その日、シドウが訪れたのはサテラポリス管轄の刑務所だった。
警備員に軽く会釈をし、担当者に事情を説明すると、既に話が通っているため、すぐに目的の人間を呼び出してくれた。
ここは主にサイバー犯罪を犯した者たちが収容されており、今回シドウが面会を求めたのはその中でも特に重罪認定されたとある女だ。
特殊加工されたアクリルボードの向こう側、扉が開いて一人の女が姿を現した。
「まさかサテラポリスのエースが直々に来るとはな」
ドクター・オリヒメ。
かつてムー大陸を浮上させた女だった。
オリヒメは逮捕された後、全ての研究データをサテラポリスに提供していた。
それは贖罪であり、古代のオーバーテクノロジーの危険性をよく知っているからでもある。ムーのテクノロジーは全て解明されていないからだ。
孤高の戦士が番人として遺跡を監視して回っているものの、彼一人では守り切れない。現にディーラーが遺跡からテクノロジーの一部を盗み出し、悪用していた。
……今回シドウがオリヒメと面会することになったのは、その遺跡盗掘についての事だった。
「S-18の遺跡から、ムーの遺産が盗まれた」
ぴくり、とオリヒメの眉が動く。そこは彼女が数少ない同士と共に研究していた遺跡の1つだった。
シドウはその反応を確認してから、持ち込んでいたクリアファイルから何枚か書類を出す。アナログなそれは、オリヒメが提出したレポートそのものだ。
「盗まれたのは、これだ」
レポートの中から、該当する部分――王冠、杖、剣の絵を指すシドウ。
「王冠の『ケテル』、杖の『シェヴェト』、剣の『ヘレヴ』。どれもSクラスの危険物だと書かれているな」
無言で頷くオリヒメ。
「どういう能力があるんだ?」
「まだ調査中だったが、どうも王への忠誠心を高める……要は精神に干渉する神具だったようだ。それぞれ単体でも効果があるが……」
オリヒメが口ごもる。
知らないと言うより、どこまで話すべきか迷っている、とシドウは判断する。
無理もない、と思う。何故なら、それらのアイテムは揃って「危険故に封印されたと思われる」という一文が付けられていたからだ。
ムー大陸が沈み、一族が滅んだのは、これらの危険物を乱用したのもあるとシドウは睨んでいた。
当然だが、それらの危険物が問題なく収容されているなら、サテラポリスも手を出すつもりはない。しかし、欲に目がくらんだ者が盗み出したなら話は別だ。
しばしの沈黙。
面会時間が気になり始めた頃、オリヒメが再度口を開いた。
「フォルゲン・グリムテルムを調べろ」
「?」
「助手だった男だ。ムー大陸を発見する前に仲たがいをして、一部の研究データを持っていかれた」
どうやら、そいつが3つの神具を盗んだ男のようだ。後でデータベースを洗ってみるつもりだが、恐らくめぼしい情報はないだろう。
ただ、手掛かりは手に入った。面会の価値は十分あったと言えるだろう。
シドウは書類をクリアファイルにしまってから、オリヒメに頭を下げた。彼女の方はまだ険しい顔だが、もうこのことに関して何かを語る事はなさそうだった。
だが、がたりと立ち上がった時、ぼそりと声をかけられた。
「……ソロは、元気でやってるのか?」
「どういう意味だ?」
思わず口に出してしまう。
オリヒメとソロは一緒に行動していた時があったが、それはムー大陸復活と言う利害が一致していたためであり、よくあるキズナのある関係ではなかったはずだ。
彼女の言葉が純粋なものなのか、何かの暗号なのか、それが解らなかった。
問われたオリヒメの方は、一瞬だけ寂しそうに目を細める。
「利害関係だったが、情が無かったわけではない。それに……」
「それに?」
「私には、子供がいないからな」
その言葉で、シドウは彼女の気持ちを何となく察した。
最愛の人を亡くしたオリヒメは、ソロに決して手に入らない「我が子」を見ていたのだろう。だからこそ、こうして彼の事を心配している。
結局、この女性は大きな過ちを犯しただけのただの人間に過ぎないのだ。だからこそ、スバルの説得に折れて投降した。
……ソロは、気づいていたのだろうか。
気づいていたのだろう、とシドウは想像する。
ただ、彼はその思いをあえて受け入れなかった。オリヒメが自分に「我が子」を被らせているのを気づいていたからこそ、受け入れずに拒絶した。
そしてオリヒメもまた、ソロに我が子の影を追ってしまっているのを気づいている。故に、こんな形で子供――ソロの安否を聞くのだろう。
心の傷と哀れみから生まれてしまった、「親」の愛。
「ディーラーの事件が終わってからは、消息不明だ。でも、多分元気にやっているさ」
シドウの言葉に、オリヒメの表情が少しだけ和らいだ。
面会は終わった。
もらった情報を改めてメモしつつ、シドウは改めて盗まれた神具に思い巡らせる。
『王への忠誠心を高める』、『精神に干渉する』。どちらも使い方次第では大事件に繋がるだろう。
特に今は、ブラザーバンドやレゾンによる「繋がり」が最も重要視される時代。繋がりの先が「悪」だとしたら、それこそ世界は支配されてしまう。
だが、繋がりの先が「正義」だったら?
王ではなく、英雄への忠誠……信頼や信仰を高めたなら?
誰もが知っていて、誰もが憧れる。そんな存在に忠誠心や信仰心、理想、妄想が集まったら?
一見、それに問題はないと思われるだろう。何故なら、英雄は一度人々の心を一つにまとめて奇跡を起こしたから。
しかし、その英雄がどんな人間なのかを知っている者は少ない。……そもそも、人間だと知らないのが大半だろう。
(……スバル)
シドウの脳裏に浮かぶ、一人の小学五年生。
あの子の行動は人々を正しい道へ導いたが、彼は自分から人々の指針になるような性格ではない。何よりまだまだ幼い子なのだ。
自ら背負った重荷ならともかく、誰かから無理やり背負わされた重荷は、彼を追い詰めかねない。その追い詰められた先が心を閉ざすだけならまだしも、死に繋がってしまったら。
新しく出来た大事なものを、理不尽な何かに奪われるのはもう嫌だった。
「アシッド」
『はい』
「フォルゲン・グリムテルムについて出来る限り調べてくれ」
『承知しました』
有能な相棒は、その命令だけですぐに行動し始めた。のんびりしている暇はない。
できれば、スバルたちが巻き込まれる前に全てを片付けられればいいんだが。
恐らく叶わないと解っていても、シドウはそう祈ってしまった。
シドウとアシッドの報告を受けたヨイリーは、急ぎ内線で開発部に連絡を入れていた。
「ええ、ええ。悪いんだけど前倒しでお願い。データはすぐに送るから、それを参考にして欲しいの。よろしくね」
右手で受話器を握って指示を出す傍ら、左手でキーボードを叩いてそのデータを作成し続けている。傍から見れば超人技だが、彼女にとってはいつもの行動の一つだ。
情報を右から左へと流す中、メールソフトが一通のメールを受信する。
スパムでもなければさっさと中身を確認したいが、あいにく今は忙しい。タイトルだけざっと見てデータ作成に戻ろうとするが、そのタイトルに目が行った。
『三種の神具についての追加報告』
「……?」
盗まれた神具の情報は、先ほどシドウから聞いた。書き漏らした部分があったのだろうか。
左手をキーボードからマウスに移し、クリックしてメールを開く。
真っ先に飛び込んできた名前を見て、ヨイリーはこの情報の信憑性の高さを確信した。
「……なるほどね」
これで、事態がどのように転がろうとも、世界にとっては最悪の展開にはならない。
失敗と言う名のセーフティシステム――根回しは、既に起動しているのだ。
かと言って、その根回しだけを当てにするつもりはない。今できる事があるなら、今のうちに全てやっておくべきだ。
放置していた受話器から開発部の声が飛び出してきたので、ヨイリーは改めて目の前の現実に立ち向かうのであった。
むかしむかし、わるいやつらがヒロインをさらってせかいをしはいしました。
みんなないていましたが、どこからかあらわれたヒーローがわるいやつらをやっつけはじめました。
ヒーローはわるいやつらのぼうがいにくじけそうにもなりましたが、みんながヒーローをしんじ、きずなをしんじました。
そしてヒーローはヒロインをたすけ、わるいやつらをぜんいんやっつけました。
みんなのきずなのおかげです。
みんながのぞんだヒーローのおかげで、せかいはすくわれたのです。
ヒーローはヒロインとむすばれて、しあわせになりました。
みんながしゅくふくしました。みんながしあわせになりました。
めでたしめでたし
みんながヒーローとヒロインをしゅくふくしました。
みんながヒーローとヒロインがいつまでもなかよくありますようにとのぞみました。
めでたしめでたし
めでたしめでたし
めでたしめでたし
め で た し
め で た し
め で た し
め
で
た
し