All in One・7

 ソロが出て行った後、ミソラは慌ててハンターVGを取り出す。スバルたちにメールを送る事で、ソロを止めようというわけだ。
(平日だけどいいよね。何せブライがKNステーションを破壊するんだから!)
 彼はそんな事を一言も言っていないのだが、ミソラは先入観と思い込みでそうだと断定してしまっていた。本人が聞いたら、どんな顔をするのか。
 スバルのメールアドレスを出そうとしたその時、ポップアップが画面に浮かんだ。
「んもう!」
 無視しようとしても、画面を大きく占領しているのでそれも出来ない。イライラしつつそれを開くと、打ち合わせだから急いで来い、というメールだった。
「嘘、早過ぎない?」
 式典開催時間までまだ時間はある。しかしメールが来てしまった以上、それを無視することは出来ない。
 とりあえず歩きながらメールを打てば、と思ったが、それを許してくれるほど時間はなさそうだ。このままスバルたちに連絡できないのだろうか。
「ハープ、スバル君たちにメール送れない?」
「私?」
 いきなり話を振られたハープは、肩(?)をすくめて「もう無理よ」と現実論を言った。
「今から連絡を入れても、ブライを止められないわ。コダマタウンからどれだけ離れてると思ってるの?」
「だけど……!」
「落ち着きなさい。いざとなれば、貴女が止めればいいのよ。勝てなくても、時間を稼げばサテラポリスが来てくれるわ」
 サテラポリスが来ているのを思い出し、ミソラは少しだけ安心する。シドウが来ているなら、アシッド・エースが何とかしてくれるかもしれない。
(でも、やっぱりメールは送った方がいいよね)
 間に合わないとしても、ロックマンが来てくれると思うだけでもっと安心できる。それに、終わったら一緒に遊びに行く事だって出来る。
 ミソラはそう考えて、メールアドレスにアクセスしようとするが。

「ミソラちゃーん、ちょっと」

 ドアがノックされた。
 予想もしていなかった来客にハンターVGを落としそうになるが、すんでのところで抑える。だがこれで、アドレスのポップアップが消えてしまった。
 仕方ないと自分を抑えてドアを開けると、スタッフの一人が愛用のギターを持って立っていた。
「あ、調整終わりました?」
「うん。せっかくのライブなんだからね。これも最高の状態にしておきたいだろ?」
 ギターを受け取るミソラ。軽く鳴らしてみるが、問題はなさそうだ。
「じゃ、ライブ頑張ってね」
「はい」
 スタッフに背中を押され、ミソラは部屋を出た。スケジュールに巻きが入った以上、早めに行動しないといけない。

 

 そして、式典が開催された。
 長い挨拶にお祝いのメッセージ。それらが数十分続く中、ミソラはずっと内心おろおろしていた。
(どうしよう……)
 メールは、結局送れなかった。あの後、再度のリハーサルなどでめまぐるしく動く羽目になり、落ち着ける時間がなかったのだ。
 気がつけば式典が始まってしまい、ミソラはゲストとして延々とステージに立たされる事を強要されていた。この状態では、もうメールを送れない。
 興味のない話を聞いている間、浮かぶのはわざわざ張り込みまでして自分に会いに来たソロの事。
 彼は今、どこにいるのだろう。もうKNステーションを破壊し始めているのではないだろうか……。

『それでは、今回の式典の最後のゲスト! あの国民的アイドル、響ミソラちゃんに出てもらいましょう!』

「……!」
 思考にふけりすぎて、自分の出番を忘れそうになっていた。慌ててステージ前に出て、今回の式典についてコメントする。
 盛り上がるステージ。ここにいるほぼ全ての観客が、自分の歌を聞きに来てくれたのだと思うと、心が軽くなる。嬉しくなってくる。
 今まで考えていたことを全て振り切り、ミソラは挨拶と言わんばかりにギターを掲げた。
「みんなー! 盛り上がって行くよー!!」

 

 そのソロは、ブライとしてウェーブロードから式典を見ていた。
 当日となった今、強固な警備をやり過ごせる場所はもうここぐらいしかない。しかしそれ以上にブライを足止めさせていたのは、ミソラファンの壁だった。
 人が、デンパが、ウィザードが、彼女を近くで見ようとこぞってステージ近くに群がる。それが壁となり、前に出させないのだ。
「……くそっ……!」
 ファンの行動を判断し損ねた自分の無能さに怒りつつも、ブライは何とかミソラに近づける場所を探していた。
 無論、ブライはミソラの熱烈なファンではない。それなのに無理やり近づこうとしているのにはわけがある。

 スピリトゥスが、ミソラの愛用のギターに仕込まれていたのだ。

 どういう手品を使ったのか解らないが、スピリトゥスは今ミソラが使っているギターの中にある。近づかなければ話にならないのだ。
 しかしファンの壁は分厚く、実力行使でもしない限りはどいてくれそうにもない。当然それをすれば、警備に見つかるので出来ない。
 残る方法は一つ。ここからラプラスブレードを投げて、ミソラとギターを引き剥がす。
 スピリトゥスはもうその力を解放しており、今やミソラは思考をジャックされているだろう。彼女や観客を解放し、その隙に取り戻すしかない。
 そう決めたら話は早い。自分の腕とラプラスの正確さなら、ここから投げても何とかなるだろう。ブライはそう考えて剣を投げようとする。

 ……そして、その動きが止まった。

「……う……」
 腕が動かない。投げれば、確実に引き剥がすことが出来るはずなのに、それが出来ない。
(もし仮に失敗すれば……)
 ブライの脳裏に、胴体を切断されたミソラの姿が浮かぶ。一歩間違えれば、その想像はあっという間に現実だ。
 ミスなど有り得ない。そう思っても、どこかで悲惨な未来を恐れる自分がいる。ステージが赤い悲劇で染まるのを、恐れている。

 ――斬れない。

「……くそっ!!」
 ミソラとギターを引き剥がすのは一旦やめ、別の方法を考える事にした。
 ステーション内はもうあらかた探索しつくしているので、破壊しておいた方がいいと思うものも目星をつけている。それを破壊するのだ。

 

 ああ、気持ちがいい。
 歌を歌う時は、いつも心が解放される。
 自分の心が言葉となって、音となって、広がっていく。想いが、つながっていく。
 そして、それを聞く人たちから、想いを受け取る。もっと聞きたいと。
 もっともっと、自分の気持ちを聞かせてくれと、皆が望んでいる。

 そうだ。
 歌うんだ。
 皆が自分の歌を聞きたいから、歌うんだ。
 皆が望んでるから歌わないと。
 自分の歌をいつまでも聞いていたいと思ってから、応えないと。

 歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って歌って

 

             

                                  ……ぶつん!!

 

 

「……はっ!」
 何かが切れる音が聞こえた気がした。
 気づけば何故か体がだるい。たった4曲ぐらいのはずなのに、この疲労感は何なのだろう。何故か、15曲ぐらい歌ったような……。
 正直すぐに歌をやめたかったが、それでもプロとして最後まで歌い上げ、ミソラはライブを終えた。
 体のだるさをそれとなく訴え、先にステージを下りる。後ろで聞こえる司会者の声が、何故か夢の中のように現実味がなかった。