「ブルー・ミーティア」制作発表会当日。
今回はたくさんの人に知って欲しいのと、ミソラの新曲(主題歌)発表もあるのでマスコミだけでなくチケット当選者も入っていた。それ故、建物内ではなく外で行われることになった。
厳選な抽選の結果選ばれたファンたちは、スタッフの「静かにしてください」を忠実に守っているため、今の所大人しい。
ただ今は大人しいとしても、何をしでかすか解らない。それ故、サテラポリスから何人か警備員として派遣されていた。その中には、この場にやや似つかわしくない古ぼけたトレンチコートの男もいる。
ソロはチケット当選者の中に紛れ込み、最悪の状況に備えていた。
スズカは発表会に出ないといけないため、ケテル探索はハープとアイスが引き続き行っている。ただ今も実物が見つかっていないので、何が起きるか解らない状態だった。
そのため、ソロは発表会に潜り込んで備える事にした。発表会数時間前に現地に入り、何食わぬ顔で当選者の中に紛れ込んだのだ。
「おっと、ごめん」
目立たない端にいたが、マスコミが持ち込んだカメラにぶつかりそうになった。一瞬ひやりとしたが、幸いカメラ担当の人間はソロを知らないようだった。
変装でもすればよかったかな、と思ったが後の祭り。今は自分を知っている人間に出くわさないのを祈るしかない。
一方、ケテル探索を続けていたハープとアイス。
彼女たちは衣装部屋をひたすら漁りまくり、ケテルを探し続けていた。
全力で探す事数分。
『『あったー!』』
衣装に縫い込まれているという推理は見事に当たっていた。ヒロインの変身衣装の中に、ケテルらしき冠が縫い付けられていたのだ。
生地を破らないように、二人がかりで丁寧に剥ぎ取る。少しひやりとした場面もあったが、何とかダメージ無しでケテルを剥ぎ取る事に成功した。
……したのはいいのだが。
『これ、どうするの?』
『……そう言えば、聞いてないわね』
発表会が始まった。
カメラのフラッシュの中、監督が一歩前に立つ。
「この映画は……」
監督が映画の説明をしているが、ソロには関係ない。彼が一番気にしているのは、ケテルの「主」と化している響ミソラだ。
そのミソラは左端でにこにこ笑っている。何も知らなければ見惚れそうな笑顔だが、事情を知るソロにとってその笑顔は女王のそれに見えた。
「で、主人公の妹ハルカ役は氷室スズカちゃんです」
最近知り合った少女の名前が出たので、ソロも釣られて監督とその少女――スズカを交互に見た。
アイスの主であるスズカは主演俳優に挟まれてるので、ミソラとは隣ではない。何か起きても周りの人間が庇ってくれるだろう。
……そこまで考えて、ソロはまたかと思う。
少し前までは他人など知るか、自分の目的さえ果たせればそれでいい、と思っていたのだが、今は自分と関わった善良な人間は巻き込みたくないと思っている。
変わったとは思う。だが、それをキズナだ何だと言われるのは癪ではある。
「……で、主題歌は響ミソラちゃんだから、『歌のミソラ、演技のスズカ』のコンビがこの映画で見れるわけですね」
さて、話は二人の事になっているようだった。
スズカは一瞬ミソラの方に視線を向けたようだが、ミソラはまっすぐマスコミや客の方を見据えている。……否、そこにいてほしい「誰か」を探していた。
「ミソラちゃんの新曲、是非とも聞いてみたいのですが」
マスコミの一人がお約束の質問をすると、監督は待ってましたと言わんばかりに「では聞いていただきましょうか」とミソラを前に出した。
一歩前に出たミソラは改めてにっこり笑うと、背負っていたギターを前に出す。
「それじゃ、いっく」
よ、の言葉は別の音でかき消された。
ばきぃぃぃぃんっ!!
何かが割れるような音と共にミソラの周りに壁がそそり立ち、それを囲むようにウィルスが湧いて出た。
「な、何だ!?」
「警備員! マスコミや観客を避難させろ!」
会場は慌てる者と冷静に指示する者の二手に分かれる。警備員たちが先導して避難させようとするが、一部の人間――ミソラのファンは決して動かなかった。
「君たち、急いで避難して!」
スタッフが声をかけるが、彼らは呑気な物だった。何故なら。
「いやいや大丈夫ですよ」
「ロックマンが来ますからね~」
彼らは全員信じてしまっているのだ。ロックマンが颯爽と来て、ミソラを助ける事を。
そしてその呑気さは周りにも広がって行ったようで、避難しようとした人々も次々と「じゃあ大丈夫か」と足を止めてしまった。警備員ですら「ロックマンが来るなら」と避難誘導を辞める始末。
結局、避難できたのは3割ほど。大半はロックマンが来るのを待っている有様だった。
しかし、そんな中でもロックマンを待たずに自身の出来る事をやろうとしていた。
「ミソラ、逃げて!」
その一人であるスズカは必死にミソラに呼び掛けるが、壁の向こうのミソラは聞こえていないのか何の動きも見せない。
彼女は何とか正気を保っているようだが、ふとすれば不思議そうな顔をして辺りを見回していた。恐らく彼女も来ないロックマンを探しているのだろう。
そんな彼女を邪魔と感じたか、ウィルスがスズカの方を向いた。
「ちっ!」
留まっていたソロがラプラスブレードを手に飛び出した。
襲い掛かってきたウィルスを一太刀で切り伏せ、そのままの勢いで壁を切り倒す。
「ミソラ!」
もう一度スズカが呼びかけるが、ミソラは聞こえていないのか何の反応もない。それどころか、スズカの周りの大人が取り囲んで彼女を無理やり引っ張って行った。
代わりにソロが呼びかけてみるが、これまた無反応だ。スズカがダメなのだから、自分だと尚更反応したくないだろう。
(仕方ない)
手荒な真似をしたくないが、今回は仕方がない。ソロはまた大きく踏み込んでミソラの手を取ろうとするが。
『オ前ハスバル君ジャナイ』
頭の中に声が響いたかと思うと、再度せり上がった壁に弾かれる。
大きく吹っ飛ばされる中、ソロはミソラの目――強い嫌悪感を見た。声とその目からするに、彼女はスバル以外認めていないのは明白だった。
しかし彼女がどう思おうが知った事ではないので、ソロは再度飛び込もうとして……その足が止まる。止まってしまう。
ざざっ
複数の靴の音が聞こえたかと思うと、観客を始めとしたたくさんの人がソロを取り囲んだ。
「ミソラちゃんの邪魔しやがって……」
「お前は敵だ……」
「殺せ……」
「殺せ……」
女王の命令に背いた重罪人を罰するために、下僕たちがソロに群がる。
ただの有象無象ならすぐに殴り飛ばすことが出来るはずのそれだが、彼らの目に宿っているもの――殺意がソロをすくませた。
「……ひっ……!」
一瞬で蘇る、過去の凄惨な記憶の数々。無力故にただただ身を縮こまらせて、暴力の時間を耐えしのぐしかなかったあの頃の事が、ソロを同じように動かしてしまう。
震えあがりそうになる足を何とか動かそうとするが、それよりも先に血気盛んな男の一人が奇声を上げて飛び込んできた。
男のストレートを思いっきり食らい、大きくよろめくソロ。畳みかけるように別の男が蹴りが脇腹に刺さり、とうとうラプラスを手放してばたりと倒れてしまう。
「やっちまえ!!」
「殺せ!!」
誰かの上げた声で、リンチはエスカレートする。
ラプラスがソロを庇うために割り込もうとするが、電波体ではどうする事も出来ない。ソロはギリギリで体を丸める事は出来たが、逃げ出すことはできずそのまま蹲るだけだ。
そんな中、ミソラはただ立ち尽くす……罪人を見下ろすだけだった。
『モットヤレ』
『痛メツケロ』
『コイツハイラナイ』
『オ前ハ消エロ』
『スバル君以外ハ認メナイ』
『スバル君以外ハ認メナイ!』
『スバル君以外ハ認メナイ!!』
予想通り、トラブルは起きてしまった。
ウィルスの発生に武器を持った謎の少年の乱入、そして少年への集団リンチ。
五陽田は事情を知らない故に、少年の正体も目的も解らない。しかし、このままリンチを放置すれば少年が死ぬかもしれない。
この状態に置いて、五陽田の判断はほぼ即決だった。
「サイレン!」
手持ちのウィザードに命じて、辺り一帯に響くほどの大きな音でサイレンを鳴らす。唐突なサイレンに、流石に血が上った男たちの動きがぴたりと止まった。
五陽田はその隙を利用して人々の中に割り込み、ぼろぼろになっていたソロを救出する。そのソロは殴られた痕だらけで、一目で重傷なのが解った。
「救急車!」
さっきと同じく、ウィザードに救急車を呼ばせる。サイレンに驚いていた男たちが、少しずつ正気に戻りそうになっていたので、急ぎソロを担いで発表会会場から逃げ出した。
ここから逃げ出す前に、ミソラの方を見る。
彼女は今も立ち尽くすだけだった。