夜。
客室の一つで、シドウはベッドに腰かけたままずっと動かなかった。
クインティアを結婚させるわけにはいかない。だが、一介の騎士でしかない自分に何ができるのか。
解っているのだ。結局のところ、国だの情勢だのは上っ面で、自分がクインティアをこのまま遠くに行かせたくないだけ。
どうすればいいのか。その方法を考えている間に、ドアがノックされた。
ドアの向こうの相手に返事をすると、がちゃりとドアが開いた。
教えてもらったルートをたどれば、誰にも会わずに目的の部屋にたどり着く。ドアノブに手をかけてみれば……鍵はかかっていなかった。
「入るぞ」
一応扉の向こう側にいるであろう部屋主に声をかけてから、ドアを開ける。
何かを書いていた部屋の主……クインティアが、部屋に入ってきたシドウを見て目を丸くした。
「貴方、いったいどうやって……」
「ジャックだよ。わざわざオレの部屋まで来て、人に会わないルートを教えてくれた」
そう、くすぶっているシドウの元に訪れたのは、ジャックとルナだった。
ジャックは今日ディーラーから来た婚約の申し込みの事と、それを受け入れるつもりだということを告げ、その婚約の阻止を頼んできたのだ。
――女王はまだ何も言ってないけど、ディーラーとミーティア、両方のバランスを取るつもりで結婚を考えてる。
――女王……姉ちゃんを止めてくれ。姉ちゃんを説得できるのは、あんたぐらいだ。
「ジャックから話を聞いた。ディーラーと繋がりを作ることで、ミーティアへの侵攻を抑えようとしているって」
「ミーティアだけじゃないわ。今のディーラーに対して各国が不信感を抱いている。少しでも緩和することで、余計な軋轢を生みださないためよ」
「お前ひとりでディーラーを抑えられると本気で思っているのか?」
「女王という立場があるなら。後は状況が作ってくれる」
「そんなの楽観視でしかないぞ!」
「可能性があるなら、やる価値はある」
「ティア!」
「その名で呼ばないで!!」
その瞬間、クインティアが顔を上げた。
……その目から、涙が一筋こぼれていた。
「これは私にしかできない事なの! ヴェリツィアとミーティアを守れるのは私しかない。そのためなら何だって……」
シドウを睨んだまま叫ぶクインティア。だがその目から涙が止まることはなく、無理をしているのは明らかだった。
「ティア」
呼ぶなと言われているが、再度彼女の名前を呼ぶ。女王クインティアではなく、昔馴染みのティアとして。
ジャックが止めようとしていた理由が、今なら解る。クインティアは自分を犠牲にすることで二つの国を守ろうとしているのだ。
当然無茶なやり方だ。それでもクインティアはあえてそうしようとしている。それなら、被害は自分だけで済むのだから。
だがこのやり方は二つ問題がある。一つはディーラーは一人で抑えられるほど弱くはない。そしてもう一つは……。
「ティア」
シドウが一歩前に出れば、クインティアは一歩下がる。もう一歩前出れば、もう諦めたかのように立ちすくんでいた。
そんなほっそりとした一人の女の身体を、強く抱きしめた。
「は、離して……!」
「離すかよ」
クインティアのやり方に対してのもう一つの問題。
――彼女が、ただの女でしかないということだ。
「……ジャックが心配してたぞ。お前が無茶をしてるって、誰よりも早く気づいてた。
解るか? お前は女王クインティアである前に、ジャックの姉なんだよ。ただのクインティアって女でしかないんだよ!」
「……!」
腕の中のクインティアがびくりと反応する。当然だが顔は見えない。
「誰もお前をディーラーになんて行かせたくないんだ。それを解れよ……ッ!」
最後の方はもはや絞り出すという言葉が似合うほどだった。
今すぐここから連れ去りたい。シドウは心の底から思った。もし本当に彼女を救い出せるなら、悪魔と契約しても構わない。そのくらい、クインティアと言う女を守りたかった。愛おしかった。
「離して……」
「離さない」
か細い声の懇願を切り捨てる。なおも何か言おうとするクインティアの唇を、自分のそれで強引に塞いだ。
「ん……っ!」
唇を押し付けるだけの幼稚なものだが、お互いの心を繋ぐには十分なもの。
やがて唇と一緒に体を離す。シドウが改めて見てみると、クインティアの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「どうして……」
「?」
「どうしてそう、無茶苦茶なのよ……ッ!」
顔に負けないくらいぐちゃぐちゃな声で、クインティアがそう訴えた。
二度目のキスは、自然と深いものになっていった。シドウから舌を絡め始めたのだが、クインティアも必死になってそれに応じてくる。
「ちゅ……んふっ」
「んん……ッ」
息苦しくなるまでの激しいキス。腰が砕けそうになるほどの快感が駆け巡るが、足を踏ん張らせた。
やがて唇を離せば、名残惜しそうに唾が糸を引く。薄暗い部屋の中で、それはきらりと輝いたように見えた。
力が抜けてへたり込みそうになるクインティアを抱き寄せ、その額に口づける。
「ティア、いいか?」
何が、とは言わない。この空気の中の男と女。何の許可なのかは聡い彼女ならすぐに理解したはずだ。思った通り、彼女は顔を赤らめてこくこくと頷く。
お姫様抱っこで抱き上げ、ベッドまで運ぶ。ちらりとクインティアの顔を見てみれば、その顔は赤かった。
ベッドに寝かせてから自分から服を脱ぐと、彼女が息をのむのが解った。
「ん? どうした?」
クインティアの服に手をかけていたシドウが、その視線と顔に気づいて首をかしげる。どこか変なところがあっただろうか。
「貴方、その傷……」
「え?」
言われて身体をじっくり見て、ようやく気付く。シドウの身体は大小さまざまな傷があったが、一つだけ大きな傷が腹にあった。
「気にするなよ。訓練の時にドジって派手についただけさ」
まだ見習いだったころ、早く強くなりたくて相当無理をした。周りが止めるのも関わらず、半ば命がけの自主訓練を積み重ねたのだ。
腹の傷はその時ついたもの。さすがにあちこちから説教を受け、もう訓練で無茶はしないと心に決めたものだった。
「貴方、そこまで」
「ここまでやらなきゃ強くなれなかった。それだけの話だよ」
「……」
クインティアの顔が曇る。この流れだと、シドウが怪我をした原因を自分だと責めかねない。そんな思いを振り切らせるために、シドウはあえて軽く笑った。
「気にするなよ。オレがバカだっての、前々から解ってただろ?」
「そうね」
「そ、そこは否定してくれよ……」
大げさにがっくりと肩を落とすと、クインティアはうっすらながらもくすくすと笑う。小さいころと全く変わらない、柔らかな笑み。
その笑顔を見て、シドウの心に懐かしさが去来した。
クインティアは変わっていなかった。氷潔の女王の仮面をはがせば、そこにあるのは少しだけ素直になれない優しい女性の顔なのだ。
シドウはクインティアの服を丁寧に――と言うかあたふたしつつ――脱がしていくついでに、身体を触っていく。
「ぅん……」
クインティアの顔に赤みが入り、恥じらいながらシドウの身体に腕を回した。
やがて、下着も全部取り払われて一糸まとわぬ姿が露になる。一度も見たことのない、愛する女のあられもない姿。
「あ、あんまり見ないで……」
さらに恥じらうクインティアの頬に、軽くキスを落とすシドウ。
「恥ずかしがるなよ。凄い奇麗なんだから」
「え」
「奇麗だ。ティア」
まぎれもない本音だった。
できればこのまま眺めていたい。顔を赤らめているクインティアを、どこかに連れ去って閉じ込めたいと本気で思った。
当然だがそんな思いは言わず、シドウはもう一度口づける。そのまま抱きしめ、身体を密着させる。
「あ……」
クインティアの切なげな声に、びくりと股間の肉竿が反応する。ここからが本番だ。
シドウは昔読んだ本を思い出しながら、ごくりと生唾を飲んだ。