All in One・3

 グリューテルム博士の言葉に、エア・ディスプレイを見ていた人々がさっきよりも大きな歓声を上げる。
 素晴らしい、素敵だなど口々に博士を褒め称える人々の中で、ソロはじっとエア・ディスプレイを凝視していた。
(ブラザーバンドやレゾンを強化したシステム……)
 盗まれたスピリトゥスのことを思い出す。あれは確か、人の精神に反応する祭具ではなかったか?
 人の心に反応する祭具。ブラザーバンドやレゾンを強化するシステム。そして昨日シドウ達が言っていた「グリューテルム博士」。
(となると、奴が遺跡からスピリトゥスを奪った犯人か?)
 そんな事を考えている間にも、グリューテルム博士の話は続く。
『今のところ、このシステムの要になる『KNステーション』は、三つほど予定してる。このテストに成功したら、世界中に建てる予定だよ』
 建設予定地は三つ。メールで予告された「分かれたスピリトゥス」も三つ。偶然だろうか。
『その予定地は?』
『まだ秘密。だけど、ニホンのどこか、とだけ教えておくよ』
『何故ニホンを?』
 この質問に対し、グリューテルム博士はもったいぶるように顎をなでた。
『ん、理由は二つ。まず一つに、サテラポリスがあるということ。二つ目は、それからニホンは世界有数のブラザーバンド大国だからだよ。
 超人気アイドル響ミソラちゃんはもちろん、ロックマンもニホン出身じゃないかって言われてるからね。これほどKN計画にふさわしい地もそうそうないよ』
『なるほど……』
 再び感嘆のため息を漏らす記者達。それからはKN計画の始まりなど、当たり障りのない質問が2、3個出され、インタビューは終了した。
 インタビューが終わると、エア・ディスプレイに群がっていた人々がばらばらと散っていく。その流れに、ソロは乗った。
 近くのベンチに腰掛けてハンターVGであのメールを呼び出すと、さっきのインタビューから手がかりを見出そうと、内容を思い出していた。
(KNステーションは、テストとして3つ建つと言っていたな……)
 メールに目をやる。
『三つに分かれたスピリトゥスの手がかりが発表されるよ』とある以上、KNステーションにスピリトゥスがあると思っていいだろう。
 では、そのKNステーションはどこに立っているのか。グリューテルム博士はニホンのどこか、と言っていたが……。
(……あの後上げられたキーワードとなり得そうなものは、『サテラポリス』、『響ミソラ』、『ロックマン』……)
 これを手がかりとするのなら、まず一つはサテラポリス支部――WAXAだろう。残るは二つ。
(『ロックマン』は……コダマタウン?)
 ロックマン――星河スバルが住む街。あそこなら、ステーションの一つや二つ、余裕で建てられるだろう。
 もしこのメールを送ってきた――自分の正体を知る者がグリューテルム博士なら、ロックマンの正体ぐらいはもう掴んでいるはず。これで二つ。
(あともう一つは、『響ミソラ』か……)
 テレビなどでしょっちゅう見る彼女の顔を思い出しながら、この手がかりについて考える。
 わずかながら同じオリヒメの元にいた少女だが、ソロはロクに会話をしなかった。彼女は最初から星河スバルのためだけにいたのだから、当然だが。
 故に、ソロが知る彼女のパーソナルデータは一般人と同じくらい。これでKNステーションの建設場所を特定するのは難しい。
 とりあえずこれは保留にしよう。ステーションが建てば、嫌でもニュースになる。
 ソロはそう考えをまとめると、「どこから行くか」に考えを移した。
「まずは……サテラポリスからか」
 地理的にはコダマタウンが近いのだが、ソロは昨日のシドウたちの変貌振りが気になっていた。
 思考を強制的にジャックされたかのようなあの言動。あれがもしスピリトゥスの力によるものなら、急ぎ回収して封印しないといけない。

 ――そこまで考えて、ソロの頭に恐ろしい予想が浮かんだ。

(まさか……)

 

 WAXA。
 普段は職員ぐらいしかいないここに、珍しく作業員が歩き回っていた。鈍い色のつなぎを着た男達は、わーわー騒ぎつつあちこちをうろついている。
 そんな廊下をドア越しに見ながら、シドウは溜め込んでいたお菓子を齧りつつ書類に向かっていた。
「やれやれ、しばらくはこんな騒がしいのかね」
「騒がしいのが嫌なら、貴方も行っては? ……失礼、無理を言いました」
 アシッドが涼しげな声で皮肉を言う。シドウの妙な手先の悪さは、サテラポリスでは有名な話だ。
 自分の性分を指摘されたシドウは、膨れ面で新しいお菓子に手を伸ばす。そろそろ買い置きしないとな、と思いつつ、目の前にある資料に目を向けた。
「『KN計画』ね……」
 送られてきた資料には、「ブラザーバンドシステムやレゾンシステムを強化したもの」とあったが、具体的なものは全てぼかされていた。
 これでよく通ったものだと本気で思う。具体的なシステム説明が何一つ無いのに、世界はこれを受け入れているのだ。何かおかしい、とは思う。
(でも、それは……)
 仕方がないのだ、とシドウは考えを収める。
 そう、世界は絆を欲している。絆がなければ人は生きていけない。絆がなければ人は成長できない。絆がなければ平和は来ない。
 だからこれは「仕方がない」のだ。KN――キズナ・ネットワークは絆を強める。だから、具体的な説明が何一つ無くても仕方がないし、問題はない。
 問題ない。全ては問題がない。そうシドウは結論付けた。

 ――シドウは気づいていない。

 彼の考えは、ある一点で大きく摩り替わり、強引に締めている。
「全ては問題がない」。それが一番の問題なのに、彼は全然気づいていない。

 そんなシドウの「歪み」に気づかないアシッドは、シドウと同じようにKN計画の資料に目を通していたが、ふと顔を上げた。

 ……――……――♪

 音を、聞いた気がした。
(センサー異常? いや、違う)
 普段は確信が持てるまで断定はしないアシッドだが、今回は違った。何故かは解らないが、確かにそれを「音」だと認識したのだ。
(発生源は……特定できませんね)
 音が小さすぎて、どこからのものかまでは解らない。さて、調べるべきか否か。
 シドウの方に視線を向けると、彼は書類と格闘中だ。と言うことは、いずれ自分に頼ってくる時が来る。その時、自分がいないと問題だろう。
 とりあえず、音のことは後回しにする事にした。機を見計らって、シドウに言えばいい。
 ……後にアシッドは、その判断を少しだけ後悔する事になる。

 

 コスモウェーブを走りながら、ブライは考える。
(KNステーションがもう建っているとしたら、スピリトゥスはそこに安置されているのか?)
 読んだ文献によると、人の精神に反応する祭具は、その人の精神が集まりやすい場所に安置される。今回の場合、KNステーションがそれだろう。
 となると、まだ建設途中である今がチャンスだろう。完全に完成されれば、スピリトゥスの防衛は堅くなるはず。
 一番の障害は、やはりアシッド・エースか。だが……。
(奴がオレの予想した通りの状態なら……まだ勝機はある)
 思考をジャックされた状態なら、暁シドウ本来の勘やセンスは抑えられているという事になる。つまり、アシッド・エースは本来の力を出せない。
 ウィザードのアシッドは確かに高性能だが、それでも電波人間に比べれば弱い。それこそ取るに足らない相手だろう。
 とはいえ、甘く見れば痛い目にあう可能性はある。昨日もそれで、スピリトゥスの奪還に失敗したのだ。
 もう失敗は許されない。ブライ自身のプライドと、予想される最悪の未来を避けるためにも。
「……見えてきたか」
 WAXAに通じるワープホール。ここから戦いが始まる。

 

「ん、始まった?
 はいはい、カメラはちゃんと回しておいてね? 面白い映像がきっと撮れるからさ。……大丈夫。信じて信じて。
 何せ孤高の戦士君がたった一人で戦い抜くんだよ? これが盛り上がらなくて何を盛り上がれって言うのさ」

 

 警備ウィザードの目をかいくぐり、ブライはまっすぐKN建設予定地へ走る。
「ステルスボディの効果が切れるまで……あと数秒か」
「ユ……!」
 併走するラプラスが新しいステルスボディを出すが、ブライは首を横に振る。数が少ないので、最初に使い切るのは危険だ。
 ブライの意思を察したラプラスは、無言で彼の右腕に納まる巨大剣へと変わる。それを握り、ブライは改めてKN建設予定地に目をやった。