「お゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あぁぁぁぁぁああああああッッ!!!」
ロックマン……スバルの口から凄まじい叫び声が飛び出してきた。
『スバル!』
電波変換が解除されたため飛び出してきたウォーロックが、頭を押さえて転がり回るスバルを押さえつけようとするが、半ば暴れている状態故に近づく事すらできそうにない。
「ぅぎぃぃぃいいいいいいいいいいいいいぃぃっっ!!」
スバルの絶叫は止まらない。
口からよだれらしき水を垂れ流し、血走った目は限界まで大きく開いている。とてもじゃないが、まともではないのがよく解る。
最初はブライ……ソロも呆気に取られたが、神具の事を思い出してある程度何が起こっているのかを悟った。
『おい、いったい何が起きてるんだ!?』
何も知らないウォーロックが、つかみかかる勢いでこっちに聞いてくる。さすがに何も教えないのは酷いので、簡単に事情を説明することにした。
「単純だ。何万、何十万と言う人間の『キズナ』とやらを直接受けている中、自分の意思を保とうとしているだけだ」
『は? なんだそりゃあ!?』
神具からの洗脳と人々のキズナという大きな流れに、スバルは必死になって逆らおうとしている。流されまいと足掻く故、脳がオーバーヒートを起こしているのだ。
本来スバルの力になる絆の力。それが大きな波として襲い掛かってきていた。
「がはっ!! あぁぁああぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙ッッッ!!!」
とうとうスバルが喀血した。それでも気絶せずに叫び続ける辺り、今も大波に耐え続けているようだ。
『おい、何とかならねえのかよ!? このままだとスバル死んじまうぞ!』
ウォーロックの声に悲痛な物が混じり始める。確かにこのまま放置していたら、気絶するより先に過負荷に脳が耐えきれないだろう。さすがにそれは避けたかった。
スターキャリアーを操作し、ある物……封印していた孤高の証を取り出す。かつてはその力を解放した事もあったが、とある問題が発覚して以降は必要以上に解放しないと封印していた物だ。
ソロは転がり回るスバルに近づき、孤高の証を握りしめたままの拳を振り上げた。
『博士』
自分の後ろで微動だにしなかったアシッドが、口を開いた。
『後方待機していたシドウから連絡がありました。状況、終了だそうです』
「……そう」
ヨイリーは深々と溜息をついた。
ソロとの対談が終わった後、ヨイリーはシドウとクインティアをグリムテルムの基地近くに行かせていた。理由はもちろん、ソロのフォローだ。
事情があって全力を出せないロックマンごときに、ソロ(ブライ)が負けるとは思えない。しかし、何かあってはいけないと思って待機させたのだ。
また神具に洗脳されているであろうスバルとミソラの救出も、彼らの役目だ。脳へのダメージを抱えているであろう彼らに、自力で歩いて帰ってこいとは言えないからだ。
そんな彼らから状況終了……グリムテルムの逮捕が告げられた。
『シドウ曰く、『病院の手配を』だそうです』
「……」
どういう事、とは問わない。恐らくソロが怒りに任せて殴り飛ばしたのだろう。
「ま、病院の手配はしておきましょう。そうね……4つかしら」
『グリムテルム、星河スバル、響ミソラ、ソロの分ですね。……一応ソロはその場に残ってるようですが、逃げられると思いますよ』
「それこそ一応用意しておいて損はないでしょう?」
『確かに』
有能ウィザードはくすりと笑ってから、病院の手配を始めた。
約10分後、フォルゲン・グリムテルム、星河スバル、響ミソラの3人が病院に担ぎ込まれた。
ミソラはただの衰弱なので点滴を打つぐらいで済んだが、スバルは精神的にも極端に疲労していたし、グリムテルムは手術がいるぐらいの重傷だった。
3人ともそれぞれ病室に送られ、治療が始められた。
そして……。
「ありがとうございました」
「お大事にね」
あれから5日。
スバルは退院許可をもらい、両親やウォーロックと共に病院を出ていた。
「調子はどうだ?」
「うん、もう大丈夫」
心配する父に笑って答えるスバル。その笑顔を見て、父は少し複雑そうな笑みを浮かべた。
「父さん?」
「いや、何でもない」
自分の知らない何かを感じているようだが、深く詰め寄るか少し悩む。そうでなくてもこの5日間、気になる事は多かった。
そもそも何故、自分は病院に入院していたのだろうか。
母やウォーロック曰く、少し記憶喪失になっていたから検査入院せざるを得なかった、らしい。確かにここ最近の記憶はおぼろげで、一部の記憶はほとんど思い出せない状態だった。
このもやもやは何なのだろう。
病院とサテラポリスを繋ぐ通路を歩いていると、スバルは遠くに見覚えのある人影を見つけた。
モノクロなその人影は、最近見かけなかった少年――ソロだ。
ソロの方もこっちに気づいたようだが、何のアクションもせずに無言でどこかへと歩いて行く。
『引き留めねぇのか?』
ハンターVGの中からウォーロックが聞いてくる。確かに、普段なら何しに来たとか声をかけて止めるだろう。
だが今は。
「うん」
何故か、引き留める必要はないと思えた。
きっと彼は、世界を救うぐらいの大きな事をしたのだから。
――引き留めない選択をしたスバルを見ながら、ウォーロックは研究所でのことを思い出していた。
ごっ、と鈍い音を立てて、ソロはスバルの後頭部を殴りつけた。
「が……っ」
物理的な大ダメージを受けたことにより、スバルはばったりと倒れる。殴りつけた場所が場所なので、ウォーロックは慌ててスバルの息を確認する。ソロも息を確認した。
スバルの呼吸は最初荒かったものの、徐々に落ち着きを取り戻していく。さっきまであれだけもがき苦しんでいたのがウソのようだ。
「上手くいったようだな」
こっちの困惑などお構いなく、ソロは一人満足したような口ぶりで呟く。置いてけぼりは勘弁なので、ウォーロックは慌ててその肩をつかんだ。
『おい、結局何がどうなってんだよ。説明しろ』
「して解るのか?」
『しなきゃもっと解らねぇよ』
一歩踏み込んで詰め寄ると、さすがに黙るのも限界かと感じたか、ソロは口を開いた。
「簡単だ。奴の全ての記憶を一時的に消した」
『はぁ!? んなことできるのかよ!?』
「孤高の証を使えば、な」
ソロ曰く、さっきまでのスバルは自身をロックマンと認識していた故に、世界中からの人々のキズナの流れをモロに受けていた。
……逆に言えば、自分がロックマンだと認識できなくなれば、キズナの流れから避けられるという意味にもなる。だからソロはスバルの一時的に記憶を消すことで、「自分=ロックマン」という認識を消したのだ。
そこまで理解したウォーロックだが、同時にあることにも気づく。
『じゃあ俺たちのことも全部忘れちまったってことか!?』
「そうなるな」
『さらっと言うんじゃねえ! どうすんだよこれ!』
「だからさっき言っただろうが。『一時的に』消した。時間が経てば元に戻る」
『んなあっさりと……』
時間が経てばとは言うが、どのくらいなのかは言ってくれない。最悪、老人になってようやく思い出す、なんてことも有り得るわけだ(さすがにソロがそこまで底意地の悪い事を言うとは思えないが)。
そんなウォーロックの心配を鼻で笑うように、ソロはひょいと肩をすくめる。
「困ったらお得意の絆の力とやらで何とかしろ。オレはそこまで面倒見切れん」
あの後、ソロは同じようにミソラも一時的に記憶を消した後、「サテラポリスの連中に目をつけられたら面倒だ」と言い残してその場を去った。
そしてソロがいなくなったのとほぼ同タイミングでシドウたちが到着し、スバル達はそのまま保護された。
病院に送られたスバルは翌朝には目を覚ましたが、やはり記憶がなかった。
最初は駆け付けた両親すら覚えていなかったのだが、根気よく会話を続けたことであっという間にウォーロック含め家族やロックマンの事を思い出した。
その後はひたすらリハビリと記憶の回復に努め、こうしてほとんどの記憶を取り戻した状態で退院となったのだ。
ほとんどの記憶の中に、今回の戦いの事は含まれていなかった。
学校をサボってロックマンとして駆けずり回っていたことはある程度思い出したようだが、ルナとの会話やブライとの戦いに関してはいまだにほとんど思い出せない状態だ。
苦い記憶として封印してしまったのか、それとも別の原因で思い出せないのか、それは解らない。
はっきりしているのは、もうあの黄金の鎧の力は出せないこと。そして、ソロに助けられたのを覚えていないことだ。
「ロック?」
スバルが声をかけてくる。
『おう、なんだ?』
「なんだじゃないよ。ずっと黙ってるけど、何か考えてたの?」
『あー……』
どうやら長い間ずっと黙りっぱなしなのが気になっていたらしい。こっちはただ思い出していただけなのだが、それをスバルに言うのもためらわれた。
思い出せるのなら思い出させた方がいいとは思う。だが、今回の戦いは少しきつすぎた。
スバルにとって絆は尊いもの。その絆が牙をむいたと知れば、彼はどう思うのか。
今はまだ、それを話すべきではないのだろう。いずれ時が来た時に、そのことを話そう。絆もまた、正しいだけのものではないのだと話そう。
ウォーロックはそう心に決めた。
『いや、何でもねえよ』
そして、スバル達は日常に戻る。