――さあ、覚悟を決めよう。
ソロから全ての事情を聞いたスバルは、ようやくミソラの想いを悟った。
恥ずかしい事ではあるが、今まで彼女の事は大事な盟友という認識であり、相手もそうだろうと思い込んでいた。
しかし振り返れば今までの行動や歌は全て自分のためであり、その根本が自分への恋心だとするなら納得ができる。
自分は、どうなのだろう。
ミソラの気持ちを理解しても、自分の気持ちがそれに沿えるかどうかは別問題だ。ましてや、恋……愛や結婚に通じる物ならなおさら。
スバルはデバイスを出して、画像を出す。特にミソラと出かけた時の写真を中心に。
「……」
彼女の笑顔で埋め尽くされたフォルダ。どれも幸せそうな顔だ。
だが、その隣の自分は?
ミソラの笑顔につられて笑顔を見せる自分は、本当に幸せな顔をしていると言えるのか?
……解らない。
確かにミソラと一緒にいた時は幸せだった。二人で色んな所に行ったし、色んな経験もした。内気な自分を引っ張ってくれたのは、間違いなく彼女だった。
でも、それぐらいしか思いつかないのだ。
幸せだった。それ以外に心が動かない。心が弾むことも、踊ることもない。子供のころのように、無邪気に笑うこともできない。そんな関係を、本当に恋や愛に当てはめていいのだろうか。
「僕は……」
スバルは一晩中そのフォルダを眺めることになった。
翌朝、スバルはミソラに電話をかけた。
スバルからのお誘いは久しぶりだ。
ハープは不思議がっていたが、ミソラは疑う気はなかった。スバルが何か嘘をついたり企むことは事はそうそうない。敵からの罠だとしても、最近はその手の騒ぎはない。故にミソラは疑わなかった。
「時間は……午後6時か」
今日の予定を引っ張り出して、時間のすり合わせを始める。今日は番組収録と歌の相談で埋め尽くされているが、夕方以降なら何とか余裕ができそうである。
ミソラはスバルには大丈夫と返信を送り、出かける準備を始めた。
午後6時。
ミソラはスバルが指定したレストラン前に立っていた。
ドレスコードのいる高級レストランではなく、一般的なファミリーレストランなのが気になったが、堅苦しいのは苦手なので気を使ったのだろうと思うことにした。
待つことしばし、スバルが手を振って駆け寄ってきた。
「ミソラちゃん、お待たせ」
「ううん、待ってないよ」
テンプレート通りのやり取りを済ませた後、二人は一度顔を見合わせてふふっと笑ってしまう。
「なんか、恋人同士みたいだね」
ミソラとしては軽口の一つとして上げたのだが、スバルは何故か一瞬だけ固い表情になる。当然ミソラはそれを見逃さず、内心首を傾げた。
……どうやらただのお食事会やデートで済むような問題ではないようだ。
どこか白けた空気の中、食事が運ばれてくる。
スバルのハンバーグ、ミソラのパスタをはじめとして、サラダなどのアラカルトであっという間にテーブルは埋め尽くされた。
それから二人は近況などをネタに会話を始めた。
「最近どう?」
「こっちは相変わらずかな……。大きな事件とかも起きてないし、平和。ミソラちゃんは?」
「私の所も相変わらずだよ。ま、最近はドラマ出演とかもないからね」
「そう言えば、だいぶ前の月9にゲスト出演してたっけ。あのドラマ面白かったよ」
「ありがと」
そんな感じのたわいのない話が続く。
……ふと、ミソラは会話の中でスバルは何かをうかがっているような顔をずっとしているのに気付いた。上の空と言うほどではないが、本当に話に集中しているようではないのだ。
何を考えているのだろうか。ミソラもミソラでそっちの方が気になって、話に集中できなくなってしまった。
互いに話の真意を探るようになってしまい、完全に話が上の空になる。そんな不自然な会話がしばらく続いた後、やっとスバルがその話を止めた。
「ミソラちゃん」
「は、はい?」
スバルの真摯な顔につられ、ついこっちも真摯な顔になる。
「これを」
出されたのは、指輪ケースだった。
「……! これって!」
蓋は開けられていないが、中に入っている者は想像できる。そうなると、次の言葉は。
「僕と結婚してください」
プロポーズ。
長らく待っていた。
きっと来ると信じていた。
――なのに。
心の中で風が吹いている。隙間風よりも大きく、乾いた風が。
自分の中に、このエンディングを望んでいない自分がいる。望んでいたはずの恋のエンディングなはずなのに、これは間違っていると叫んでいるのだ。どっちが正しいのか。
私は、何を望んでいる?
目を閉じて、考える。
念願だったはずのスバルのプロポーズを本当に受け入れるべきなのか? もしNOだとしたら、その理由は何だ?
スバルよりも手に入れたいと願ったものは、何だ?
――その時、白と黒の影が横切った。
「……ごめん。スバル君」
数分の熟考の末、出した結論はそれだった。
「スバル君の気持ちは嬉しい。すごく嬉しいの。でも、それを受け入れたら、私は逃げたことになる。
自分が傷ついてまで得ようとしたものを、裏切ることになるんだ」
それが、ミソラの全力の答えだった。
確かにこの場でスバルの手を取り幸せになるのは簡単だ。だが、その時点でミソラが「彼」の事で傷ついたことが全て無駄になってしまう。
やっぱりやめた、無理だった、と諦めることは、自分と彼への裏切りに他ならないのだ。
だからその手を振り払う。みっともなく縋り付き、くっつくだけの関係に、決してならないために。
「……よかった」
振られたスバルの方は、すっきりとした穏やかな顔でそう言った。
「ミソラちゃんはちゃんと向き合おうとしているんだね」
「うん」
かつて自分はハープから聞いた。酔い潰された自分を助けたのは、その場にいた彼……ソロだと言うこと。自分は彼に助けてもらいながらも、スバルの名前を呼び続けていたこと。
自分から仲良くなりたいと願いながらも、無意識のうちに傷つけた。そのことから逃げたくはなかった。逃げないのを前提として、自分がソロをどう思っているのか……どう想っているのかを改めて知りたかった。
「ありがとう、スバル君。覚悟、決まったよ」
またソロに会いに行く。会って謝って、自分の気持ちを伝える。
その結果また傷ついても構わないし、それを受け入れる。その覚悟を、今決めた。
スバルはそんなミソラを見てくすくすと笑いながら、指輪ケースをそっと開けた。
――箱の中は、空だった。
「ひっどい。詐欺じゃん」
「全くだね」
二人で顔を見合わせて笑う。隣の客がびっくりするくらいに、ここ最近一番大声で笑った。
レストラン入り口で、スバルと別れる。子供のころは何よりも欲しかったあの背中が、どんどん遠ざかっていく。
だけど後悔はしない。今こうして笑って見送っているのだから。
『ミソラ』
食事会の間、ずっと無言だったハープが自分に呼びかける。その心を瞬時に悟ったミソラは、「解ってる」と告げた。
「ソロにもう一度会うよ」