流星のロックマン・希釈「流星のロックマン・希釈・1」

 フォルゲン・グリムテルムにとって、キズナとは大海を形作る流れに過ぎない。
 ロックマンが何度もキズナによる奇跡を起こしたと聞いても、大海を形作る水滴がまた海に帰った……としか思えなかった。
 例えるなら、鯨が海で大きく跳ねたようなもの。海からわずか離れたとしても、やがては海に戻り、そして溶けていく。
 誰もが大海に帰るのなら、誰もが同じになる。そして大海は何事もなく凪ぐ。それが平和。世界はそうやって長い間保たれてきたのだ。

 ……フォルゲン・グリムテルムがそう思うようになったのは、それなりの理由があった。

 昔、友人が痴漢の冤罪で捕まった。
 現場にいた自分は友人が無実だと言い続けたものの、周りの人間は友人が痴漢をしたと言い続け、最終的に彼は痴漢の現行犯として罰を受けた。
 お勤めを終えて娑婆に出た友人を待っていたのは、社会的にも現実的にも見捨てられた現実。
 それでも何とか社会復帰しようと足掻き続けたものの、世間は彼に冷たかった。どこへ行っても、何をやっても冤罪は付きまとい続け……最終的に彼は首を吊った。
 フォルゲンは最後まで彼を信じ、様々な努力をし続けたものの、やがては自身も疑いの目を向けられた。

 その時悟ったのだ。所詮この世は大衆と言う大海であり、自分は水滴の一つでしかないと。

 大海に沈められた友人は、二度と浮き上がる事は出来なかった。そして、彼の冤罪は大海に溶けた。誰もが友人が痴漢だと信じたまま。
 この事件を機に、フォルゲンは人もキズナも大海と捉えるようになった。そしていつしか、その大海を掌握し引き上げれば、人類は更なる段階に進められると信じるようになった。

 大海の掌握者。それこそ自分、フォルゲン・グリムテルムだ。

 

 シドウから「無事に到着した」というメッセージを受け取った。
 それを見たヨイリーは、すぐに隣のアシッドにスバルを連れてくるように命じる。優秀なウィザードは瞬時に飛び出し、ジャスト2分でスバルを連れて戻ってきた。
 スバルが入ってきたタイミングで、シドウもミソラを連れて入ってくる。
「あの、いったい何が……ってスバル君!?」
「ミソラちゃん!?」
「スバル君!」
 俯いていたミソラの顔が、スバルを見て見る見るうちに明るくなる。しかし、抱き着くより前にその表情がまた暗くなった。恐らくシドウがある程度話したのだろう。
 スバルの方はまだ事情を知らないのか、落ち込むミソラに首をかしげていた。
(これが普通の事件だったら、スバルちゃんにも話せたんだけどね)
 内心ため息をつく。ミソラがここまで落ち込んでいる一因だと知ったなら、スバルの表情もここまで呑気な物では済まされないだろう。
 それはさておき。話を進めないといけない。
 ウィザードであるウォーロックとハープも表に出たのを確認し、ヨイリーは冷めきった紅茶で喉を湿らせてから、口を開いた。

「貴方たちに来てもらったのは他でもないの。事件が終わるまでここにいてほしい。それだけよ」

 ……当然だが、2人は困惑の表情になる。
 無理もない。「戦え」ではなく、「戦うな」。いつもとは真逆の言葉を言われたのだから。 
「あの、暁さんやアシッドからある程度話は聞いたんですけど、本当に僕たちが戦わなくていいんですか?」
「ええ」
「サテラポリスで解決できるんでしょうか?」
 スバルの言葉に、思わず眉が上がるのが解った。
 相手を思いやるように見せつつも、暗に「自分が出ないと駄目だろう」という傲慢さのにじむ言葉。指摘したい気持ちが沸き上がるが、今は事情を話す方が先決だ。
「前々から説明しているでしょう? 敵の最重要ターゲットは貴方たち。ほいほいと表に出たら、『連れてってください』って言ってるようなものよ」
「……」
 スバルは黙りこくるが、いまいち納得できていないようだ。どうも先ほどの言葉は、傲慢と言うより理解できていない故の反論だったのだろう。
 改めて説明する必要がある、とヨイリーは強く実感した。
「スバルちゃん、ミソラちゃん。せっかくだからちゃんと説明しなおすわね」
 ふう、と息を吐いてから、モニターにシェヴェトとケテル、そして事件の時のロックマンとミソラを映した。
「とある遺跡からシェヴェトとケテルと言う神具が盗まれたの。その神具は、人の心に直接干渉する危険な代物で、たくさんの人の心を操ってしまうわ。
 その盗まれた神具のうち、シェヴェトはコダマタウンに。ケテルはオクダマスタジオに保管されたわ。……ここまでは解る?」
 スバルとミソラ――ついでにウォーロックも無言で頷く。
 そんな3人の反応を確かめてから、ヨイリーは話を続けた。
「シェヴェトは『ロックマンはキズナを尊重するヒーローだ』という人々の気持ちを増幅させ、『何かあってもロックマンが助けに来る』とみんなに思わせた。
 その『みんな』にスバルちゃんがいたから、スバルちゃんは学校も何もかも放り投げて、世界中の人々を助けて回った。
 ケテルはミソラちゃんが『どんな手段を使ってでもスバルちゃんに会いたい』と願い、その願いを人々が受け取り『ミソラちゃんの願いは全部叶えたい』と思い込ませた。
 だから発表会の時にトラブルが起きた。そして」

 びくり、とミソラの体が大きく震えた。

 かちかちかちと歯もかみ合わなくなり、冷や汗がだらだらと流れ落ちている。明らかに、この先の言葉……起こした結末を聞きたくないという反応だった。
 それでもヨイリーは続ける。この先こそミソラがやってしまった事であり、向き合わなければならない事なのだ。

「流れで助けようとしたソロちゃんを、『スバルちゃんじゃない』という理由で拒絶し、ファンを使って痛めつけた」

 ばんっ!!

 耐えきれずにミソラは外に飛び出す。スバルが後を追おうとするが、シドウがそれを引き留めた。
「……幼いわね」
 ついそんな言葉が口に出てしまった。

 

 とにかく滅茶苦茶に走り回り、最後に辿り着いたのは女子トイレだった。
 そのまま勢いで個室に飛び込むが、そこで限界が来た。
「うぁぁああああぁぁぁぁぁ……っっ!!」
 へなへなとへたり込み、トイレに縋りつきながら泣く。絞り出すように泣き叫ぶ。喉が枯れても涙だけは止まらなかった。

 知っていた。気づいていた。全部見なかったふりをしていた。
 スズカが呼びかけていた事も、ソロも呼びかけて手を差し伸べてきた事も。
 ……スバルじゃないからと言う理由だけで、ソロを拒絶した事。ファンがソロを痛めつけるのを、黙って見ていた事。 
 スバルに会いたいと思ったから、事件が起きた事も。

 自分は、何て愚かなことをしたのだろう。
 色んな人を巻き込んで大騒ぎを起こしただけでなく、身勝手な理由でソロを傷つけた。

 ――……!

 あの時、彼は何を言ったのだろう。自分の名前か、それともこっちに来いと言う避難誘導か。
 思い出せない。思い出せるのは、「何でお前なんだ」という失望。スバルが来るのを期待していたのに、来たのはソロだったことに対して、ミソラは間違いなく失望したのだ。
「私は……私は……ッ!」
 浅ましく強欲な自分。我儘で愚かな自分。それでもソロは、自分を助けようと前に出たのに。

 そんな彼に、自分は一体何をした?

 身勝手な理由で拒絶し、痛めつけた。厳しく冷徹な少年が見せたわずかな優しさに対し、感謝すらしなかった。
 スバルじゃない。それが何なのだろう。自分を慕い、力になりたいと思ってくれている人間はたくさんいる。自分はそんな人々に背を向けて、スバル以外いらないと思っていたのか。
(自分が……嫌すぎる)
 嫌悪感のあまり、思いっきり床を殴りつける。骨がきしむが、お構いなしに更に殴りつけた。
 もはや土下座の様に体を丸めて泣いていると、ふと思い出す。バミューダラビリンスの奥で、叩きのめされた時の事。
 思えば自分はソロに対して後悔する事ばかりだ。勝手に思い込み、勝手に警戒し、勝手に失望する。悪人じゃないと解ってるはずなのに、彼を傷つけるような言動や態度ばかりしてきていた。
 ソロは何一つ悪くないのに、自分はいつもソロを傷つけてしまう。例えそれが本人にとって傷ですらないモノだとしても、ミソラはその事実に打ちのめされるのだ。
 だけど、今なら。
「……謝ら、なきゃ……」
 ふらふらしながらも、何とか立ち上がる。よろめきつつも個室のドアを開け、一歩一歩踏みしめるように歩き出した。
 泣いてスバルに縋りつくような、浅ましい響ミソラという女は終わりだ。顔を上げて、ソロにちゃんと謝りに行こう。
(確かソロは、サテラポリスの病院にいるはず……)
 ここに来る前に、シドウがそう言っていたのを思い出す。
 病室のナンバーは解らないが、看護師に聞くか最悪手当たり次第に部屋を見て回れば、彼のいる病室は解るはずだ。
 トイレを出る前に、洗面台で顔を洗って鏡で顔を確認する。泣きすぎたせいで目の周りが酷い有様だが、顔を再度洗い直して誤魔化すしかないだろう。
「……行こう」
 頬を一回叩いてからトイレのドアを開けた。

 その瞬間、口を何かで塞がれた。

「ーーーーーーーーー!!」
 どうやら相手は死角にいたらしく、ミソラを背後から羽交い締めにしている。何とか振りほどこうとするものの、相手は大の大人のようでびくともしなかった。
 それどころか何故かもがけばもがくほど力が抜けていき、眠気が大きくなっていく。
 ハンカチに何かしみこませているんだと考えるが、しみ込んでいるのが何かまで思い出せない。刑事ドラマとかではよく聞く薬のはずだったが。
(だ……め……)
 何とか意識を保とうとするが、それを押さえつけるように強い眠気が体全体を駆け巡る。ハープも今は、ハンターVGを出てしまっている。
 こんな所で捕まるわけには行かない。それなのに。

(あ……やま……ら……せ……て……)

 意識を手放す一瞬、ミソラの頭に浮かんだのは白い髪の少年の後ろ姿だった。