類をベッドの外に放り出すついでに、改めてミソラの体を見る。
メリハリの利いた体のラインに、吸い付くような白い肌。ダンスなどもしているので、筋肉もしなやかだ。冗談めかして「極上の体」と言っていたが、納得できないでもない。
本来なら、手を出す事すらできない女。それを今、組み敷いているという快感と疑問、そしてわだかまり。
なぜ彼女は、今も自分に体を許しているのだろうか。
自分と彼女のつながりは薄い。キズナを否定する自分と、キズナを愛する男を愛する女。ほんの少しだけ話をしたぐらいで、印象は薄い。
……たまに彼女からの視線を感じる時はあったが、哀れみだろうと思って切り捨てていた。
それが今は、生まれたままの姿で肌を重ねている。
「やっ、んっ」
乳房をさらに強く揉んでみる。指と指の間から飛び出ている乳首は、どんどん固くなっているのが解った。
左の方を親指でこするように刺激すれば、甲高い声で鳴く。
「ひゃあんっ!」
快楽で蕩けた瞳に、おそらく自分は映っていない。それが何となくイラついたので、今度は軽くつまんでやった。
空いた右の乳房が誘うように揺れたので、その誘いに乗って大きく食いつく。
「あっ、ああっ、はぁんっ、ふぁぁっ」
じゅる、と強く吸い付き、舌でくにくにといじり回せば、ミソラの体が喘ぎ声に合わせて震える。それがたまらないと思った。
自分の手でオンナへと変えていく快感もあるが、一番は……
「違う!」
思わず口に出てしまった。
はっとなってミソラの方を見ると、さすがに彼女も正気に戻ったか、ぼんやりとしてるがこっちを見ている。
潤んだ瞳に自分が映っている。それに気づいた瞬間、強い欲求に飲み込まれた。
溺れた、と強く感じた。
おの形で固まった相手の口に、自分の舌を無理やりねじ込む。口内で舌が暴れまわる中、右手は蜜で濡れそぼった陰核をつついた。
「んんんっ!」
くぐもった声が、ますますこっちを煽る。ぷっくりと主張している陰核をいじり回し、さらにその声を強めさせた。
お互い舌をつつき合い続けていると、こっちの肉竿もぎんぎんに固くなっていた。入れたい。入れて思いっきり出したい。
「はぁ……っ」
唇を離して、もう一度お互い見つめ合う。
ソロ、とミソラの口から自分の名前がこぼれる。なぜかは解らないが、初めて聞いたような気がした。
(ああ、そうか)
自分の方から彼女の名前を呼んでいない。名前は知っていたが、呼ぶタイミングも理由もなかった。
本当にそれだけの関係だったのに、あの夜から大きく変わってしまった。
ミソラから目をそらすように、ソロは自分の指の方に視線を向ける。
「や、あぁぁ、あっ!」
濡れた秘部をなぞると、その動きに合わせて大きくはねた。淫蜜もその量を増やしていき、あっという間に指を濡らす。
「イくか?」
「あっ、あ! い、イキそ、うっ!」
「なら……」
ぐるりとミソラの体を裏返し、うつぶせにさせる。尻を突き出させて、ぐちゃぐちゃに濡れた秘部をよく見えるようにした。
手早くゴムを付けた後、腰をつかんで一気に奥までついた。
「はぁあああぁぁああっっ!!」
一気に押し込んだ事で、自分もイキそうになる。
先にイッてしまわないように何とか抑えながら、一回抜き差しする。ミソラはベッドのシーツをつかんで快感に耐えていた。
膣内はきゅうきゅうと締め付けてきて、自分の精液を搾り取ろうとしている。負けじと彼女の弱い部分を刺激するようにぐいぐいと動いてやった。
「あぅっ、はぁっ! はぁぁん! あぁんっ、ああ、き、来てるぅ……ぅッ!」
ぐちゅ、じゅぷ、と激しく繋がり合う音と、ミソラの喘ぎ声。快感に耐えつつも酔いしれそうになっているその顔。全てが胸を締め付けられる。
独り占めしたくなる欲と、これも戯れに過ぎないという諦め。
「ぐっ……」
ソロは首を何度も振って、快感と胸の痛みに耐えた。
認めてはならないのだ。最後の感情だけは。
腰の動きを更に早めて絶頂へと向かう。ミソラの口から喘ぎ声と共に熱に浮かされた言葉が漏れてきた。
「や、あん! はぁぁ! も、う、イッちゃあ、イッちゃうよおぉっ! おかし、く、な、なるのぉぉ!!」
「なれ……! イけ!」
「はぁあああん!!」
最奥を突いた瞬間、一番の締め付けを受けて肉竿から大量の精液が噴出した。当然ゴムを付けているために、彼女の膣内は一滴たりとも精子は入り込んでいない。
(これでいい……)
最初彼女から誘われた時から、避妊だけは徹底することを決めていた。割り切った関係だからだけではなく、自身が子供を望んでいなかった。
呪われた血脈は、断ち切るべきだからだ。
ムーはもう浮上しない。なら自分のような存在は、もう二度と生まれてはならない。
たとえ彼女が子供を望んだとしても、その子供に自分の血が混じる事はあってはならないのだ。
溜息をつきつつミソラの方を見ると、自分とほぼ同じタイミングで達したらしく、肉竿を抜くとぐったりと寝転がる。
自身の精液で満たされたゴムを処理していると、荒い息を整えていたミソラが口を開いた。
「……ねえ、何で私がスバル君のことに触れないか解る?」
「?」
そう言えば彼女は情事の最中に浮ついた事を言っても、人の名前を出すことはなかった。
知りたいほどではないが気になる疑問を振られ、彼女の方を見るとその顔はどこか他人事のような冷めたものだった。
「余計な揉め事とかいらないでしょ? セックスするだけの関係なら」
「……貴様ァァ!」
自分の迷いを嘲られたような気がして、ソロは思わずミソラの首に手をかけようとする。……が、それよりも先にミソラの手がソロの顔にかかり唇を奪われた。
あっという間に口内に相手の舌が入り込み、ちゅくちゅくと音を立てて蹂躙される。
2回戦目の始まり。
いまだに濡れている女の秘部に指を入れれば、ミソラは卑猥な声で鳴く。
そんな声を聞いていると、自分のモノも大きく反応した。勃ち上がる肉竿を一瞬だけ見ながら、ソロは改めて彼女の言葉を思う。
結局、自分たちのやっていることはその程度の事なのだ。
性欲に溺れた男女の戯れ。そこには愛もキズナもない。
それなのに、自分は無意識のうちに何かを期待してしまっていた。
「淫乱が……!」
思わず口から出た言葉に、ミソラの顔が悲しくゆがむ。
「それでも……いいよ……あっ、ふぁっ!」
最後の言葉は喘ぎ声と混じってまともに聞こえなかった。それでも、なぜかソロの耳ははっきりとそれをとらえてしまった。
「馬鹿野郎……ッ!」
また口から言葉が出る。
彼女の言葉がまたソロの心を迷わせる。切り捨てようと思っていたのに、もう切り捨てられない。
そんな色んな感情が渦巻いたまま、再び乳首ごと乳房を吸う。
「やぁぁああっ! も、もうだめぇぇ! イッちゃうぅぅっ!」
1回目と同じく精液でたっぷりなゴムを片付ける。
体力切れでぐったりしているミソラにシーツをかけてやると、彼女はううん、と軽くうなってから寝入ってしまった。
ソロはそんな寝顔に背を向けて、服を着た。
(どうして)
ミソラの言葉を反芻する。
最初の誘い、数回の情事、あざ笑うかのようなあの一言、そして。
(どうして、あの女に……)
――貴方が少しでも満たされるなら、それでいい。
(……惹かれてしまうんだ)
キズナなんていらない。認めない。
なのに、彼女に惹かれる自分がいる。
ソロは自分の中に芽生えた矛盾に、深く頭を抱えた。