神具の盗掘は、「番人」――孤高の戦士も即気づいた。
ムーの情報についてはオリヒメと並んで詳しい彼は、その神具の使い道をすぐに見抜き、行動を開始した。
一人だからこそできる、判断からの素早い行動。
地味ではあるがこれもまた、彼の大きな武器の一つでもあった。
コダマタウン。
星河スバルの一日は、平凡だった。
母親に起こされて朝食を取り、ウォーロックといつも通りのやり取りをしつつ登校準備。時間正確な委員長――白金ルナたちと一緒に学校に行き、そこで下校時間まで授業をこなす。
ただ、今日は最後の最後で少し変化があった。
一日の授業が全部終わり、帰りの会を始めた時に担任の育田が「ああ、そうそう」と話を切り出したのだ。
「そう言えばな、双葉が一時的だがこの町に戻ってきているんだ」
「!」
双葉、の言葉にスバルが大きく反応した。双葉。双葉ツカサ。かつて自分の心を救い、そして大きく傷つけた、大事な友達。
「復学はまだ様子見だが、みんなに会いたいとは言ってた。会えるなら会いに行くといいぞ」
その話を聞いて、スバルの心は浮足立つ。色々大きな事件があった事で、まだ彼とはブラザーになっていなかった。
メールアドレスを交換してなかったので連絡も取れなかったが、もしかしたら、前々からの約束が果たせるかもしれない。
何を話すか、ブラザーの話はいつ持ち掛けるか、そんな事を考えるだけで心が弾んでくる。鼻歌も出てきそうになるが、すんでのところで止めた。
育田もそんなスバルの様子を見て、「早速会いたがってる奴がいるなぁ」と茶化す。思いっきり態度に出ていたことを指摘され、スバルの顔はあっという間に真っ赤になった。
ひとしきりの笑いの後、育田が「どこにいるか知りたいなら先生に聞いてくれ」と話を〆た。
「それじゃ、今日はここまで。気を付けて帰るんだぞ」
放課後。
スバルは育田からツカサが止まってるホテルを聞き、彼の元を訪ねた。
話は既に回っていたらしく、部屋番号と泊っている客の名前を出すと受付はすぐに呼び出してくれた。
フロントで待つことしばし。
「スバル君!」
エレベーターからツカサが飛び出してきた。笑顔と弾む声、ずっと見たいと思っていた友達は、何一つ変わっていない。
「ツカサ君!」
スバルもツカサの元に駆け寄り、思わずハグし合う。少し恥ずかしいが、再会の喜びはその気恥ずかしさを上回っていた。
「会えて嬉しいよ」
「僕もだよ! 元気そうで良かった!」
「スバル君もね!」
体を離し、改めて友人の顔を見る。
精神的に安定してきたのか、ツカサの顔は前に会った時よりも穏やかに見えた。彼の中にいる「ヒカル」も、恐らく変わっていないだろう。
ツカサの方もまじまじとスバルの方を見てくるが、改めて笑顔になった。
「スバル君、成長したね。顔が全然違う」
「そ、そうかな?」
『どこがだよ』
照れるスバルを茶化すウォーロック。そんな漫才のようなやり取りを聞いて、ツカサが声を出して笑った。
「ツカサ君も変わったと思うよ。明るい感じになった」
「そうかな?」
同じような返答で、今度はスバルが声を出して笑う。こんなささやかなやり取りだけでも、お互いの気持ちが繋がっているのが解って嬉しくてたまらない。
もっと色々話したいが、ここがホテルのロビーだという事を思い出した。いつまでもここで話していると、ホテルスタッフの迷惑になりかねない。
幸い今日は晴れているので、外でのんびりと話すのも悪くない。自販機で何か飲み物でも買って、二人で会話の続きをしよう。
そうツカサに持ち掛けると、彼も同じことを考えていたらしく「じゃあここの中庭に行こうよ」と場所を提供してくれた。
日差しが暖かい。
そんな暖かな空気と美味しいジュースは、二人の話をさらに弾ませた。
「そうか、ルナちゃんは生徒会長になったんだ」
「うん。僕もルナルナ団の一員だからって、しょっちゅう役員として引っ張り出されるんだよね~」
「ふふっ、彼女らしいや」
『お前、今戻ったら間違いなくこき使われるだろうな』
余計な茶々を入れるウォーロックを軽く一睨みするスバル。そんな二人の様子を見てか、ツカサのハンターVGからくすくす笑う声が聞こえてきた。
「ジェミニ?」
「うん」
かつて二人の仲を引き裂きかけたあの電波体は、今はツカサのウィザードとして登録されていた。
当人たちは完全に納得していないが、それでも今の状況を悪くないと思っているらしい。時たま出てくるヒカルともコミュニケーションを取っている、とツカサは説明した。
「何だかんだ言っても、今の生活は楽しんでるみたいだよ」
「そうなんだ」
そして会話の流れは、スバルやウォーロックが経験してきた戦いになっていった。
ケフェウスとの和解、ムー大陸の上昇とラ・ムーとの死闘、ノイズやディーラーとの長い戦い。
なるべく簡潔かつ脚色せずに話しているつもりだが、途中でウォーロックがまた余計な茶々を入れるため、やはり長くなってしまった。
「だから、変な事付け加えないでよ!」
『はあ? オレの活躍をハブるお前が悪いんだろーが』
そんな漫才のようなやり取りをしていると、スバルのハンターVGがアラーム音を鳴らした。
「「!?」」
アラーム音は様々な種類があるが、人を焦らせるようなその音は近場に強いウィルスが出たというそれだ。
「大変だ!」
スバルは慌てて立ち上がる。
ウェーブステーションはどこだ。急ぎロックマンになってみんなのために戦わなくてはいけない。そう考えながら辺りを見回すが、それらしいのは一つも見当たらない。
「ああもう!」
いっそこの場で電波変換してやろうかと思うくらいに焦ってしまうが、ツカサが落ち着いた声で「このくらいならウォーロックやジェミニでも大丈夫だよ」と諭してきた。
「最近はウィルスバスティングの授業もあるんだろ?」
「でも、どのくらいの相手か解らないんだよ。やっぱり行かないと」
「うーん」
確かに、ムー事件からしばらくしてウィルスバスティングが授業の一環に組み込まれた。おかげでメットールぐらいのウィルスなら、自身の手で倒す事も可能になっている。
それでも敵が出た、誰かが困っているのでは、と考えるとうずうずしてしまう。
はやる気持ちを抱えたまま改めて見回すと、ホテルの入り口に「ウェーブステーションあります」の張り紙を見つけた。
「ごめん、やっぱり行く!」
半ば条件反射の勢いで、スバルはホテルの方に走って行った。
「ロックマンだ!」
「凄い! あっという間にウィルスを倒していくぞ!」
「やっぱりヒーローだぜ! かっけー!」
「ありがとう、ロックマン!」
ウィルスバスティングを終わらせ、ツカサの元に戻る。
「お疲れ様、スバル君」
「ありがとう、ツカサ君」
笑顔で出迎えるツカサに、同じく笑顔で返すスバル。また楽しい会話に戻ろうと口を開こうとした時、ツカサが先に口を開いた。
「そろそろ帰る時間じゃないかい?」
ツカサにそう言われて、時間を見直すスバル。
今は4時前。もっと話せるとは思うが、帰る時間と言われれば帰る時間だ。でも、まだ話足りない。もっともっと楽しい時間を共有したい。
「あのさ、今日はうちに泊まってかない?」
思わず口に出た言葉に、ツカサはもちろんスバルも目を丸くしてしまう。
「ほら、まだ話せてない事とか聞きたい事とかいっぱいあるし、父さんや母さんがツカサ君に会ってみたいって言ってたし」
言葉を紡ぎつつ、この後の予定を組み立てる。
「途中のスーパーかコンビニでおやつ買って」
二人で買うおやつは同じものかも知れないし、全く違うものかも知れない。どれを買うかを相談するのもいいし、相談せずに自分の気まぐれで選ぶのもいい。
「夜はそれを食べながら、話の続きをしようよ」
当然だが、見つかれば母親に没収されるだろう。それを如何にして隠しきるかで悩むのも、きっと楽しい。
ツカサの方は少し首をかしげて聞いていたが、しばらくして「それはいいね」と賛同してくれた。
「ちょっと準備や確認を取る必要があるけど、スバル君なら大丈夫だと思うんだ」
「良かった」
こっちも親に許可を取る必要があるが、ツカサなら大丈夫だろう。
スバルはすぐに家にいるであろう母親に電話をかけ始めた。
スバルの提案を聞いたあかねは、「そちらの保護者がいいならいいわよ」と快諾してくれた。
ツカサの方も保護者――天地(一時的に保護者になっているらしい)が問題ないと承諾したらしい。これで両方の承諾は得られた。
その後、二人はスバルの家でたくさん話をした。
夕食は両親に飽きられるくらいに会話を続け、風呂も一緒に入って風呂桶のお湯が半分ぐらいになるくらいにふざけ合った。
深夜はスバルが提案したように買ってきたおやつをつまみながら、ごろごろと寝転がって眠くなるまで色んなことを話した。
久しぶりの充実した一日に、やっぱりキズナはいいなとスバルは改めて感じながら目を閉じて眠りに落ちた。
翌日、ツカサはコダマタウンを離れた。
スバルが登校するまでは家にいたのだが、学校が始まる頃には家を出たらしい。
理由は聞かなかった。……そもそもあかねが聞かなかったのもあるが。
世界が平和なら、いつかまた会える。
いや。
いつかまた自分の元に戻ってくる。スバルは何故かそう強く信じられた。