発表会はトラブルにより中止になり、後日改めて発表会を行う事になった。
チケット当選者はそのまま後日の発表会に招待されることになり、ファンたちは何故か首を傾げたりすっきりしたような顔で帰路に就いていった。
ネット上でも騒ぎになった物の、ミソラのコメントが速攻で上がった事で少しずつ騒ぎは沈静化していく。
――そのミソラのコメントが本当に彼女のコメントなのか、誰一人考えずに。
サテラポリス直轄の病院。そこにソロは担ぎ込まれた。
医師の診断は「重傷だが命に別状はなし」。ただし、あと数分リンチが続いていれば重傷が重症になっていただろう、とも付け加えた。
個室へと運ばれていくソロを見送っている五陽田の元に、「五陽田さん」と暁シドウが近寄ってきた。
「どうした、エース」
自分より一回り下の男をそう茶化すと、シドウは「その呼び方勘弁してくださいよ」と苦笑して返した。
軽く笑う五陽田を後ろを、看護師たちがばたばたと走っていく。つい先ほど、ソロが個室に移動したからだろう。
シドウも看護師たちの動きが見えたらしい。一瞬行く先に目をやった。
「……運ばれた子、発表会でリンチにあった子ですか?」
「ああ。そっちが追っかけてる奴だろう?」
五陽田の問いに、シドウが無言で頷く。電波人間の事に関してはシドウやヨイリーが詳しく、五陽田は「確認されている電波人間の一人」ぐらいしか知らなかった。
深く知るつもりはない。知るべきなのだろうが、自分たちの担当する事件に関わらないならただの一般人に過ぎないからだ。
「五陽田さんが発表会場にいてくれて助かりました。俺が行きたかったんですが、抱えてるヤマが少し厄介なので大きく動けなかったんです」
「俺は自分のカンに従ったまでだ」
「そうでなきゃ、響ミソラの追っかけなんてしませんものね」
シドウが茶化してくるが、五陽田はちっとも笑えない冗談だった。何せ今回のカンの中心にいるのは、その響ミソラだからだ。
話すべきか、黙るべきか。
少し考えていると、シドウは自分の仕事に戻ろうとしていた。その後ろ姿を見て、瞬時に伝えるべきだと悟った五陽田は声をかけた。
「暁!」
「? どうしました?」
呼ばれた暁が振り返って戻ってくる。
周りを一度見まわしてから、五陽田はタブレットを取り出した。
「それは?」
「こいつは、ある自殺未遂者が残そうとした遺書をメモしたものだ。俺が響ミソラをマークしていたのは、こいつが理由と言っていい」
「拝見しても?」
「ああ」
タブレットを受け取るシドウ。メモアプリに書かれているそれを、一文字一文字確認するかのようにじっくりと見始めた。
――私は重罪人です。
ミソラちゃんとミソラちゃんファンに暴言を吐いたため、死んで詫びます。
「……これだけですか?」
短く内容の薄い遺書に、シドウが首をかしげていた。
文章の短さもそうだが、この遺書の謝罪先が響ミソラとそのファンだけと言うのも引っかかる。そもそも、その「暴言」も何なのか触れられていなかった。
「この遺書を残そうとした奴は、俺が見つけて病院に担ぎ込んだ。死ぬのは避けられたが、まだ会話できるほど回復はしていない」
「じゃあその暴言も解らないままですか」
「いや。開示請求してもらって、自殺する1週間前からの書き込みを見せてもらった。マナーやエチケットを守った書き込みしかなかったが、一つだけ炎上に近いものがあった」
五陽田はそう説明して、メモアプリを操作して問題の書き込みを出した。
『144:名無し
でもミソラちゃん、最近はそういう匂わせとか多いんだよなあ。
最初は親無しの子たちのためとか言ってたのに、今はロックマンばっかりな気がするよ。
結局、彼女も男が関わると変わっちゃうもんなのかね。』
書き込みを見て、さらにシドウは困惑の表情になった。
「……? 炎上するほどのものでしょうか??」
暴言と言うより苦言に近い内容。これが炎上するぐらい、響ミソラのファンは心が狭いのだろうか。
ただ、最近のミソラと映画「ブルー・ミーティア」を取り巻く噂を鑑みると、確かに今はロックマンのことばかりではあった。当初彼女が掲げていた目標はどうしたんだ、と苦言を呈したくなるのも解る気がする。
シドウの疑問に答えるように、更にメモアプリを操作する。主にこの書き込み以降のスレッドの流れをまとめた物だった。一つ一つ読むごとにシドウの顔が険しくなっていく。
最後まで読み終えたシドウは深々と溜息をついた。
「酷いもんですね」
「ああ」
同じように五陽田も深々と溜息をつく。
響ミソラのファンはここまで酷いのか気になって、事務所の方にも聞いてみたが、大半が「普段はこんなに荒れたりしない」と返答した。
ただし、「ミソラちゃんを怒らせたのだからこいつは仕方がない」とも付け加えて。
「さすがに気になってな。今回の発表会も響ミソラに何かあれば騒動が起きると睨んで、無理やり警備の中に割り込ませてもらった。結果は、この通りだ」
「なるほど……。行く前に何か言われましたか?」
「ヨイリー博士に付けていけと言われてヘッドセットをもらったな」
ちなみにまだ付けている。どんな効果があるかは解らないが、邪魔と言うわけでもないのでそのままつけたままにしているのだ。これが終わったら返そうと思う。
シドウは何やら考えていたようだが、しばらくすると顔を上げた。
「五陽田さん、このメモアプリの内容、俺のハンターVGにコピーしてもいいですか?」
本当なら断るべきなのだが、今回はそれを受諾した。ただし、あまり人に見せるなと固く言い聞かせて、だが。
五陽田からメモを受け取ったシドウは、そのまま病院を離れた。車を走らせつつ、書き込みの日にちを思い出す。
(神具盗掘が確認されたのが……10日ぐらい前)
それからさほど日が経たずにこの状況なのだから、神具の影響は凄まじいものである。
なお、問題の神具ケテルはアシッドが回収した。ハープたちが発見したのはいいものの、どうするか解らずに途方に暮れていた彼女たちから押収したのだ。
もう一つの問題、ミソラは茫然としたまま事務所に帰って行ったらしい。急ぎ彼女も保護しなければならない。
「アシッド、このメモを急いで博士に渡せるか?」
「お任せください」
有能なウィザードは、一足先にサテラポリスまで飛んで行った。後は自分がミソラを回収するだけだ。
「じゃあ、行きますか」
信号待ちの間にウェーブキャンセラーの所持を確認し、そのままミソラがいるであろう事務所への道を走る。
(無事だといいんだが)
それをひたすら祈りつつ、シドウは無言で車を運転し続けた。
アシッドから五陽田のメモを受け取ったヨイリーは、すぐに読み込んだ。
「スバルちゃんの時と比べて、大分効果が早い……。元々そうだった、と言うより、先にミソラちゃんに目を付けていたと」
正体を始めとしたロックマンの正確な情報は極秘としている。だからプロフィールがはっきりしているミソラから目を付け、それからロックマンの情報に辿り着いたのだろう。
『ですが、ハッキングされた痕跡などはありません。敵はどうやって星河スバルの事に気づいたのでしょうか?』
情報を持ってきたアシッドが、ヨイリーのパソコンを覗き込みながら疑問を口にする。
確かに。コダマタウンにシェヴェトを置いたという事は、敵はロックマン=スバルに気づいている可能性はある。オリヒメやキングすら知らない事実を、どうやって知ったのか。
「ハッキングでないなら、出現情報からの予測ね。その場合、スバルちゃんの事は気づいていない可能性も出てくるけど」
できればそうであってほしい。ヨイリーは心の底からそう思った。
さて、考えるべきことはまだまだある。その一つを思い出したヨイリーは、隣のアシッドに問う。
「そう言えば、ソロちゃんがまたいたんですって?」
『そのようです』
「やっぱり、ケテル回収のため?」
『恐らく。ケテルはFM星人ハープから押収し、今はシドウが持っています』
そのシドウは、ミソラを保護するために事務所に行っている。敵がその情報を知れば、間違いなく奪い返しに行くだろう。
焦りを打ち消すように、熱い紅茶を一口飲んだ。
「ソロちゃんは今、どこにいるのかしら」
なんとなしに呟く。
孤高の戦士。ムーを守る最後の番人。その彼は、神具を取り巻く野望に気づいているのだろうか。
1時間後、ミソラを連れてシドウが戻ってきた。
それは黒幕たるフォルゲン・グリムテルムが、本格的に動き出す合図でもあった。