午前4時半過ぎ。
バックアップとして配置されていたサテラポリス隊員たちが、工場から出てきたソロを保護した。
ソロは左手と右脇腹に銃創があり、出血量もあってかなりの重傷だった。隊員たちは急ぎ病院とヘリコプターを手配。病院へ搬送した。
世界を救った英雄の帰還にしては、あまりにもうら寂しい帰還。
だがロックマンとは違い、彼は「自力」で人々の所へと戻ってきた。彼らしい帰還と言えば、彼らしい。
ぼんやりとしたまま目を開くと、広がっているのは見慣れない白い天井だった。
頭がさえていくにつれ、ここがどこなのかを理解する。どうやら、自分は病院送りになったらしい。余計な運だけは残っていたようだ。
身体を起こそうとすると、撃たれた痕がじんじんと痛む。それでもソロは痛みをねじ伏せ、身体を起こした。
改めて部屋を見回してみると、あるのは自分が寝ているベッドとミニテーブル、こじんまりとした棚にテレビ。二つあるドアのうち、一つは洗面所に繋がっているようだ。
かなり設備が整った一人部屋なのは、おそらく事情を知っている人間がここを用意してくれたのだろう。ソロはため息を付く。
ベッドから降りようと身体を捻るが、痛みと右手から伸びているチューブ――点滴に引っ張られた。
引っこ抜こうと手をかけた時、ドアがいきなり開かれた。
「あら、起きてたのね」
入ってきたのはヨイリー。シドウもいるかと思ったので、少し意外だった。
ヨイリーは持っていたバスケットをミニテーブルに置き、中からリンゴとナイフを取り出す。そのまま皮をむいて6つに割るが、ソロは全部受け取らなかった。
受け取りたいのはリンゴではなく、今までの事やこれからの事についての話。ヨイリーもそれが解っていたので、リンゴはすぐに下げた。
「で、どこから聞きたいのかしら?」
「オレがここに入れられてからだ」
「正確には、貴方が発見されてからね」
そう修正を加えてから、ヨイリーはざっとかいつまんで話してくれた。
ソロを発見して病院へ送った後、シドウたちサテラポリスが工場内に突入し、重傷を負っていたグリューテルム博士を発見した。
グリューテルム博士の怪我はソロ以上に酷く、少し遅ければ死んでいたと医師が判断したぐらいだった。その彼は、別の病院で治療中との事だ。
怪我人を病院に送った後、シドウたちは更なる調査を進め、KN計画の中枢らしき機械を発見した。
KNステーション中枢を複雑化したようなそれは、おそらく世界中の人間の意識を強制的に一つにまとめる装置だろうとアシッドは判断した。
それがどれだけ脅威なのか知っているサテラポリスは、データを引きずり出して本部に転送すると全員一致でその機械を破壊した。
支部に戻ってきたサテラポリス――シドウは、真っ先に長官とヨイリーの元に行き、事の次第を全て報告した。
送られてきたデータとシドウの報告により、KN計画の危険性とグリューテルム博士の野心を確信した長官は、急ぎメディア関連に連絡を取った。
ソロが病院に送られてから1日後の事だった。
「……1日後?」
「ええ、そうよ。貴方は5日間ずっと寝ていたのよ」
送られた当日は集中治療室にいたが、もう命に別状はないと判断されて一般病棟へと移されたとの事。ちなみにここを手配したのはヨイリーらしい。
「お医者さんの判断では、出血多量による衰弱と今までの疲れ。別に身体に何らかの異常があったわけじゃないわ」
「見舞いに来たのは?」
「私が始めてね。今、世間はこんな騒ぎだから」
そう言ってヨイリーがテレビのスイッチを入れると、示し合わせたかのようにニュースの映像が出てきた。
『……と言うわけで、キズナ・ネットワークシステムにはまだ欠陥があり、世間に出せる代物ではないと言う事です。
詳しい話はグリューテルム博士の回復を待って……』
画面の隅に、「KN計画、突然の頓挫!」「グリューテルム博士が隠していた最大のミス」などのテロップが踊っている。どうやら、謝罪会見のようだ。
今頭を下げているのは、WAXA長官とKN計画の責任者だろうか。
『WAXA本部他、KNステーションを建てた地域には深くお詫び申し上げます。今後研究を重ね、より完璧なものとしたキズナ・ネットワークを……』
「出来るとは思えないけどな」
テレビの中の言葉を否定しながら、シドウが病室へ入ってきた。
「具合はどうだ?」
「最悪だ」
シドウの挨拶を冷たく切り返すソロ。その返事にシドウは苦笑を浮かべつつ、自分のハンターVGを出した。
「グリューテルム博士の意識が何とか回復した。それにあわせて、サテラポリスは彼を逮捕する事になる。ソロ、お前の依頼はこれで終わりだ。
報酬は既に振り込んである。後は……こいつだ」
そう言って見せてきたのは、自分のスターキャリアーのアドレスだった。
隣に「消去しますか?」というポップアップが浮かんでいるという事は、これを消した事を自分の目で確認しろという事なのだろう。
ソロが一つうなずくと、シドウはハンターVGを操作してアドレスを消した。
「バックアップはないから、これでお前のデータは消えた事になる。サテラポリスの方も、お前へのマークは消してある。
ま、今後大きな騒ぎを起こせば話は別だけどな」
「……ふん」
ないとは言い切れないのが少し悲しい。自分としては己の正義のために動いているのだから、反省する気はカケラもないが。
データを消したシドウは、ハンターVGを仕舞う。
「全てが終わりだ。テレビじゃああ言ってるが、キズナ・ネットワークもグリューテルム博士も、もう二度と表舞台には出ない」
ここまでの大きなスキャンダルになった以上、どれだけキズナ・ネットワークが改良されてもブラザーバンドに次ぐシステムにはならないだろう。
結局、世界は今までと全く変わらないと言う事だ。キズナが増え、絆が埋もれる。そんな世界のまま。
だがその世界を『みんな』が望んでいるのだから仕方がない。
次の日、病院にソロの姿はなかった。
ソロ失踪の話を聞いたシドウは、缶コーヒーを飲みながら窓に視線を向ける。
(あれで本当に良かったのかね)
サテラポリスの権限を使えば、彼を拘束することも出来た。それをしなかったのは、彼の意思を尊重したからである。
しかし、今は本当にそれでよかったのかとためらう。
(スバルはともかく、ミソラまで腹くくるとは思ってなかったからな)
窓の外の景色を見ながら、シドウはミソラとの会話を思い出していた。
「この事件、全部終わっても真相は絶対に表には出されない」
「……どうしてですか?」
シドウの言葉に、ミソラが首をかしげた。アイドルではあるが子供の彼女には、まだ世間の恐ろしさが理解できていないのだろう。
彼女でも理解できるよう、慎重に言葉を選びながら説明を続ける。
「ムー大陸事件の時、ブライもオリヒメ一派とされていた。それは少なからずマスコミにも流れたから、世間じゃブライは悪人なのさ。
しかも孤高を掲げているから、今の社会では絶対に受け入れられない」
「そんな事は……」
「おまけにムー民族最後の末裔だから、マスコミの格好の餌だ。例えどれだけ今回の事件の功労者と言っても、面白おかしく取り上げられるのは目に見えてる。
彼の意思を無視した考察や、つまらないバッシングなどで散々に書かれるだろうな」
「……」
ミソラも心当たりがあるのか、深くうつむいた。
それを見て、シドウは一時期「ロックマンの正体はミソラの恋人」、「ミソラが歌う理由はロックマンにある」という記事が氾濫していたことを思い出した。
報道の自由は常に諸刃の剣。人々は記事に踊らされ、話題の人物は記事に傷つけられるなんて事はしょっちゅうだ。
「ソロ自身も、そうして欲しいって言ってきた。だから、この事件を解決したのはロックマンと言う事になる」
「スバル君が、ですか?」
「ああ。ロックマンなら大した騒ぎにもならないからな」
正義のヒーローとされているロックマンなら、誰が相手だろうと「正義の味方が悪を倒した」という結末で終わる。マスコミもそれほど騒ぎ立てる事もないだろう。
ロックマンを利用する感じでいい気分ではないが、ソロを守るにはこれしかなかった。
「スバル君は、それを知ってるんですか?」
「ああ。さっき話した。スバルもお前と同じように、納得できないって顔してたよ」
人々に疎まれ続けていた彼が人の輪の中に入れるかもしれないきっかけを、このような形で潰すのだ。いい顔はしない。
むしろ、いい顔をして欲しくない。このような醜い世間の一面をあっさりと受け入れるような子には、なって欲しくなかった。
「……それでもあいつと話がしたいなら、アドレスを教えるよ。ただし、一回きりだって約束してくれ」
多分首を横に振るだろう、と思った。だが、ミソラは首を縦に振ったのだった。
ミソラは友達や絆を大事にする優しい子だ。だからあの説明で、ソロに肩入れしたくなったのかもしれない。
(……違う)
シドウは首を横に振る。ただの同情であそこまで腹をくくる子だろうか。同情やつまらないアピール程度で優しくなる子なら、誰も彼女に見向きしないだろう。
あの時、ミソラは間違いなくソロを選んだのだ。スバルと共に真実から目を背けつつ生きるより、自らの意思で彼に手を差し伸べようとした。
言うならば、蛇を受け入れたイブ。やがて楽園や自分の大事なものを破滅させるかもしれない予感を知りながらも、彼女は蛇を受け入れたのだ。
(多分、本人達は気づいてないだろうけどな)
気づけたら、どんな顔をするのだろう。
シドウはほんのちょっとだけ気になった。
仕事が終わり、家に帰る。
「はぁ~……」
真っ先にベッドに行きたくなる衝動を押さえ、ミソラは荷物を下ろす。とは言っても、お気に入りのポーチとギターぐらいしかないが。
ギターを立てかけようとした時、テーブルに見覚えのない物が乗っているのに気づいた。
「……? 何だろ」
ストーカーか、と一瞬疑ったが、無造作に置かれていた手紙を見て、ほっとした気分になった。
――約束は果たした。
短すぎて、手紙とは思えない文章。
だが、ミソラにとっては一番嬉しい文章。
「生きて、帰ってきてくれたんだ」
ささやかなプレゼントなのか、無造作に袋に入れられていたペンダントを手に、ミソラはくすりと微笑んだ。