All in One・2

「やっぱり、ムーのテクノロジーか……!」
「ダ……!」

 オークションに出されるはずの商品。
 それは今、あの乗客者ではない少年――ブライ(ソロ)の手にあった。

 ――ソロがこの船に乗り込んできたのは、3日前のことだった。
 監視していたムーの遺跡の一つから何者かが盗掘した跡を発見したソロは、その行方を追っていた。盗掘者こそ解らなかったが、盗まれた物の行方だけは何とか掴んだ。
 極秘で行われるオークションの商品として出される事を知った彼は、オークション会場を突き止めた。それが4日前。
 スカイウェーブで会場……豪華客船を探し当てて簡易ウェーブステーションを発見すると、何とソロはそこ目掛けて飛び降りた。
 一歩間違えれば自殺だが、ばれずに乗り込むにはこれしかない。おかげで誰にもバレずに潜入することが出来た。
 船内に乗り込んだ後は、ずっと盗まれた物を探して回っていた。オークション時に取り戻すのが一番楽だが、それだとサテラポリス以外にもマークされてしまう。
 ソロが商品――ムーの遺産『スピリトゥス』を持ち出したのは、オークション開催2時間前。警備が堅くなる前に、何とか取り戻すことは出来た。後はここから脱出するだけだ。

「……ウェーブステーションまでが、勝負か」
 追いかけてくる警備ウィザードをラプラスブレードであしらいつつ、ブライはウェーブステーションまでの距離とそこまでに立ち塞がりそうな障害について計算する。
 警備ウィザードや雇われ警備員程度なら、何の問題もない。一番の問題は、2日前にちらりと見た……
「よっ、孤高の戦士君」
「……貴様か」
 目の前に立たれた暁シドウ――アシッド・エースに、ブライは舌打ちをした。
 実際に戦ったことは無いが、彼の強さは聞いている。メテオG事件の頃は身体への負担があったらしいが、今ではもうそれはないと見ていいだろう。
 電波人間としての場数はこっちの方が上。だが彼はそれを補えるほどの力と、ウィザードのアシストがある。甘く見れば……勝てない。
 今のところ、アシッド・エースは一人のようだ。となると、彼さえやり過ごせば出口への道は開ける。
(かなり、手間取りそうだがな……)
 取り戻したスピリトゥスを元に戻ったラプラスに預け、すっと構える。アシッド・エースの方も、持っているアシッド・ブラスターをこっちに向けた。
 張り詰めた空気が漂う中、最初に動いたのはアシッド・エース。ブラスターの中に直接ダウンロードされたバトルカード・ワイドウェーブが、ブライ目掛けて飛んでくる。
「ふん……!」
 けん制だとわかっているブライは、軽々とジャンプして避ける。予想通り、アシッド・ブラスターが次の一手を放とうとしていた。
「……行け!」
 相殺狙いで放つブライナックル。見込みは当たり、第二波のステルスレーザーがこれにかき消される。
 この攻防だけで、わずか10秒あまり。しかし二人の顔には、既に汗がにじんでいた。
「やるねぇ」
 アシッド・エースが軽く口笛を吹き、もう一度軽く銃をセットする。ブライの方も改めて構え、後ろに控えていたラプラスも同じように動いた。
 今度はどちらも大きく出ず、じりじりと間合いを取り合う。有利な間合いを取ろうと、ブライが一歩手前に出ようとしたその瞬間。
「隙ありね」
「!?」
 いつの間にか背後に立っていたクインティアが、ラプラスから軽々とスピリトゥスを奪う。そのあっさりさに、ブライは大きく舌打ちした。
 迂闊だった。シドウを見た時に隣にいたのを確認していたのだが、すっかりその存在を忘れていた。
 ラプラスが取り返そうとクインティアに牙をむけるが、その彼をアシッド・ブラスターが捉えてしまう。マッドバルカンを食らい、ラプラスは大きくよろめいた。
「ル……!」
「ラプラス、下がれ!」
 ブライが手元に戻すことで、ラプラスは攻撃から逃れる。しかし、これでブライはスピリトゥスを取り戻す方法が一つ減ってしまった。
 ラプラスブレードをクインティアに向ける。と。

『――――――――――――――♪!!』

 スピリトゥスが甲高い音を鳴らす。
 あまりの高音にブライは思わず耳を塞いでしまうが、アシッド・エースとクインティアは平然とした顔で立っていた。
(……? 聞こえていないのか?)
 普通なら耳を塞ぐほどの高音なのだが、あの二人は平気な顔だ。こういう高音には慣れているのか、最初から聞こえていないのか。
 内心首を傾げつつスピリトゥスに目を離さないでいると、クインティアがぼんやりと口を開いた。
「……グリューテルム博士が……望んでいる…から」
「……何?」
 あまりにも唐突で、全く関係のない言葉に、ブライは眉をひそめる。いきなり何を言い出している?
 それがこっちの油断と映ったのか、クインティアはその身を翻して、スピリトゥスを持って奥に消えようとする。慌てて追おうとするが、その足元をアシッド・エースが縫いとめた。
 きっと睨んだ先、アシッド・エースもぼんやりと口を開いた。
「グリューテルム博士が……ご所望だ。だから……持って行く……」
 アシッド・エースの言葉で、ようやくブライは様子がおかしい事に気づく。
「どうなっている……?」
 追いかけるのも忘れて首をかしげていると、遠くからたくさんの足音が聞こえてきた。時間をかけすぎたらしい。
「ちっ……!」
 ここで奴らとやりあえば時間を無駄にするだけだ。ブライは今スピリトゥスを取り戻すのを諦め、出口までの道を切り開く事にした。

 

 翌日。ソロはロッポンドーヒルズの一角で栄養バーをかじっていた。
「振り出しに戻ってしまったな……」
 ウェーブステーションでは、昨日の事件は触れていなかった。元々オークションが開かれることは公にされていなかったし、スピリトゥスの出所を考えれば当然の事かも知れない。
 だがそれは、スピリトゥスに繋がる手がかりを失ってしまった事になる。
 残る手がかりは、シドウ達が言っていた「グリューテルム博士」のみ。検索してみたところ、最近「KN計画」なるものを立ち上げて有名になった博士らしい。
(KNの略は、確か……)
 ソロが思い出そうとする前に、いきなり彼のハンターVGが鳴った。
「な、何だ?」
 慌ててディスプレイを開くと、そこには「メール受信」のポップアップが浮かんでいる。ハンターVGを購入してから、初めて浮かんだポップアップだ。
「……どういう事だ?」
 当然のことだが、ソロは誰にもアドレスを教えていない。セキュリティ強化をしているため、スパムメールが来ると言うことも無かった。
 そもそも彼がこれを購入したのは、ラプラスをウィザードとして設定するためだけだ。電波変換等はスターキャリアーで事足りるし、ブラザーバンドを結ぶ事もない。
 なのに、今自分のハンターVGはメールを受信している。つまり、送信者はソロのアドレスを知っているという事だ。
 しばし悩んだ後、ソロはポップアップをクリックする。ハンターVGはすぐに操作を受け付け、受信したメールを開いた。

『今すぐにテレビを見てごらん。3つに分かれたスピリトゥスの手がかりが発表されるよ。 G』

「手がかり、だと……!?」
 無視できない情報を突きつけられ、急いでエア・ディスプレイの元に向かう。
 この時間帯はニュース放映をしているらしく、ディスプレイはたくさんのマイクに囲まれた男を映していた。周りの人間から、おおっという歓声が上がる。

 カメラのフラッシュを浴びながら笑う男の映像の下に、「KN計画最高責任者・グリューテルム博士」のテロップが出る。

「……!」
 思わぬところで出てきた手がかりの一つに、ソロの眉がぴくりとはねる。
 そんな彼の驚きを他所に、マイクの群れが興奮した声でグリューテルム博士に質問を投げつけ始めた。
『えー、グリューテルム博士。このたび上げた「KN計画」について、何かコメントを!』
『何故、あのような計画を立ち上げたのですか?』
『もう既に、「KN計画」の要であるステーションが出来ていると聞きましたが?』
『計画のための資金は、いったいどこから?』
『あー、はいはい。一つずつ説明するからね』
 カメラのフラッシュと共に浴びせられる質問の数々に、男――グリューテルム博士は軽い口調で抑えた。
『まず計画のための資金源については、あのキング財団と言っておこう。ああ身構えないで。キングがアレだったとしても、企業は慈善活動メインだったからね』
 一応筋の通った返答に、記者達から感嘆のため息が漏れる。その反応に満足したのか、グリューテルム博士はますます上機嫌な口調で説明した。
『んで何故この計画を立てたのか……。それはひとえに、世界のヒーロー・ロックマン様がきっかけだね。彼は絆の力で強くなり、人々を纏め上げる存在だと思ってる。
 彼がいなけりゃ、この地球はあっという間に宇宙人や古代のテクノロジーに占領されてたし、人々はこうも結束できなかった。絆による奇跡は、起きなかったんだ。

 つまり。「KN計画」……キズナ・ネットワーク計画は、ブラザーバンドやレゾンをさらに強化した計画だ、と言っておくよ。これで、世界の人々の結束はさらに強くなるね』