二人が飛び込んだ病院は、大きくも小さくもない中規模な病院だった。
受付がソロの手の傷を見て、「すぐに診てもらえるようにします」と内線をかける。おかげで、ほとんどの予約をすっ飛ばして手の傷を診てもらえるようになった。
とはいえ、医者は常に患者を相手にする職業。ソロとミソラは呼ばれるまで待つ事になった。
案内された外科の所に行くと、受付は既に話を聞いていたらしく「少しだけお待ちください」と言われた。
「改めてお願いなんだけど」
使い古したソファに並んで座ると、ミソラが口を開く。
「ニホンに帰るまで、ボディガードしてくれないかな」
どうやら先ほどマネージャーと会話していた事を、本気で考えていたらしい。
ソロは聞くつもりはないのだが、ミソラを黙らせる理由もないのでそのまま先を促した。
「詳しい話は診察の後にするけど、今私の周りで変な事が起こっててね。リアルだけじゃなくて、ネット……電波方面でもちょっと問題になりかけてるの」
「警察に言ったのか?」
ソロの問いに、ミソラは頷く。一応最低限の対処はしているようだ。
しかし顔色が変わらない辺り、その対処がとても功を奏しているとは思えない。はて、とソロは内心首を傾げた。
アメロッパならともかく、ニホンでは国民的とも言われるほどの人気を誇るミソラ。そんな彼女にトラブル有りとなれば、人々は全力で解決に動こうとするだろう。
スバルが行動を起こしていないのも謎だ。事情があれど、彼女のピンチと聞けば真っ先に飛び出しかねないはずなのに。
本当に、全力で対処しているのだろうか。ミソラたちが相手を舐めてかかっているのか、それとも……。
こっちが疑問に思っているのが解ったのか、ミソラが「それから」と付け加えた。
「サテラポリスの方にも相談したんだけど、どうも別の所から何か言われたらしくて、あんまり人を呼べないって。暁さんも来れないの」
――その追加した情報の中に、少し気になる部分を見つけた。
ソロがそこを追求しようとした瞬間、受付がソロの番号を呼んだ。
「お大事に」
左手の傷は少し深いぐらいで済んだ。
一週間後にまた来てくださいと言われたが、傷が塞がるまでの処置が済んだのでもう用はない。包帯も、そんなに長い間巻く必要もないはずだ。
治療費はミソラが払った。
ソロが支払おうとしたが、それより先にミソラが出してしまった。明らかにこれを盾にボディガードをやらせる気満々なのが解り、ソロは舌打ちしてしまう。
病院を出てそのまま素知らぬ顔で別れようとしたが、当然ミソラがそれを見逃さない。今度は右腕を掴んできた。
「詳しく話したいから、どこかの店に行こう」
「オレはやるとは言ってない」
「さっき病院代払ってあげたでしょ?」
ほらきた。予想通りの返答に、ソロは蔑みの視線を向けてしまう。
治療費すら払えないほど金に困っていると思われているのなら、とんだ勘違いだ。金を使う機会が少ないだけで、金がないとは言った事はない。
しかも「あげた」。この恩着せがましい言葉が腹が立つ。
さすがにこっちの怒りが解ったらしい。ミソラが「ごめん」と頭を下げた。
「でも、本当に助けてほしいの。お金は払うし、ご飯代も出すよ。寝る場所は……まあ同じ部屋になるけど」
同じ部屋、という事はどこかのホテルに泊まっているようだ。しかし、若い男女が同部屋というのは問題にならないのだろうか。他人事ながら気になってしまった。
さて、どうするか。
彼女のお願いを聞く理由は全然ない。しかし、ここまで出すと言われてしまうと、受けない方が悪いような気もしてしまう。
そもそもミソラが本気で自分にボディガードを頼んできているのかも疑わしい。本人は絶対に否定するだろうが、その否定すらも裏があるのではと思ってしまう。
悲しいかな、今までの人生経験で得てしまった思考。そうそう変えられる物ではない。
しばらく悩んだ末、
「……いいだろう」
と答えた。
「ほんと!? 嘘じゃないよね!?」
「そんなに信じられないなら帰る」
「いや、帰るのなし! 嬉しい! ほんとありがとう!!」
感極まったかミソラが飛びついて来た。暖かくて柔らかな体に、普段嗅ぐことのない良い香り。初めての感覚にソロの思考が一瞬パニックになる。
「な、何をする!!」
すぐに正気に戻って半ば突き飛ばす勢いでミソラを剥がす。彼女はバランスを崩して倒れそうになるが、ギリギリのところで踏ん張った。
「んも~、嬉しいから抱き着いちゃっただけなのに」
「やる相手が違うだろうが。尻軽」
「何よそれー!」
ソロの言葉に頬を膨らませるミソラ。こっちとしては的確に言ったつもりだが、本人は全く理解できていないらしい。
(大人しく星河スバルだけ見てれば気が楽なんだが)
一瞬胸の奥がちくりとしたが、無視した。ひたすらに、ただの体の怪我だと言い聞かせた。
二人が訪れた店は、ニホンでもよく見かける有名ファーストフード店だ。病院近くで自分たちでも安心して食べられる場所なので、ここを選んだのだ。
それに、デンパくんたちも含めて人がたくさんいる場所は、逆に聞き耳を立てられにくい。逆に怪しい輩も見抜きにくいが、メリットの方が大きかった。
昼飯時から少しズレているが、それでも食事をしている人はたくさんいる。先に席を取ってから注文し、落ち着いてから食事に手を付け始めた。
「で」
ハンバーガーを一口齧ってから、ソロは話を促した。
「一体何があった」
促されたミソラはオレンジジュースから口を離し、ハンターVGを出す。モニターの中のハープがこっちに気づいたか、あいさつ代わりに手を振っていた。
ミソラはそれを一瞥して話し始めた。
「ここ最近ね、私の周りでロックマンを見たって人がいるの」
「ロックマンを見た?」
思わずオウム返しに聞いてしまう。
星河スバルは自分から目立ちに行く性格ではない。故に、ロックマンを見る=事件が起こっていると言ってもいいだろう。
ミソラも同じ結論に至っていたらしく、一つ頷いて話を続けた。
「スバル君に聞いたんだけど、ここ最近は私の所に顔を出した事はないって。学校で授業受けてたらしいの」
スバルはごく普通の学生として学校に通っている。クラスメイトに担任の先生と、彼のアリバイを証明してくれる証人は大量にいるはずだ。
となると、見間違いか誰かの成りすましか。
「気になったから、どうにかしてロックマンを撮ってきてって頼んでみたんだけど……」
ここでミソラはハンターVGを軽く操作し、目的の画像を出した。そこに映っていたのは確かにロックマンだった。
しかし
「……大きすぎるな」
ソロの指摘に、ミソラもこくりと頷いた。
そう、画像の「ロックマン」は明らかにスバルよりも大きい人間だった。
メテオG事件から数年経った事で皆体格が変わり身長も伸びているが、画像のそれは明らかにその成長と釣り合わない大きさだ。
ロックマンは何回かTVやネットに画像や映像が出回っている。ただ彼の身長などの詳しいデータに関しては、サテラポリスなどの一部の人間しか知らない機密事項だ。
恐らく、成りすまししている人間はロックマンの見た目だけ真似れば、ミソラが勘違いすると思ったのだろう。実際は疑われる原因になったのだが。
「このロックマンは私の周りで見られるだけで、私自身には何もしてこないの。一応ウィルスバスティングっぽい事はしてるらしいんだけど」
「だが、怪しく感じるところはあったんだろう?」
「まあね……。こいつに合わせて、またマスコミが『ロックマンと響ミソラは恋人同士だ』みたいな変な噂嗅ぎつけてきてるし」
それは望むところではないのか、と突っ込みたくなるのをぎりぎりでこらえた。そこらの事情は知らないし、知りたくもない。
気になるのは、今になってその噂が出始めている事だ。
ムー事件やメテオG事件の頃はミソラの周りでロックマンが現れた事も多かったので、彼との関係も詮索されていた。しかしミソラ本人が公の場でその噂を否定したため、大っぴらな勘繰りは収まっている。
そしてここ最近、ロックマンが出るほどの事件は起きていない。ウィルスや電波体の悪事への対応もまとまっている今、サテラポリスや警察が解決することも多くなったのだ。
こんな状態でミソラとの関係を詮索するような噂が流れるのは、誰かがわざと流している可能性が高かった。
ロックマンの成りすまし。そしてミソラとの関係を勘繰らせるような噂。単純に考えれば、結論は一つだ。
「明らかに、貴様のファンの犯行だな」
「だよね……」
ミソラもそう結論付けていたようで、深々と溜息をついた。
『最近はガチ恋勢も増えてきちゃったのよねえ』
ファンとしての憧れや敬愛ではなく、異性としての恋愛をミソラに求める……所謂「ガチ恋勢」。
その手の輩がロックマンとの関係に目を付け、噂をばらまくのと同時にロックマンに成りすます。そうする事で、自分とミソラの関係を深めようと画策しているのだろう。
唯一の誤算は、ミソラがロックマンの事をよく知っていたという点か。
「心当たりは?」
首を横に振るミソラ。
『思いつかないんじゃなくて、心当たりがありすぎるのよね』
ハンターVGの中のハープがため息をつく。大人気アイドルと言うのも苦労が絶えないようだ。