――時間は少しだけ遡る。
野ざらしになったディーラー本拠地跡を、アシッド・エースが歩いていた。
「本当に何にもなくなったんだな」
ノイズムすらいなくなった一帯を見回し、深く息をつく。数年前まではここで暮らし、ここでいくつもの罪を重ねてきた。それが今は、寂しいただの廃墟。
時間の流れを痛切に感じつつも、先へ進む。ウィルスが残ってたらマズイな、と思ったが、その気配は全く感じなかった。
今回、電波変換して来たのにはわけがある。
一つは自己防衛のため。とはいえ、ウィルスすらいないようなこの場所では、これはもうほとんど建前に近い。
もう一つは、電波変換しなければ行けない場所が多々あるからだ。
シドウとしてパソコンを動かしても、おそらく望みの情報にはたどり着けないだろう。ならアシッド・エースとして潜り込むしかない。
そんなわけで、アシッド・エースはかろうじて繋がっているウェーブロードに乗った。
『どう? 何か手がかりになりそうな物はあった?』
「いえ、まだ何にも」
通信機からのヨイリーの声に、アシッド・エースは首を横に振った。
今まで思いつく場所は全部探して回ったのだが、ほとんどの端末は使い物にならなかった。自分とジョーカーの自爆が、ここまでダメージを与えていたとは思わなかった。
しかし、ここで諦めて帰るわけにもいかない。まだ生き残っている端末はあるはずだ。
そう考えて司令室にたどり着く。ここは最初に調べたのだが、まだ見落としている部分があるかもしれないと思ったのだ。
一番奥にあるルーレットのオブジェは、今もなお原形を止めて残っている。この廃墟の中で、一番ダメージの無い物だ。
アシッド・エースはそれに近づき、軽く叩いてみる。音と手触りに、かすかな違和感を覚えた。
「もう誰も来ないし」
アシッドブラスターを一発。威力を調節して、吹き飛ばさないようにした。
その努力は見事に実り、ルーレットの形をした蓋だけが砕かれ、中の物――パソコンが出てきた。
「ビンゴ」
軽く操作して電脳を呼び出すと、アシッド・エースは中に飛び込んだ。
中にあったのは、ディーラーの協力者一覧など、今まで表沙汰になっていなかった情報ばかり。正直、その量の多さにめまいが起きそうになった。
「……おっと、お仕事お仕事」
当初の目的を思い出し、アシッド・エースは大量にある情報から検索していくつかピックアップする。検索内容は、洗脳や精神についてだ。
出てきた情報をざっと流し読みして……ある一点で目が留まった。
「『精神と電波の類似点についてのレポート』……?」
どうやら研究班のレポートらしく、内容はタイトルに合わせた実験の説明とその結果についてだった。
アシッド・エースの目に留まったのは、その中の一説である。
――現在普及されているブラザーバンドシステムは、いわゆるキズナで構築されたネットワークシステムと言っても過言ではないと思います。
電波も広大なネットワークを持つ以上、この二つは共通点が多いと考える次第です。
「キズナ・ネットワーク……」
つい、その言葉が口から出てくる。
あのふざけた計画書は、確かこのレポートと似た文があったような気がする。ヨイリーに渡したままなので、全文を思い出すのは難しいが。
とりあえず気になるレポートなので、データをコピーして即座にサテラポリスに転送する。これ以外にも気になるのは、全て保存した。
他にめぼしいものがないかざっと流し読みするが、特に目を引くものはない。これが限度と定め、アシッド・エースはサイバーアウトした。
アシッド・エースから送られてきたデータは、すぐにヨイリーの元に届けられた。
「精神と電波の類似点……。なるほどね」
渋めの紅茶を一口飲んで、送られてきたデータをじっくりと読み始める。今回彼から送られてきたデータは、間違いなく重要な手がかりになるはずだ。
「確かにブラザーバンドをネットワークとして捉えれば、電波と精神の流れはある意味同じになる。今回の事件の首謀者は、そこに目をつけたのね」
既にヨイリーの中では、今回のことは事件となっていた。シドウの『ミス』から始まり、船とサテラポリス本部を襲撃したブライ、謎の解放感。
全ては一つの線として繋がっている。そして、その線の先は……。
「失礼します」
思考を遮るように、クインティアが部屋内に入ってきた。別に驚くことではない。ヨイリー自身が彼女を呼んだのだ。
今彼女はシドウのサポートを離れ、ジャックの迎えに行っていたところだった。どうも学校は最近短い時間で終わるらしい。
紅茶を勧めたが、断られた。今回はちょっと自信があったので、少しだけへこむ。
と、そんな事でお茶を濁している場合ではなかった。また紅茶を一口飲む事で、考えを目の前の現実に引き戻す。
「クインティアちゃん、この間……船の話をもう一度聞かせて欲しいんだけど」
「報告書なら出したつもりですが……」
「生の報告を聞きたいの。今回は貴女の記憶の方が大事」
「そうですか……」
クインティアは少し首をかしげていたが、船での出来事を思い出せる限り全て話した。オークションやブライの襲撃など、色んな事を。
特に詳しく話したのはグリューテルム博士の自説と、ブライと対峙したアシッド・エースのこと。
……だが。
「それで私は……ブライの手から……」
途中から記憶が何故か途切れ途切れで、上手く説明できなくなってしまった。思い出そうとして記憶を掘り返すが、ぼやけていてはっきりしない。
無理やりにでも思い出そうとしていると、そっとヨイリーに止められた。
「記憶がはっきりしないのね?」
クインティアは無言でうなずく。
「それよ。今回知りたかったのは、主にそれなの」
「……は?」
誰かに尾けられている。
ソロはそれを察した瞬間、あえて道をそれて裏道に入り込んだ。表で騒ぎを起こすより、裏でやった方が問題も少ない。
間違って人が入ってこないぐらいまで歩き、立ち止まる。
「……出て来い」
『では、お言葉に甘えて』
ソロの呼びかけに、尾行者が姿を現した。一般的なバトルウィザードとは一線を画した白いウィザード――アシッド。
珍しい相手に内心首を傾げつつも、「何の用だ」と尋ねる。
「サテラポリス遊撃隊はもう解散したはずだ」
『ええ。ディーラーが壊滅しましたから。それ以外で、貴方に用があります』
「断る」
内容を聞くことなく、速攻で断る。彼らのことだ、どうせ世界の平和のために戦えとか言い出すに決まっている。
……だが。
『今回は要請ではありません』
「そう」
アシッドの言葉を補強したのは、後ろに立っていた男――暁シドウだった。
「今回は、お前に依頼したいんだ」
「……何?」
あまりにも予想外の言葉に、ソロは思わず疑いのまなざしを向ける。そんな視線を向けたシドウは、ひょいと肩をすくめた。
「今の状況をどうにかできるのはお前しかいない。でもお前、情とかに訴えても聞かないだろ? だからビジネスライク的に、依頼」
「……」
ずけずけと言い放つシドウに、ソロの視線が少しだけ冷ややか(というか、呆れた)なものになる。
しかしサテラポリスが直々に自分に依頼とは、一体どういうことなのか。
戦力ほしさにスカウトされた身ではあるが、自分とサテラポリスの間には敵同士という関係以外はないはずだ。ある意味、目の上のこぶと言っても差し支えはないはず。
そもそも状況をどうにかしたいと言うのなら、自分に依頼するよりもロックマンに頼み込めばいいはずだ。お人よしの奴のこと、真っ先に飛び出すに違いない。
(……それとも、あれか?)
ソロが密かに危惧している、「未来」。サテラポリスもその可能性に気がついたのかもしれない。
サテラポリスはどこまで真相に近づいたのか。それを知りに行くのも悪くは無い。いざとなれば、電波変換してでも逃げ出せばいいのだ。
「……で、話は?」
ソロの返事に、シドウとアシッドは顔を見合わせてにやりと笑った。