All in One・19

 某国が管理し、廃棄したある工場。それが「KN計画」の最高責任者であり、今回の事件の首謀者であるグリューテルム博士が潜伏する場所だ。
 ソロがコダマタウンに建てられたKNステーションから引き出した情報を転送、それを元にサテラポリスが解析して出した結果だ。確立は90%を超えている。
 ヨイリーいわく、情報がここまであからさまなのは罠か、またはソロをターゲットにしているとの事。それはソロも重々承知していた。
 何せ自分のハンターVGにメールを送ってきたのだ。おそらく、襲撃をかけることも予測しているだろう。
 なら小細工なしの正面突破で、歓迎を受け入れよう。敵が自分を指名なら、そうした事を後悔させるまで。
 ソロはそう決めて、しばしの仮眠をとる事にした。

 

 午前3時。「全て」が動き出す。

 

 仮眠から目覚めたソロは、格子を乗り越えて工場内に侵入した。
 入った瞬間に自分を取り巻くウィザードたち相手に、すぐに電波変換する。入り口近くにいたウィザードを機能停止させると、そこから内部に入り込んだ。
 内部もウィザードや防衛システム、ウィルスが群れていて、ブライの姿を見るなり襲ってくる。中々の品揃えに、ブライは内心感心してしまう。
(分厚いとは思っていたがな……!)
 ここまでとは思っていなかった。表向きの名声が相当利いているのだろう、中にはサテラポリスのウィザードもいた。
 だが、それらもブライにとってはただの雑魚。ラプラスブレードの一撃であっさり切り伏せると、まっすぐ工場長室へと向かった。
 シドウからの前情報によれば、この工場は規模こそ大きいが設備はそれほどでもないらしい。工場長室は数少ない部屋の一つだそうだ。
 故に、ゆっくりと「仕事」が出来る部屋はおそらく其処しかない、とブライは判断した。
 内部の地図は、既にスターキャリアーにダウンロードしてある。道に迷うことなく、ブライは工場長室前までたどり着いた。
 ドアはいたって普通のもので、一太刀で切り伏せられるだろう。しかし、その先にいる奴を考えると、無警戒に飛び込むのは愚かだ。
 ……そんなためらっているブライに、ドアの向こうから声がかけられた。

「早くおいでよ。ずっと待ってるのに」

「っ!」
 誘う言葉にブライは一瞬身を固くしてしまったが、すぐにドアを一太刀で切り捨てる。
 大きな音を立てて倒れるドアの向こう側に、奴はいた。
「やぁ、ブライ君。……ソロ君と呼ぶべきかな?」
 黒い革張りの椅子に座り込み、揚々と自分に挨拶する白衣の男――グリューテルム。記者会見のニュースで見た時と、全く変わってない気がする。
 そのグリューテルムがソロと呼んだので、ブライは電波変換を解いた。
「ムーの遺跡からスピリトゥスを盗んだのは、貴様だな」
「そうだよ」
 ソロの問いにあっさりと答えるグリューテルム。
 その答えに、ソロは内心疑問を感じていた。あまりにもあっさりと自分が盗んだことを認めるのには、何かわけがあるのだろうか。
 そんないぶかしげなソロに対し、グリューテルムは笑ったまま「続きは?」と促す。
「……?」
「ほら、君はもう予想してるんだろ? 僕が今まで何をしてきたのか。……何が目的なのか」
 グリューテルムの言葉に、ますます彼の考えが読めなくなる。しかし、話さない理由もないので、促された通りに話し始める。
「……スピリトゥスは、人の精神に干渉する祭具だ。貴様はそれをアンテナとして利用した」
「ほうほう」
「KNステーションで人の意思を集め、スピリトゥスでハックして自分の意思に摩り替える。
 何も知らない奴らは、摩り替わられているのに気づかないまま、増幅された意思に踊らされるわけだ。……貴様の望み通りに」
 自分はこれが全貌だと思っていたのだが、どうもグリューテルムにとっては違ったらしい。子供のように口を尖らせて、一言だけ言った。
「惜しい。惜しいね」
「……何?」
「僕は、何もしてないよ。何にも、ね」
 ソロの眉がぴくりとはねた。
 そんなソロをちらりと見てから、グリューテルムは椅子後と回転して背中を向ける。しばらく深いため息をついていたが、やがて立ち上がった。
「確かに、アレには君が言うような効力もある。でもそれの効果時間は短くて、もって1時間程度なんだよ? いちいちかけ直してたら、僕の心が持たないよ。
 サテラポリスもライブもコダマタウンも、みんなみんな、『みんな』が望んだことを増幅しただけ。多少は細工したけどね」
「『みんな』……?」
「そうさ、『みんな』さ」
 グリューテルムがスイッチを入れたらしく、かすかにカチリという音が聞こえた。それにあわせて、ぱっとモニターがつく。
 壁一面に埋め尽くされた数々のモニターに映る映像を見て、ソロは絶句した。
 モニターに映るのは、全て自分。しかもモニター一つ一つが別のシーンを映しているのだ。
 あるモニターは戦うブライを、あるモニターは情報を集めているであろうソロを、それぞれ様々なアングルから映している。よくよく見ると、時期も違うようだ。
 グリューテルムを睨むと、彼はくすくすと笑った。
「よく撮れてるだろ? これ全部、この事件での君を映したものさ。僕はこれを少し修正して、世界中に流してみたんだよ」
「何……!?」
 さすがにこの一言には困惑してしまう。「一体何故」よりも、「そんな事するな」という感情が頭を占めそうになった。
 そんなソロの動揺を無視して、グリューテルムは話を続ける。
「僕としてはかなり面白いと思ったんだけどね、何故か『みんな』には人気が出なかったんだよ。
 『ソング・オブ・ドリームの方が何倍も面白い』、『一人で戦ってるなんて今時流行らない』、『絆を無視した最低の作品』……だってさ」

 ――グリューテルムの目が、寒気を感じさせるモノへと変化した。

「下らないよね。『みんな』、自分で考えた意見を言ってると思ってる。でも僕にはそれが『みんな』がそう言ってるから、にしか思えないんだよ。
 あのソング・オブ・ドリームだってさ、僕に言わせればつまらないドラマだったよ。ただ単に、主人公が仲間に支えられておしまい。それだけ。
 結局さ、『みんな』響ミソラが出てるから見た。『みんな』が見てたから見た。それだけなんだよ」
 ソロはそのソング・オブ・ドリームを一度も見ていないから何とも言えないが、彼の言いたい事は何となく理解できた。
 要するに、人々は『みんな』という形に流されている。『みんな』が見てるから見る。『みんな』が聞いてるから聞く。『みんな』が好きだから好きになる。
 ブラザーバンドやレゾンという『絆』を大事にするシステムが氾濫している今、『みんな』という存在が、人々の無意識を侵食しているのだ。
 そしてその『みんな』を先導――『扇動』する存在が、響ミソラであり、ロックマンなのであろう。
「皆さ、『みんな』が好きなんだよ。『みんな』がいるから、自分もここにいられる。『みんな』に引っ張られて、自分が動ける。

 だから、『みんな』いっしょにしてあげた。『みんな』が好きな『みんな』のために、一つにまとめてあげたんだ」

 グリューテルムが指を鳴らすと、全てのモニターがぱっと消えた。
「かつて、僕はキングの元で精神と電波の類似点や、それを応用できるシステムを研究していた。
 当時は大量にいた子供を調整するには、大量の薬物が必要だったからね。薬のコストが人のコストよりも遥かに上だったよ」
 暗に集めた子供達をただの道具としか見ていない発言に、ソロの目が鋭くなる。人嫌いだが、非人道的な事を許すほど歪んだつもりは無い。
 ソロの視線に気づいているのかいないのか、グリューテルムはあっけからんとした顔でもっと非道な事を言う。
「人の頭なんていくつ開けたか解らないよ。わざと感電させたこともあったっけ。でも、中々いい結論が出てこなくてね。
 仕方ないから、子供の頭に直接電波を通してみたよ。そしたら、ビンゴだった。脳内というネットワークを把握したから、今の成果があるんだ」
「貴様……!」
「怒った? でも本当の事だよ。もう全てがおしまい。キズナ・ネットワークは、『みんな』が平和を望むから平和を生み出している。
 誰かが、じゃない。『みんな』が望んだ。それでいいのさ」
「ふざけるな!」
 ラプラスブレードを手に、ソロがグリューテルムに向かって飛び込んだ。

 ソロは、彼の言い分が理解できた。
 人々は、『みんな』という言葉を盾にしないと何も出来ない。自分の意見は、『みんな』の意見に影響を受けているものだと気づいていない。
 己と『みんな』を照らし合わせて、同じでないと不安になる。『みんな』の一部でないと安心できない。そんな世界。
 キズナを重視するあまり、『絆』が安く薄っぺらになっていく世界。
 グリューテルムは、そんな世界をそのまま固定しようとした。『みんな』が好きなら、永遠に『みんな』でいればいい、とキズナ・ネットワークを作った。
 故にソロは、彼の言い分を認めることが出来なかった。
 『みんな』が永遠に『みんな』であるなら、自分の存在は『みんな』の一部にもなれないガン細胞。そしてそのガン細胞である事が、己の誇り。
 誰にも頼らず、何者にも縛られず、何かに染められる事もない。絆を否定する代わりに、全てから干渉されないモノであり続ける。そんな孤独な誇り。
 例え世界中から否定されても、嘲笑われても、それだけは譲れない。自らに流れる血と共に、決して失いたくないモノ。
 塗りつぶされるわけには、いかなかった。

 視界が赤く染まる中、ソロは自分の絶叫をどこか他人事のように聞いていた。