遠縁の親戚・1「再会はアメロッパ」

 某月某日。アメロッパの裏路地。
 ソロはそこでささやかな事件に巻き込まれ、つい先ほど黒幕だったマフィアのボスを叩きのめしてきたところだった。
 自分の力を利用としようとして絡んできた挙句、更に人の神経を逆撫でするような事を言い続けたため、身の程を思い知らせてやったのだ。
 相手の規模が小さく、電波人間を一人も所有していなかったので、報復は半日で済んだのだが……。

 ずきっ

 今だに止まっていない、左の手の甲の血。それはつい先ほど、半狂乱のチンピラのナイフによって出来たものだ。
 改めて見ると、傷は予想以上に大きいようだった。絆創膏程度では応急処置にならないだろう。
 病院に行って診てもらうか、それともドラッグストアで包帯でも買って誤魔化すか。
 悩んでいるうちに足は表参道へのルートを選んでいた。とりあえずどっちが近いか地図アプリを見ようとすると。

「ちょ、ちょっとどいて!」

 聞き覚えのある声と、これまた見覚えのある影が自分の前に飛び込んでくる。ソロは相手の勢いに押され、思い切り尻餅を付いてしまった。
「くぅ……」
「う~、ごめんなさい……って、あ!」
 飛び込んできた相手が、こっちを見て声を上げる。ソロもその声に釣られて相手の顔を見て……ため息をつきそうになった。
「ソロじゃん、久しぶり!」
 飛び込んできたのは、響ミソラだった。

 ミソラが裏路地に飛び込んできた理由は、何かに尾けられていると感じたかららしい。
 相手を探るためにもとりあえずは目立つ場所を避けようとして、適当に目に入った道に飛び込んだ。ソロとぶつかったのは、本当に偶然だったようだ。
 なら自分に用はないと思い、ソロはその場を立ち去ろうとする。しかし、ミソラを尾けてきていた奴らが追い付く方が早かったようだ。
「いたぞ!」
「「!?」」
 二人の進路を塞ぐように黒服の男たちが現れる。その見た目から一瞬マフィアを連想させるが、ソロは少し違和感を覚えた。
 見た目こそ確かにマフィアを思わせるそれだが、統率がいまいち取れていない。また足元もややおぼつかず、腕の立つ男には見えなかった。
 とはいえ瞬時にそこまで判断できるのは、修羅場を潜り抜けて来たソロだからこそ。ミソラは尾行者たちに怯えて、ソロの後ろに隠れてしまった。
「おい、その小娘を渡せ」
 こっちは関わりたくないのだが、相手はソロを放置する気はないらしい。こっちの手を掴もうと手を伸ばしてきた。
 当然その程度の動きで動じるソロではない。逆に相手の腕をつかみ返し、勢いで背負い投げる。
「こ、こいつ!」
 予想外の反撃に男たちは慌てるが、それでも目的を果たそうと再度こっちに襲い掛かって来た。それらも軽くいなし、足を引っかけたり軽く殴る程度で黙らせた。
 やはり、先ほどまでの相手とは全然違う。明らかな見かけ倒しだった。

「おい、こいつ強すぎるぞ!」
「話が違う!」

(……?)
 男たちの泣き言に、ソロは内心眉をひそめた。
 まるで最初から筋書きが決まっていたかのような言い分。奴らの狙いはミソラなのは間違いないが、目的はただ襲うだけではなさそうだ。
 やがて男たちはお決まりの「覚えてろ」と言い捨てて、その場を去っていく。それを見たミソラは、安堵のあまりへなへなとへたり込んだ。
「はぁ~~……」
 大げさな奴だと思いながら、ソロはその場を去ろうとして……派手に転びそうになった。

 足元を見て見ると、ミソラが必死になって足に縋りついていた。

「何のマネだ」
「あのねぇ~、こんなへろへろな女の子放置してどっか行こうとするの~? 薄情者ー」
「ウィザードに支えてもらえばいいだろうが」
「さっきの奴らが戻ってきたらどうするのよー!」
「知らん」
「ひどーい!!」
 自分と彼女はそこまで仲が良いわけではない。面倒を見るつもりはさらさらなかった。
 引きはがそうと足をばたつかせるが、ミソラは意外にも粘り強くしがみついてくる。
「やーだー! 行っちゃやだー! 一人は怖いー!!」
「星河スバルに頼め!」
「スバル君は今試験期間中なの~!! だからソロにお願いするしかないの~!」
「知るか!」
 漫才のようなやり取りを大声でやり合っていると、流石に声を聞きつけたか「そこにいるのか?」と誰かが声をかけて来た。
 ソロにとっては知らない声だが、ミソラは知っている声らしい。「こっちこっちー!」と大声で返事をした。
 間髪入れずにスーツ姿の男が顔を出す。この状況で逃げるのは難しいが、それでもついつい逃げ道を探してしまう。
「ミソラちゃん、ここにいたんだ。安心したよ」
「ごめんなさい」
 さすがにミソラも立ち上がって頭を下げる。その様子を見て、ソロはなるべく気づかれないように立ち去ろうとするが。
「その子は?」
 今度はスーツの男に気づかれてしまった。関係ない、と言い捨てようとしたが、先にミソラの方が口を開いた。

「遠縁の親戚です」

「「は?」」
 ミソラの言葉に、男――恐らくマネージャーだけでなくソロも思わず声を出してしまった。
 マネージャーは混乱したままソロとミソラを交互に指差し、「遠縁?」と再度ミソラに聞く。ソロも内心さもありなんと思いつつ、ミソラの顔を見直す。
 否定の言葉を期待したものの、ミソラの返事は「はい」だった。
「久しぶりに会えたし、せっかくだから私の仕事っぷり見てほしいなって思うんですよ♪」
「ふ、ふーん……」
「そういうわけで、この子一緒に連れて行きたいんですけど、いいですか?」
「いや、いくらミソラちゃんのお願いでも、一般人を入れるわけには……」
「この子は口固いですし、仕事の邪魔にはならないと思います。それに……」
「それに?」
「すっごく強いから、ボディガードとしても頼りになるんです」
「なるほど……」
 ソロが口をはさむ間もなく、ミソラとマネージャーは話を進めてしまう。気づけば自分はミソラのボディガードをやらされる流れになっていた。
 さすがに何か一言言ってやろうと口を開くが、それより先にミソラが抑える。その視線からするに、今はまだ何も言うなという事だろう。当然、聞いてやる義理はない。
 しかしミソラはそこまで見抜いていたようだ。さらに手もつかんでくるが、その場所が最悪だった。
「ッ!」
 血が乾ききったぐらいの左手に、強い刺激。それをきっかけにして、また血が流れ始めてしまった。
 ミソラも手の違和感で再出血に気づいたらしい。マネージャーの方には気づかれまいと、問題の左手を握ったまま「すいません、寄るとこできたんで!」とソロを引っ張って行った。

 そのまま表通りを二人で走る。何人かはこっちの方を見るが、ミソラはお構いなしだ。
 ここまで来ると振りほどくより先に相手が何をしたいのか、少しだけ興味がわいてくる。ソロは相手のペースに合わせつつ、会話の方に耳を傾けた。
「ハープ、近くの病院ってどのくらい?」
『走って五分くらい。ナビゲートするわ』
「ありがと!」
 どうやら病院に行ってくれるようだ。
 自分もいい加減左手の手当てをしたかったので、何も言わずに引っ張られることにした。