朝。当然だがソロの方が早く起きた。
カーテンを開けると、日の出は少し過ぎた後。そう言えば夜景を見忘れてたのを思い出した。
先に朝食を取るのを考えたが、恐らくミソラは自分の分の朝食も用意しているだろう。そもそも、冷蔵庫の中に何があるのかを確認していない。
仕方ないので、日課になっている軽いストレッチをし始めた。ミソラが起きる時間は把握していないが、そう遅くはないだろう。
予想通り朝食は用意されていた。
程よく焦げ目のついたトーストに、新鮮味がウリのサラダ。美味しそうな色のオムレツとスクランブルエッグが、仲良く並んでいる。
「いただきまーす」
「……」
いつの間に身支度を整えていたミソラが、にこにこ笑顔で手を合わせる。ニホンの食事のしぐさなのは知っているが、やるほどでもないなと思って黙って手を付けた。
朝の会話もミソラが一方的に話すぐらい。昨晩誰と何を会話したのかとか、今日の予定は何だとか。(それによると、今日はイベント会場の下見らしい)
ソロは黙々と食べるぐらいで、相槌すら打たなかった。聞いていないわけではなく、単に何を返すか解らなかっただけである。
そんなちぐはぐな朝食が終わる頃、「そう言えば」とミソラが話を切り出した。
「昨日ソロが見つけた盗聴器、やっぱり最新型だったよ。しかもここ最近出たばかりの超高性能」
「そうか」
あの後も甲高い声で会話していたが、その内容は盗聴器の事だったようだ。ニホンにいる事務所の人間が検索し、正確な情報を手に入れたようだ。
最新型の超高性能盗聴器。ソロは昨日ミソラを襲った人間たちを思い出した。奴らの最後の台詞は、明らかに誰かに指示されたそれだった。
ミソラはソロの顔をまっすぐ見つつ、「で、ね」と話を続ける。
「昨日寝る前に、あれを仕込みそうな奴がいたのを思い出したの」
ソロの眉がぴくりと反応する。
その反応に満足したか、ミソラは食後のジュースを一口飲んでから続けた。
「一年ぐらい前かな。私の歌に惚れ込んだって言って、やたらとアプローチしてくる人がいるのよ。その人は会社の重役らしくて、会社のイベントとかによく呼んできた」
大口スポンサーであり、ファン。事務所としてはある意味一番厄介な相手だろう。無下には出来ず、かと言って好き勝手させ過ぎられない。
「プレゼントもたくさん贈って来たよ。花とかお菓子とかはまだ良かったんだけど、誕生日には指輪とか高価なアクセを贈って来たし。
卒業式なんてリムジンに乗って、婚約指輪だって言って渡してきたのよ」
相当な入れ込み具合だが、入れ込み過ぎにもほどがある。
賑わう校門前に止まるリムジンから、成人男性が「卒業おめでとう。結婚してください」なんて言いながら出てきたら。うっかり想像してしかめ面になってしまった。
「しかも、相手の年は四十代後半」
……さすがに絶句した。
年の差恋愛にしても差が大きすぎる。親子かパパ活にしか見えないだろう。最悪、ミソラのイメージダウンに繋がりかねない。
しかし、これでいくつかの謎は解けた。
会社重役なら超高性能の最新型を買ったり人を雇うだけの金はあるだろうし、ミソラとロックマンが付き合っているという噂も流せるだろう。
そこまでやる辺り本気なのかは……まだ解らない。
「一応問い詰めてみるつもりだけど、はぐらかされるだろうな~」
「だが、盗聴器がダメになった以上、別の行動を取ってくるはずだ。予想は出来るか?」
「うーん」
『会社重役だから、まず大っぴらにこっちに接触は出来ないはずだけど』
二人(+ウィザード)は知らず知らずのうちに顔を近づける。顔を見合わせてあれこれ考えていると、ソロのハンターVGからラプラスが飛び出した。
「……」
ラプラスはよろけるぐらいの勢いでソロを引きはがすと、ぐいぐいとある一点を指さす。少しイラつきつつもそっちを見ると、昨日も見た怪しいウィザードがいた。
会話は聞かれていないだろうが、姿は間違いなく見られているだろう。少しだけ嫌な予感がした。
イベント会場は、ソロでも知っている有名なドームだった。
チケットは既に完売しており、S席は相当な抽選から選ばれたらしい。中には転売ヤーが定価の1万倍という法外な値段で売りつけようとして、それが事件として扱われたそうだ。
そんな客席から一旦見回してみる。
「ウィザードやウィルスの対策はしているのか?」
ソロの問いに「それなりにしているよ」とステージからミソラが手を振りながら答えた。今ソロがいるのはA席だが、手を振る彼女がよく見えたし、声もちゃんと通った。
とりあえず持っているハンターVGからラプラスを呼んでみたが、ERRORのポップアップが応えるだけだ。電波変換も不可能だろう。
基本ライブ会場などの要人が目立つイベントでは、ウィザードが出れないようになっている。そうしないと、ウィザードを使ったテロなどがやりたい放題になってしまうからだ。
ラプラスは正確にはウィザードではないのだが、規則を破って呼び出すとまた面倒な事になるのであまりしたくはない。電波変換もまた然りだ。
「当たり前だけど、客席からステージには上がれないようになってる。あと、暁さんは来れないけど同じくらいの凄腕の人が、私服でガードマンしてくれるって」
ニホンとアメロッパの合同イベント故、どちらからも凄腕エージェントが警備に回るらしい。かなりの武勇伝持ちとの事だった。
ミソラが手招きしたので、ソロもステージに上る。
「広いな」
正直な感想が口から出た。
軽く見ただけでも、端から端まで歩くだけで相当時間がかかるのが解る。これだとミソラがはっきり見えないのではないだろうか。
ソロがそれを素直に言うと、ミソラはあははと笑った。
「ライブが始まるとエア・ディスプレイもたくさん出るからね。全く見れないって事はないはずだよ。あと……」
ここで一旦話を切り、てくてくとある一点まで下がる。ソロもその後に続いた。
「ここから後ろはBGMとか担当してくれるバンドとか、バックダンサーが動き回るから、実際はその手前部分だけが私たちのスペースなの」
『派手な演出もあるから、動けるスペースはもっと少ないわね』
それでも広い。客をたくさん入れる分、ステージも相当広くなるのだろう。
逆に言えば、ここまで広ければ襲撃されても逃げ場がないという事はない。何かあったとしても、護衛も思いっきり動き回れるだろう。
「ライブはどんな感じになる?」
ソロは中心まで歩きながら、当日のスケジュールを問う。
「今度のライブは私だけじゃなくて、アメロッパの人とのジョイントなの。……知ってる? マリア・ハロルズ」
「名前だけはな」
アメロッパで今大人気の歌手の一人だ。ミソラと年齢が近いし、歌う曲のタイプも似ているので選ばれたらしい。
ライブは最初二人のデュエットから始まり、そこからメドレーと言う形でミソラ→マリアの順で歌い、最後は最初のデュエットを繰り返して終わる。
そんな彼女は、今ミソラの周りで起きてる事を知っているのだろうか。それを聞くと、ミソラは「うーん」と眉をひそめた。
「一応変なのに絡まれてるとは言ったけど、普通に心配されたくらいだよ。何か隠してるとかもなかったし、むしろロックマンに会いたいとか言ってたっけ」
「そうか」
口ぶりからするに、彼女はトラブルとは関係ないようだ。やはり、ミソラが目星をつけた男の単独犯か。
ちなみに男はS席もきっちり確保しているらしい。しかし一応重役という地位がある以上、ライブ中に大っぴらな行動は取れないだろう。
となると、ライブ直前。
相手の目的はミソラとの仲を公認にさせるためなので、彼女に手を出すことはそうそうないはず。だが彼女以外の人間には容赦ないかも知れない。
そんな感じであれこれと考えていると、ふとミソラが自分の顔を覗き込んでいるのに気が付いた。
「何だ?」
「いや、真面目に護衛考えてくれてるみたいで嬉しいなあって」
「……」
そう言われて、ソロは思わず黙り込んでしまった。
手を抜くのは自分の性に合わないだけで、彼女を守りたいとかライブを成功させたいとかは微塵も思っていない。……はずだ。
しかしミソラが手放しで喜んでいるのを見ると、少しだけ、ほんの少しだけ心がざわつくのを感じる。
否定したいけど否定できない、この感情。
星河スバルは、いつもこんな感覚を味わっているのだろうか。
ステージ下見は滞りなく終わった。
ホテルに戻る時に今回の相棒であるマリア・ハロルズと会い、軽く挨拶をした。
一緒にいるソロについて問われたが、やはりミソラは「遠縁の親戚」でゴリ押した。
「まあ人類皆兄弟って言うもんねぇ」
それに対しての、マリアの返答がこれ。
どうやら彼女は予想以上の天然なようだった。
その後。
ホテルに戻り、改めてプレゼントや部屋内を調べ回ったが、盗聴器などの怪しい物は発見できなかった。
仕掛けた相手は気づいていないのか、それとも再度仕掛ける余裕がなかったのか。とりあえずは今日は安心して眠れそうだった。