食事が終わると、後は特にすることがなくなる。
用意されたコーヒーを一口飲んでから、ソロは改めてミソラの方を向いた。
「で、何故オレを雇った」
訊ねられたミソラは、こっちの質問が解らないようで首をかしげている。
「さっき話してきたこと以外にも、理由があるんじゃないのか?」
そう詰め寄ると、ミソラの顔が一瞬だけ曇った。……まるで解っていないのを責めているかのように。
「なかなか会えないから、こういう時に話とか聞きたいの。そっちは仲良くなりたくないの知ってるけど、私は仲良くなりたい」
「……本当にそれだけか?」
「うん」
疑いの眼差しを受けても、ミソラは怯まない。彼女の目も、まっすぐだった。
「そうか」
嘘のない言葉と目が、ソロの心にからっ風を吹かせる。
スバルはミソラと向き合えと言った。彼女が自分を選んだのには、色んな理由があるはずだと。だから、実際にこうして問いかけてみた。
しかし結局は、こっちの情報を知りたい、仲良くなりたいと言うくらい。そんなの自分でなくても問題ないはずだ。これならいっそ「スバルの代わりだ」と言われた方がマシな気がした。
そんなソロの動揺と諦念を知ってか知らずか、ミソラはカラカラと笑う。
「まあ晩御飯の時の話は強烈だったけど、ソロの過去が少しでも知れて良かったよ。何も知らないよりも、ずっといい」
笑うミソラに、ソロはつい口を開いた。
「知って、どうする」
思わず出た言葉に驚いたのは、ミソラだけでなくソロもだった。
止めたいと思っているのに、口は誰かに操られているかのように勝手に動き、すらすらと言葉を出していく。
「知ってどうする。何も知らないまま、周りに愛されるまま生きていけばいいだろう。自分に興味のない奴に対して、何故無理に知ろうとする?」
それは。
ソロにとって無意識のうちにあった疑問だった。
どれだけ相手に興味や関心を持っても、相手が拒絶すればおしまいだ。特に彼女は、もう既に自身を愛してくれる者たちに十分囲まれているではないか。
それなのに、何故ミソラは自分を知りたい、仲良くなりたいと願うのだろうか。
問われたミソラの方は虚を突かれた顔だったが、すぐに真剣な顔になり、改めてソロを見つめ直した。
「……それって、ソロがそう思い込んでるだけじゃない?」
これまた予想外の言葉だった。
「私が誰に興味を持つとか知りたいかなんて、私ぐらいしか解らないと思うよ? それなのに、何でソロは私が無理に知ろうとしてるなんて言えるの?」
正論をぶつけられ、ソロは思わず黙り込む。
ミソラの言ってる事は正しい。彼女自身が口に出さない限りは、全てはソロの推論……思い込みに過ぎないのだ。
それでもソロはその持論を曲げるつもりはなかった。曲げる事が恐ろしいとさえ思えた。過去の経験が、自分に彼女を警戒させる。
悲しいかな、自分はまだ臆病なのだと自覚してしまった。
ソロは必要がなければさっさと寝てしまう性格だった。
ミソラの方は作曲、友人とお喋りと忙しい(?)ようで寝る気配はなさそうだ。なので、先にベッドに入らせてもらう事にした。
「……うん、でね……らしいよ~! 解る~……」
甲高いミソラの声が、扉の向こうから聞こえる。声は大きいが、眠れないほど邪魔と言うわけではなかった。あっちがどう思うかは知らないが。
それにしても、と何となくミソラのベッドの方に視線を向ける。
(あれでちゃんと寝れるのか?)
ソロが心配してしまうのも無理はない。ミソラのベッドはプレゼントであろうぬいぐるみが、所狭しと置かれていたのだ。
ニホンの人気アイドルは、どうやらアメロッパでもその人気が衰える事はないらしい。ベッドもそうだが、床も大量のプレゼントが積み上がっていた。
そんな中でもひときわ目立っているのが、大きなメットールのぬいぐるみだ。ウィルスの中でも弱く、見た目の愛らしさから地味に人気になってしまっている奴だ。
見覚えのあるそれだが、確かサイズはLLまで。今彼女のベッドに置かれているのは明らかにXLものだ。送り主の自作だろうか。
……何となくぬいぐるみをじっと観察していると、妙な違和感を覚えた。
緩やかに、だが確かに電波の流れを感じる。ただのぬいぐるみにはないものがあるという事は、間違いなく中から電波を発する何かがある。
ソロは静かに起き上がり、ぬいぐるみを手に取った。XLという大きなサイズは、指先程度の小さなガジェットを隠すには充分すぎる。
ある程度場所を把握してから、ソロはぬいぐるみに手を突っ込んだ。
みぢみぢ……ぶちっ!!
痛々しい音を立てて、ぬいぐるみから「それ」を取り出した。
ソロがドアを開けると、まだ友達とTV通話していたらしいミソラが振り向いた。
「あれ、ソロもう寝たんじゃ……って何それ!?」
さすがに腹をぶち抜かれたぬいぐるみは目立つようで、彼女は目をひん剥いてこっちとぬいぐるみを交互に見ている。しかしソロが見せたいのはそっちではない。
無言でぬいぐるみを持った方とは逆の手……左手を差し出した。
「解るか?」
「……! これ、盗聴器じゃん!」
『嘘!』
ソロの手にあるガジェット――盗聴器を見て、ミソラとハープが驚愕の声を上げた。
『冗談でしょ? 私が確認した時はこんなの見えなかったわよ』
特にハープの驚きぶりは人一倍だった。有能秘書として自身のチェックに自信があったらしい。だろうな、とソロはその自信を肯定してやった。
「常時オンにしているんじゃない。遠隔操作でオンオフを切り替える事で、チェックを逃れたんだ。見た目はぬいぐるみのボタンだからな」
一度厳重なチェックをクリアさえすれば、後は割と適当な操作でも気づかれないと踏んだのだろう。実際彼女たちは最初のチェックで安心しきり、ぬいぐるみを手元に置いてしまっていた。
ミソラはその説明を聞いて、ソロの手から盗聴器を取り上げた。
「うーん、ここまで小さくて高性能なのって相当高いやつだよね。最新型っぽいし、ハープが見逃すのも無理ないかも」
「解るのか」
「割とこういうトラブルはよくあるの。だから自分で調べられるぐらいには勉強したんだ」
ただただ巻き込まれて守られるだけなんて、性に合わないもの。
ハープ・ノートとして戦う彼女らしい選択だった。
「でもまさか、私たち全員が盗聴器を見逃してたなんて思わなかったよ。ソロがいてくれて、本当に良かった」
それは。
生まれて初めて聞いたような言葉だった。
もちろん、一度も感謝されたことがないわけではない。ただお礼とは無縁の人生だったし、「いてくれて良かった」と言われた記憶もない。
嬉しさ、恥ずかしさ、そしてからっ風。それらが混ぜこぜになったよく解らない感情――むず痒い気持ち。
「……馬鹿馬鹿しい」
馬鹿馬鹿しい。心の中でも呟く。
自分がいたから今発覚しただけであって、いずれは盗聴器の存在は気づいただろう。今か、それとももっと先か。それだけの違いだ。
言われたミソラは一瞬落ち込んだ顔になったが、すぐに「まあ確かにね」と苦笑する。
「これ私が持ってていいよね? 明日調べてもらうから」
「ああ」
とりあえず見せたいものは見せたので、ソロはミソラに背を向ける。
「ソロ」
ドアノブに手をかけた時、ミソラが声をかけた。
「ありがとう」
振り向く前に、言葉を投げかけられる。
「……どういたしまして」
返事をしてから、隣の寝室に入った。
何故かは解らないが、ちゃんと返すべきだと思ったのだ。