「そうか、盗られちゃったか。……仕方ないよ。あれは要だけど、ないとどうしようもないわけじゃない。取り返すことに専念した方が前向きさ。
……うん、ありがとう。残り二つ、守り抜かないとね。ちょうど式典準備も始まった事だしさ。警備は厳重に頼むよ」
「……撮った映像見たよ。なーんか拍子抜けしちゃったなぁ。結局あの二人、決着つかず仕舞いでしょ? もったいないよねぇ……。
え? もったいないで完全発動? 誰の意思なんだろうねぇ。どうせだからその時の映像……撮ってある? よっし、OKOK。後で楽しむよ。
それでさぁ、今度は……で行こうと思うんだけど。予定はちゃんと組めてるよね? ……よかった。
ふふ、結構期待してるんだよ? ……孤高の戦士君のちょっぴりせつなーいお話ってやつをね」
相手――グリューテルム博士が通信を切ったので、こっちも通信を切る。
『言い訳は済みましたか?』
「何とかな」
アシッドの皮肉をスルーしつつ、シドウは改めてにKNステーション建設予定エリア――中でも一番被害が大きい場所を見渡した。
「……被害は主に、バトルウィザードか」
あれだけ大暴れしていたはずなのに、機材などにはほとんどダメージがない。彼は障害だけを確実に潰し、中央制御装置を奪ったのだ。
(うちのエージェントとして雇いたいくらいだよ、全く)
冗談でも皮肉でもなく、そう思う。得意なのは戦いだけかと思いきや、こういう潜入も上手くこなすらしい。底知れない子だ。
「暁さん、KNステーションは大丈夫でしょうか?」
バトルウィザードの様子を見ていた隊員の一人が、シドウに尋ねる。中央制御装置がないのだ、心配にもなるだろう。
「グリューテルム博士いわく、装置がなければどうしようもないってわけじゃないらしい。完成は遠くなるけど、完成不可能じゃないさ」
シドウの言葉に、隊員はほっと胸をなでおろしたようだ。周りの仲間たちと顔を見合わせて、手を叩きあう。
そんな様子を見ながら、シドウはまたこんこんと頭を叩く。
(……やっぱり、身体や頭の調子はいいな)
さっきから気になる調子。今までずっと何かに押さえつけられていたのが、ようやく解き放たれたという感覚が、シドウを混乱させていた。
電波変換を解除する時とは違う。あれは身体全体を締め付けるような感覚で、精神を押さえつけられるようなものではない。
「なあ、アシッド……?」
アシッドなら何か解るかも、と思ってそっちを向いてみると、アシッドはアシッドで何か考え込んでいるようだった。
「どうかしたか?」
『……いえ、気になる事が』
「へ?」
普段なら皮肉で返してくるはずが、珍しく真剣な顔でどこかを見ている。シドウも視線を向けてみるが、何かあるとは思えなかった。
……強いて言うなら、そこに中央制御装置があった、と言うことぐらいだ。このウィザードは、そこに人間には感じられない何かを感じているのだろうか。
ビジライザーをかければ何とかなるかな、と思ったその時、ハンターVGがまたポップアップを出した。
内容は、今すぐ中央コンピュータ室へ来いとの事。出したのは、ヨイリー博士だった。
さすがに今回のWAXA襲撃は、ウェーブステーションのトップニュースになっていた。
『完成直前のKNステーションに襲撃者。怪我人はなし』
『国際テロリストの犯行か? 犯人の目的は不明』
不安を煽らせるような見出しが、記事の内容を全て伝えていた。まあ緊急ニュースなのだから仕方がないのだが。
犯人については何一つ情報を出していないが、これはサテラポリスがあえて伏せているのかもしれない。
「……まともな思考は、何とか残っているようだな」
ウェーブステーションのニュースを確認しながら、ソロはつぶやく。
スピリトゥスの悪影響が残っていたら、ウェーブステーションに出るニュースの内容も大きく変化しただろう。もしかしたら、名前も出たかも知れない。
そのスピリトゥスは、今自分の手元にある。本来ならすぐに元の遺跡へ戻すのだが、今の状況では戻せばまた盗掘されそうな気がする。
とりあえず三つ揃うまでは持っておくべき、とソロは判断した。
さて、残り二つのスピリトゥスは、今どこにあるのだろう。手がかりが少ない今、何としても情報を手に入れたいのだが……。
「……しばらく、待つか」
ウェーブステーションは、しばらくこのニュースで持ちきりだろう。落ち着くまで待つのも、一つの手かもしれない。
ソロはそう考えて、近くのコンビニへと足を運ぶ。何か食べるものが欲しかったのだ。
ポップアップを確認してから、ジャスト2分で中央コンピュータ室へと到着する。
中央コンピュータ室には、ヨイリーと珍しい「客」がいた。
「いらっしゃい、シドウちゃん。さすがね」
「こんにちは、お久しぶりね」
「……ハートレスさん?」
シドウの言葉に、「客」のハートレスはゆったりと微笑む。元ディーラー幹部であるこの女性は、サテラポリスの協力者として働いていると聞く。
そのハートレスがいるという事は、ディーラー関連で何かあったのだろうか。
どういう事ですか、と視線で問うと、ヨイリーは真面目な顔で書類を一つ出した。
「今回はすぐに本題に入るわよ。シドウちゃん、これを見て」
シドウはヨイリーが出した書類に目を通し……目を疑った。
「何ですかこの計画書。目的と大まかな準備だけしか書いてなくて、後は適当な誤魔化し文句ばかり。こんなんで判子は押せませんよ」
「そう思うでしょう? ……でも最後のところを見て」
ヨイリーに言われるままにこのふざけた計画書の末尾を見て、また目を疑う。さっきよりも、遥かに正気かを疑いたくなってしまった。
……自分の正気を。
「俺のサインだ……」
そう。そのふざけた計画書には、はっきりとシドウのサインが書かれてあった。つまり、シドウはこれを読んでOKを出したという事になる。
そんな馬鹿な、と自分で自分を疑う。普通ならこんな計画書は、「もうちょっと具体的に」という文章と共に没にするはず。なのに。
ヨイリーの方を向くと、彼女もこの計画書に疑いの目を向けていた。
「シドウちゃん、どうしてこれにサインを入れたの? 『普通なら』、こんな計画書にサインは入れないはずよね?」
「い、入れませんよ……」
責められているように思えて、しどろもどろになる。こんなミス、『普通なら』しないはずなのに、やってしまった。
……と、そこで思考が止まる。
「『普通なら』……」
『普通なら、確かにしませんね。いくらシドウでも』
アシッドも気づいたらしく、皮肉を交えてヨイリーの問いに答える。
ヨイリーは二人の答えに目を細めた。
「いい答えね。『普通なら』しないはずの事を、今回やってしまった。それは本当にただのミスかしら? それとも、誰かの仕業?
誰かの仕業としたら、どうやって?」
「……」
ヨイリーの言いたい事を理解したシドウは、ハートレスの方に視線を向けた。ヨイリーも同じように視線を向ける。
「貴女がまとめてくれた、ディーラー内部事情のレポートに……確かあったわよね。精神面についての記述が」
頷くハートレス。
「今回も、そんな感じかしら?」
「……多分、ね」
性分なのか、ハートレスはけだるそうな感じに答えた。
(精神面、か……)
シドウもディーラーにいた時の記憶をひっくり返す。キングに強制されて犯罪を繰り返していたあの頃、全てが無意味なものに見えたものだ。
……クインティアとジャックの姉弟を除いては。
「キングは世界中から孤児を集めては、教育するフリをして洗脳して兵士にしていた。だがそれは、キングのカリスマだけでは成り立たなかった。
裏からキングを支え、子供の精神に細工した奴がいる」
「ええ。私もそのノウハウを教えられたわ。興奮剤に安定剤、睡眠薬……。精神に関係ある、ありとあらゆる薬を教えられた」
シドウの言葉をハートレスが補強する。
ディーラー関係者……それもかなり上に立つ者は、ハートレスを除いて、ほぼ全員薬物が検出されている。シドウも例外ではなかった。
特に酷かったのはジャックで、彼の不安定な精神は、半分以上薬によって作られていたのではないかと言われているくらいだ。
だが誰一人として、その精神調整をした者の詳細を知らない。これに関しては、キングが隠蔽していたからだ。
「って事は、今回もディーラーが?」
シドウの問いに対し、ヨイリーは首を横に振った。
「それをこれから調べて欲しいのよ。アシッド・エース」
老齢ながら、有無を言わせないその迫力。……拒否権は、どうやらないようだ。