歌姫の手紙

 

 ――私はもう気づいてるよ。

 君の言葉は表よりも裏の奥にある。
 嫌いだとかあいつの所に行けと言われるたびに胸が痛んだけど、それは君の言葉の表に傷ついたわけじゃなくて。
 色んな人達と触れ合う度に、君の言葉の裏側を感じて泣きたくなる。

 私の世界。君の世界。それぞれ大きく違うんだって、思い知らされてしまう。
 天涯孤独で人より先に大人になるしかなかった私たちだけど、私たちは全然似ていないという事実に気づかされる。
 君は、私よりもはるかに大人ではるかに強いから、闇の中を進むことも一人で生きる事も恐れない。
 私は臆病だから、光がないと生きられない。一人だと生きられない。

 お前とお前の居る世界の光が眩しすぎて何も見えない。
 そんな事を言われた時、私は目の前が真っ暗になった。

 漠然と感じていた見えない何かが、壁となって私たちの間に立ちはだかったのを感じた。
 乗り越えることも壊すこともできないその壁は、私と君の世界の違いをまざまざと見せつけるよう。
 諦めてスバル君に抱き着けば幸せになれたのかもしれないけど、私はどうしてもそれが選べなかった。
 それを選んでしまったら、自分の想いが薄っぺらな気がしたから。
 君の不器用な優しさも感じてしまって、私は絶望のあまり泣いてしまった。

 絶対に生きて帰ってきて。

 いつも君の背中に向かって言う。
 そうでもしないと、君は私が知らないうちに勝手に戦場に行って、勝手に死んでしまいそうだから。
 きっと君は何も言わないまま、知らせないまま死んでいくのが望みだと思ってるんだろうけど、私はそうじゃないから。
 知らないまま置いていかれるのが、とても悲しいから。
 君がいなくなったら悲しいと思っているって、解ってほしかった。

 私にとって「大好きな人たち」の中には、ちゃんと君もいるんだって解って欲しかった。

 だから、あの時の手紙はすごく嬉しかった。
 手紙というには文章も短いただの一枚の紙だったけど、私の願いを叶えるその一文を読んで、私は泣いた。笑顔のまま涙をこぼした。
 想いと言葉がちゃんと届いてたことが、嬉しかった。
 一枚の紙にここまで心を揺さぶられるなんて知らなくて、その時初めて、私の大好きの特等席に彼も加わるかもしれないって感じた。
 私の大好きの特等席はママとスバル君以外座る事はないって思ってたから、その時は外れるだろうとぼんやり思ってたんだ。
 でもね。
 手紙に添えられていた花は1日で萎れたけれど、私の中の君への想いはまだ萎れていないんだ。

 もらったプレゼントは、まだ全部残っている。
 借りを返すだけだと言ってたけれど、君は私からのプレゼントを受け取れないと拒絶してたのも知っている。それでも君は、『借り』を返してくれた。
 知ってるかな。何かをもらう度に、私は泣きそうになるんだよ。
 私は君が望むものを上げられないのに、君は律義に1つ1つ返してくる。私の方が借りをたくさん作ってて、どうすれば返せるのかいつも悩んでるくらい。
 結局私に上げられるのは歌しかなかったから、想いを詰め込んで歌詞にして君に届くように歌った。
 世間はまたスバル君への想いを歌にしたと思っているようだけど、賢い君は多分本質に気づいたと思う。
 君の世界の周りは闇だっとしても、今この世界には私がいる。
 だからどうか私がいる事に気づいて。
 どうか私を忘れないで。

 もらったガラスペンに、インクを付ける。名前は忘れたけど、深い藍色に引き付けられて思わず衝動買いしたインクだった。
 薄桃色のレターセットを取り出し、お元気ですかの定型文を書きだす。

 休みが出来ました。
 貴方が良ければ、外に出かけませんか。

 世界から愛される歌姫と、世界から恐れられる戦士(バケモノ)。
 そんな悲しい立場にある自分たちは、ささやかな逢瀬ですら決められた場所でしかできなかった。
 切り取られた世界での逢瀬も好きだが、今回は是非とも外に出たかった。
 外でないと見れないものもあるのだと、教えたいと思ったから。

 人が来ない場所なので、誰かが来るという事はありません。
 ここで、二人だけのお花見をしたいのです。
 写真も送るので、どこかは解ると思います。

 世界を放浪している彼だから、たぶんこの写真だけでどこかは解るだろう。
 もしかしたら、何回か訪れている場所かも知れない。自分が知らない色んな場所を知っていたから。
 贈られた絵葉書の数々を思い出しつつ、締めの言葉をつづった。

 ずっとずっと、待っています。

 そう、ずっと待ち続けているのだ。
 本当の気持ちを繋ぎ合わせられるその瞬間を。
 この関係を終わらせたいのは、きっと相手も同じ。だからきっかけを作ることにした。

 ――気づかれていないと思いたい。

 オレとお前の間には何もない。強いて言うなら、星河スバルという存在が間にあるというぐらい。
 既に互いに深い絆があるのだから、それを大事にしていけばいい。互いに互いを見つめ合う仲に、第三者は必要ない。
 幸せと光に満ち満ちた世界に影を差し込ませる必要はないはずだ。
 だがお前はその中から手を伸ばしてくる。顔も見えず、声も聞こえない光の中から、手だけ伸ばしてくるのだ。

 ライブに招待された時、オレは心の底から後悔した。

 眩いライトとファンたちの歓声の中、オレはお前を見ることはできなかったし、声すら聞こえなかった。大型モニターに映っているその姿すら、オレには認識できなかった。
 闇の住人であるオレは、光を認識できない。光の住人の手を取ることはできない。
 その事を告げた時、お前は何故か顔を歪ませていたが、オレには何も言えなかった。
 ただ当たり前の事を告げただけなのに、何故お前はそこまで泣き崩れたのだろうか? 理解できなかったし、したくなかった。
 それを理解したら、お互い更に絶望するだけだから。

 お前に必要なのは星河スバルだけだ。
 だからオレに構うな。

 オレはお前を拒絶する。
 投げかけられる言葉も、贈られるプレゼントも、全て受け入れない。
 それはいずれお前を苦しめるのだから、もらってしまうわけにはいかない。
 たとえそれが本物の慈愛から来るものだとしても、その愛はオレに向けるべきではないはずだ。
 お前の愛を求め、待ち望んでいる奴らはたくさんいるのだから。

 ……それでも、お前は何度もオレに手を差し伸べてくる。

 自分の幸せにはオレも必要なのだと、お前は言う。
 今でも十分幸せそうなのに、それでも足りないのか。それとも、そうに見えるのは偽りなのか。
 どちらにしても、オレに何ができる? 幸せに必要だと言っても、オレに出来る事は何もない。幸せというものに、興味がない。
 贈り物に対して返すことぐらいしかできないのに、それ以上を求められるのなら、オレには何もできない。
 それこそ星河スバルに求めろ、としか言えない。

 お前はオレに、何を求めている?
 それがはっきりしないのなら、オレは何もしない。何もできない。

 いや、違う。

 はっきりしていないのは、自分の方だ。
 お前が何か聞いてくるたびに、オレは同じことを返している。同じことしか返せない。
 何も語らないことに察しろなんて、無理難題を押し付けている。
 オレ自身何も語れない事の理由が上手くまとまらずに、近づくな構うなだけしか言えないだけなのだ。

 お前の様に、慈愛を持って接してくる奴らがいないわけではなかった。
 心配だから、過去や血筋は関係ないから、と綺麗事を並べても、結局最後は離れていった。
 心が折れた者、周りが引き留めた者、元々利用する気だった者。様々だった。共通して、オレへの恨み言を吐き捨てて去っていった。
 誰もが諦めたのだから、お前もそれらの一人になるだろうと思っていた。
 だがお前は諦めなかった。
 何くれとなく世話を焼き、声をかけ、手紙を送って来た。自分は決して星河スバルのおまけではない、と訴えかけていた。
 おかげでただの人気者ではないという事は解ってきたが、それでも名前を呼ぶのはためらった。
 名前を呼べば、それだけ近づいてくるのが解るから。

 ああ、そうだ。
 近づかれると、怖いんだ。

 オレは、お前が怖いんだ。