「そうですか、自殺する数日前から疲労しているような感じだったと」
「ええ……」
五陽田ヘイジがやって来たのは、ついこの間自殺未遂を起こした少年の家だった。
本来ならただの自殺未遂で片付けられるような話なのだが、何故か五陽田の感覚に引っかかっていた。そして実際に彼の「遺書」を見て、そのカンは間違っていないと確信した。
「彼は、響ミソラのファンなようですね」
引っかかった理由の一つを口に出す。
響ミソラ。最近色んな意味で注目を集めるシンガーソングライターであり、国民的アイドルとまで言われるほどの人気を持つ少女。
少年の母親は五陽田の質問に一つ頷いた。
「熱烈な……と言うほどではないですが、新曲が出るたびに買っていましたね」
「ファンクラブは? 入っていなかったのですか?」
「はい」
どうやら少年は、ファンクラブやサークルのような集まりに参加はしていなかったようだ。友人と一緒に盛り上がる事もないようで、1人でミソラのファンをしていたらしい。
そうなると……。
「失礼ですが、部屋を見ても?」
五陽田の要求に、母親は暗い顔のまま了承した。
少年の部屋に上がり込んだ五陽田は、まず辺りを見回す。多少散らかった部屋ではあるが、足の踏み場は残されている。。
探すのはPCかタブレット、それかハンターVG。要するに、ネットにアクセスできるデバイスだ。ハンターVGは少年が持ってるとしても、PCかタブレットはあるはずだ。
幸い、目的のPCはすぐに見つかった。電源は入ってなかったので、オンにする。PCに搭載されているアプリやブラウザを確認し、条件に見合ったものを全て立ち上げた。
複数あるブラウザをざっと確認していく。SNSも含めると、どうも少年はリアルよりもネットの方が積極的に活動していたようだ。
そして数分後、該当の書き込みを見つけた。
「……やはりか」
『響ミソラについて語るスレ 382曲目♪
674:ファンクラブ会員・2号
https://〇〇〇.×××.html
今度の制作発表会でミソラちゃんが出るの確定です!
数少ないけどチケも出ます!
675:ファンクラブ会員
こ、これはプラチナチケットですぞ!
自分も抽選参加しますが、当たるか解らぬ!
677:名無し
マジでミソラちゃん映画デビューすんの!?
噂ではヒロイン役らしいけど
678:名無し
>>677
ロックマンが出るらしいからミソラちゃんがヒロインなのは当たり前だろ
681:名無し
>>678
納得した
685:名無し
もしかして、ここでロックマンとの交際宣言するのかもな~。
ミソラちゃんファンとしては複雑だ。』
「ミソラちゃん、これを」
そう言われて渡されたのは、「ブルー・ミーティア」の台本だった。分厚い台本は、まだ誰も手を触れていない真新しい匂いを放っている。
「これは?」
何となく意図は解るが、あえて解らないふりをしてミソラは訊ねる。
渡した男……映画スタッフはにこにこと笑って、その台本の一部分を指した。そこにははっきりと「響ミソラ」と名前が書かれている。
「皆には秘密だよ?」
わざとらしく人差し指を立てて笑うスタッフ。20代ならどきりとする仕草だろうが、あいにく彼は確か30代のはずだ。
まあそう言う事は口に出さず、ミソラは台本をぱらぱらとめくる。ソング・オブ・ドリームの時よりも分厚いそれは、書き込みもまたそれ以上の代物だった。
改めて、台本に書かれている映画のタイトルを見る。「ブルー・ミーティア」、ロックマンをモデルにした映画。自分とスバルのために用意されたかのような映画。
この映画なら、きっとスバルも来てくれるだろう。
「ありがとうございます!」
歓喜と共に、深々と頭を下げるミソラ。
どうして台本をもらったのかは解らないが、これをきっかけに更なる秘薬が狙えるし、何よりスバルとの繋がりが深くなるだろう。
まるで全てが自分の思うとおりになっている気がして、ミソラは満面の笑みを浮かべた。
(幸せってこういう事なんだろうな)
ハンターVGの中で、ハープが苦い顔をしていた。
『まずいことになったわ』
開口一番、アイスがそう言った。
当然ハープも同じように思っている。ミソラに台本が渡された瞬間、あの映画にミソラを参加させる事がほぼ決まってしまったのだ。
そうなると、次はロックマン。スバルが主役となり、映画は滅茶苦茶になってしまう。
『これ以上進行したら、どうなるの?』
ハープは隣のソロに問う。
問われたソロは少し考えていたが、やがて口を開いた。
「女王の命令なら何でも聞き、女王はさらに傲慢になる……といったところか」
ソロの答えは抽象的だが、何となく解るものだった。
ミソラが何かを望めば、無意識のうちに周りの者たちがそれを叶えようと強引にでもお膳立てする。そしてミソラは当然のようにその結果を享受し、更なる欲望を吐き出していく。
簡単に言えば、芸能界全体が響ミソラのご機嫌取りの舞台となるという事だ。
そんな状態でミソラが驕り高ぶらないか……想像に難くない。
「ミソラが私の友達じゃなくなる……」
スズカの言葉は間違っていない。人間は、格下と認定した存在を同等に扱うことはない。それが親友であってもだ。
『急いでケテルを回収しないといけないけど、そっちはどう?』
ぞっとするのをこらえながらハープがスズカたちに聞くが、2人は首を横に振る。
『映画の小道具や衣装をしまってる場所が解らないのよ』
「教えてくれないんだよね」
さもありなん。衣装は衣装係がいるし、キャストとそのマネージャーに教えるような物でもない。
ソロの方を見れば、明らかに「自分が行く」と言う顔をしていた。なまじ1人で何でもできるので、誰かを信じてはいないのだろう。
だが、ハープとしてはソロには別の事を任せたかった。
『ソロ、貴方にはミソラを任せたいのよ』
「何?」
ソロの目が少しだけ丸くなった。
『ケテルを回収する時、ミソラが抵抗するかもしれないでしょ?』
説明にしてはあまりにも適当だが、スズカとアイスはミソラの事情――ハープ・ノートになれる事を知らない故だ。
ミソラ=ハープ・ノートは一部の人間しか知らない秘密だが、この異常事態では何が起きるか解らない。公共の場で電波変換しても、それを黙らせる可能性も有り得るのだ。
ソロは生身でも強いし、電波変換してブライになれる。ミソラを止めるのに最適な役だった。
聡いソロはその説明でも何となく察したらしい。すぐにいつもの表情になって一つ頷いてくれた。スズカが「大丈夫なの?」と聞くが、ソロは黙って受け流していた。
そんな中。
「ハープ、どこにいるの~?」
ミソラの呑気な声が遠くから聞こえて来た。
スズカたちはばっと離れ、ソロは偶然近くにあった男子トイレに飛び込む。
男子トイレのドアが完全に閉まったタイミングで、ミソラがひょっこり顔を出した。
「ハープここにいたん……あ、スズカ!」
「み、ミソラ」
ミソラは笑顔で挨拶するが、スズカは少し戸惑いつつ挨拶を返す。困り顔は何とか消せてる辺り、既に女優だと思う。
こちらの動揺は全く知らないミソラはにこにこ笑顔のまま、ハープに戻るように促した。断る理由もないので、おとなしくハンターVGの中に戻る。
『ウキウキなようだけど、何かあったのかしら?』
素知らぬ顔でアイスが訊ねると、ミソラは「うふふ」と笑うだけで何も答えない。一応映画出演は秘密という事にしているのだろう。この場にいる全員が知っているのだから、秘密もへったくれもないのだが。
「あ、そう言えば」
スズカは知っている故に深入りはしないようだ。ぽん、と手を叩いて話を切り替えた。
やや大きな声――男子トイレで耳を澄ませているであろうソロに聞こえるように――で、次のイベントを告げた。
「明日は『ブルー・ミーティア』の制作発表会なんだった!」