流星のロックマン・希釈「女王様のご命令・3」

 ミソラはシンガーソングライターだが、芸能界にいる以上はそれだけやっていればいいと言うわけではない。
 むしろ番組やCM収録や取材などが詰まっている時に、新曲を手掛けるのは相当な負担である。現にミソラは少し寝不足状態だった。
 あくびを噛み殺しつつも、最近すっかり慣れた廊下を歩き、同じく慣れたドアを開ける。何かが通り過ぎたような気がするが、多分気のせいだと思って無視した。
『ミソラ、今の』
 ハンターVGからハープが何か言いたそうだが、眠気もあってあえて無視した。
 ミソラ専用の控室は、プレゼントで半分近く埋まりかけている。毎日車単位でプレゼントが届くので、片付けきれないプレゼントが彼女の控室に回されるのだ。
 普段なら異常な数ではあるが、最近はメディア露出も多いのでファンがこぞって応援してくれるのだろうとミソラは判断していた。故に、これらの貢ぎ物に対して何の感情もない。強いて言うなら通行の邪魔、ぐらいか。
 そのうちの一つを手に取る。包みを開けば、可愛い楽譜ノートが数冊出て来た。最近楽譜ノートが減ってきたし、タイミングがいいなと思って一冊だけもらおうとすると。

 がちゃ

 ドアが開く音が聞こえたので、慌ててプレゼントを元の位置に戻した。自分宛てのプレゼントなので泥棒ではないのだが、こっそり抜き出した点、何となく悪い事をした気になっていたのだ。
「ミソラちゃん、おはようございます!」
 中に入って来たのは収録番組のスタッフだった。お互いに挨拶をかわし、そのまま収録の説明に入って行った。

 そして数十分後。収録が始まった。
 今回はアルバム宣伝のためなので、軽く会話する程度だとミソラは思っていたのだが。

「そういやさー、ミソラちゃんもそろそろ好きな子とか出来たんじゃないの?」

 軽薄な芸人の一言に、思わず「ふぇ!?」と甲高い声を上げてしまう。
 普段なら「それセクハラになりません?」と軽くかわすのだが、その時ミソラの頭に浮かんだのはスバルの後ろ姿だった。
(そう言えば、最近会ってないなぁ)
 仕事が忙しいのとコダマタウンがやや遠いのもあって、最近ミソラはスバルと会えていない。
 メールや通話でやりとりしてるものの、やはり本人に会わないと何となく気分が乗らない気がしていた。最近のイライラの原因の一つだ。
 しかしそれを顔に出すわけには行かない。営業スマイルを貼り付けてその茶化しに応じた。
「そこはミソラちゃんのトップシークレットですっ」
「あちゃー。じゃあロックマンとかどう? ミソラちゃんも知ってるよね?」
「!」
 ロックマン。
 その言葉には、さすがに営業スマイルが剥がれてしまった。
 ミソラの中ではロックマンとはスバルの事だ。その彼を勧められたという事は、彼らもスバルとの関係を応援してくれるという事なのだろうか。
 しかし自分は芸能人であり、何より今は番組収録中だ。諸手を挙げて「有りです」と叫ぶわけには行かない。スバルの事を口に出すなどもってのほかだ。
「さ、さすがにロックマンは畏れ多いと言うか~、みんなのヒーローを独り占めしたらだめじゃないですか~」
 とりあえず、苦笑いを浮かべてやんわりと否定する。口に出すのは少しつらかったが、これも自分とスバルの為だと言い聞かせた。

 

『響ミソラを語るスレ 370曲目♪

 366:名無し
 今日のライキング見たか?
 あれどう見てもロックマンに気があるって事だよな
 失望しましたミソラちゃんのファン辞めます

 367:名無し
 >>366
 貴様、ミソラちゃんの恋を応援できないのか!
 ミソラちゃんのファンたるもの、ミソラちゃんの幸せを願うもんだろうが!

 369:名無し
 >>367
 真のファンはここにいたか

 370:ミソラファンクラブ会員
 ミソラちゃんの笑顔は国宝もの。
 ロックマンへの恋を成就させることができれば、その笑顔を見られる
 つまりロックマンとくっつけさせることはワレワレの為にもなる!

 証明完了』

 

 アラーム音がオクダマスタジオ内に鳴り響く。この音はウィルス発生のそれだ。
「え、ど、どうしよう!」
 ミソラが慌ててハンターVGを取り出すが、電波変換できそうな場所はない。それにここは人が多く、どこから人に見られるか解らないのが恐ろしい。
 さてどうするか。
 あたふたしていると、ドアの向こうで声が聞こえた。叫び声ではあるが、悲痛なそれではなく歓声に近いものだ。
「?」
 疑問に思いながらドアを開け、歓声(だと思う)の方向に走る。どうやら気になったのはミソラだけでなく、スタッフや芸能人が同じように走っていた。
 声の元に近づくほど、声の種類が歓声だと解って来た。あと、女性の黄色い声も混じっていた。
(もしかして……もしかして!?)
 歓声と黄色い声。人々にここまでの声を上げさせる「何か」を、ミソラは一つ……一人だけ知っている。ミソラが今一番会いたくて仕方がない、ミソラのヒーロー。
 しかし。
 弾む心を抑えながら現地に辿り着くと、そこにいたのは想像していた青い姿ではなく白い姿だった。
「あ、暁さん!?」
「おー、ミソラ!」
 見覚えのある長身男性――シドウがからからと笑いながら、ミソラに近づいてくる。恐らく彼がアシッド・エースになってウィルスを倒したのだろう。
 周りは手強いウィルスを倒してくれたヒーローにお礼を言っているが、ミソラは何故かその輪の中に入れなかった。入りたくない感じが、胸の中でこびりついていた。
「……ミソラ?」
 シドウが不思議そうな……それでいてどこか納得しているような顔で、首を傾げる。さすがに一人だけ立ち止まってるわけにもいかないので、ミソラもシドウに近寄った。
「助けてくれてありがとうございます」
「他人行儀だなぁ……まあいいけど」
 頭を下げるミソラに、シドウは気の抜けたような返事をする。ただ、他人行儀のミソラに違和感があるのか、表情はさっきのそれのままだ。
 何となく気になりはするが、今は仕事中の身。のんびりとあれこれ話している余裕はない。
「ごめんなさい。ゆっくり話したいんですけど、今仕事中ですから」
 再度頭を下げるミソラだが、それに対するシドウの言葉は意外なものだった。
「あ、ああ。それは解ってる。ただ、少しだけ時間をくれないか?」
「は?」

 そういうわけで、ミソラは自分の控室にシドウを招いた。彼の表情を見る限り、周りの人々に聞かせたくないような内容だと思ったからだ。
 招かれたシドウはドアの鍵を閉めて、口を開いた。
「最近電波変換はしてないよな?」
 自分の判断は間違っていなかったらしい。開口一番、ミソラのトップシークレットな電波変換に触れてきた。ちなみに答えはNOなので、ミソラは黙って首を横に振る。
 シドウはそれを聞いてハンターVGに何かを入力していた。そう言えばアシッドは元気かな、とぼんやりと思う。
「それじゃ、頭が痛いとかは?」
 それも首を横に振る。
 質問の意図がよく解らないが、シドウが何か追っているのは察せた。つまり、事件が起きているという事だ。
「何かあったんですか?」
 あえて直接聞いてみるが、当然シドウは何も答えない。「何もなければそれでいい」とはぐらかすだけだ。ならスバルに聞くしかないだろう。
 しかし自分は仕事が山積み状態。そんな状態でスバルに聞いても、今のシドウと同じくはぐらかされるのが目に見えている。でも、しつこく聞けばあるいは。
 そうだ、スバルならきっと何でも言う事を聞いてくれるのに。自分も力になる。そう言えば、きっと今起きてる事を話してくれる。
 目の前にいるのが、シドウじゃなくて。
 
「……スバル君だったらよかったのに」

 思わずそんな言葉が口に出た。
『ミソラ!』
 ハープがたしなめるが、もう遅い。シドウは一瞬虚を突かれた顔になるが、少し寂しそうに笑った。
「悪いな、お望みの相手じゃなくて」
「い、いえ! 暁さんだって十分嬉しいです! ただ、ちょーっとスバル君に会いたいな~、なんて思っちゃって……」
 ごめんなさい、と深々と頭を下げる。
(なんてことを言っちゃったんだろう)
 ミソラは自分の言葉に頭を抱えてしまった。
 あのままウィルスが好き勝手してれば、オクダマスタジオに何が起こったか解らない。
 シドウが何故いたのかはともかく、自分たちを助けてくれたことに礼を言うべきなのに、あろうことかスバルではない事を責めてしまった。
 なんて浅ましいのだろう。……なんて想いに忠実なのだろう。
 シドウはそんなミソラの動揺を知ってか知らずか、寂しそうな笑顔のままひょいと肩をすくめた。
「ははは、ミソラはスバル成分がないと生きていけないってのは重々承知だからな」
「ちょ、何ですかそれー!?」
 シドウの茶化しのおかげで、空気は少し明るくなった。その事に、ミソラは心の底からシドウに感謝した。
 そうだ。スバルじゃなくてもいいのだ。自分たちを助けに来てくれた。その事に感謝しよう。
 いつかはスバルが、ちゃんと自分だけを助けに来てくれるはずなのだから。

『……』
 ミソラは気づいていない。
 ハンターVGの中で、ハープが渋い顔をしていたことに。