All in One・18

 通信は一方的に切られた。
 もう一度通信してみようかと思ったが、多分速攻で切られるだろうと思ってやめた。
 それに、そこまでする理由はもうない。ソロと話せた。それだけで充分だ。
 ……でも。
「辛いなぁ……」
 口からそんな言葉がこぼれ出る。何がどう辛いのか説明できないが、胸の奥が辛さで痛かった。
 ふと、まだ手に持っていたハンターVGに目を落とす。「SOUND ONLY」のポップアップは消え、今はさっきかけたアドレス――ソロのものが浮かんでいた。

 ――通信が終わったら、すぐにそのアドレスは消すんだぞ。どこから暴露されるか解らないんだからな

 アドレスをもらう時にシドウと交わした約束が浮かぶ。
 彼から聞かされた『覚悟』を貫くために、それは必ずやらないといけないことだった。……それなのに。
(消せないよ、これ)
 ふらりと現れてはふらりと姿を消すソロを繋ぎとめる、唯一の手段。
 もしかしたら暗く閉ざされた心を開くきっかけになるかもしれない、たった一つの希望。
(……だけど、きっとソロは消して欲しいと思う)
 自分のプライドや色々な理由で、きっと『消せ』と言うだろう。そして全てなかった事にするのだろう。
 どれだけ仲良くなりたいと願っても、相手の方が受け入れなければ、それはただの押し付けに過ぎない。一方の感情だけで、思いは成立しないのだ。
 ソロの気持ちをもっと理解したい。彼に自分の気持ちを理解させたい。だが、今はそこまで望んでしまってはいけないのだろう。
 彼が自分の話を聞いてくれた。それだけで満足すべきだ。
(いつか、お互い理解し会える日が来るよね)
 その事を願い、アドレスを消す。バックアップはないので、ハンターVGから彼のアドレスは完全に消え去った事になる。

 涙が、一筋こぼれた。

「……?」
 触れれば、涙がとめどなくあふれ出る。拭いても拭いても、それは止まることがなかった。
「ど、どうしよう……」
 泣くほどのものでもないのに。
 そこまで辛いはずじゃないのに。
 涙が全然止まらない。それどころか、胸が締め付けられるように苦しい。

 電気がついた「暗い」部屋で、ミソラは一人泣いた。

 

 勢い任せに通信を切った後、本当にこれでよかったのか、とふと思う。
「……これでいいんだ」
 自分に言い聞かせるように、ソロははっきりと口に出した。こうでもしないと、いつまでも未練がましく同じ事を考えていそうな気がしたからだ。
(いつまでも? 未練がましく?)
 その考え自体、よく解らない。人に未練などあるわけがない。ずっとそう思っていたはずなのに。
 幼い頃から人々に否定され続けてきたソロにとって、絆とは憎むべき敵でしかなかった。誰かと仲良くなるという事自体、嫌いだった。
 人は、群れれば群れるほど驕るようになる。平等にと思って接していても、いつかは上下関係が生まれ、そこから歪んでいく。
 それでも、人は誰かと馴れ合おうとするのをやめず、意味無く傷つけあっていく。ソロは、それが嫌いだった。
 ……もちろん、一人で生きていけないという事が真理であるのを、ソロは知っている。
 男と女がいてようやく子供が生まれるように、一人では埋められない何かを他人と寄り添いあうことで埋める。そうする事で、人は繁栄していく。
(それが人間の真理、か)

 ――バケモノと罵られ、人には持てない異質な力を持った自分は、人間と言えるのか。

 物心ついた時から、ずっと心の中に沈んでいる問い。
 普通の人間はビジライザーなどのツールが無ければ電波は見えないし、電波体がいなければ電波変換が出来ない。なら自分はどうなのか。
 裸眼で電波を見ることが出来、スターキャリアーと言うデバイスさえあれば電波変換が可能な自分は、人間ではないのか。
(人間でないとすれば、一体何なんだろうな)
 ラプラスと同じ電波体か、それともただの人間もどきか。ソロはうっすらとため息をついた。
 ふと、手の中にあるスターキャリアーに目を落とす。小さなディスプレイには、通信内容を保存するかどうかの問いが貼り付けられていた。
「……」
 これをどうしようか。
 普通ならためらわずに消すのだが、何故かそうする事を心が拒絶した。
(どうかしている……)
 あの式典のことといい、さっきの会話といい、今までの悩みといい、自分らしくない。そしてそのらしくない事を突き詰めると、必ず彼女の名前が出てくる。
(響ミソラ、か)
 ソロにとって彼女は、ただの「星河スバルの女」でしかなかった。世間では国民的アイドルとか言っているが、自分にとってそれは関係ないものでしかない。
 どんな時でも星河スバルにくっついて離れず、鬱陶しいまでに絆やら綺麗事を言う女。それ以外に、何の印象も持っていなかった。
「……そうか」
 そこまで考えて、ソロは一つの事に気づく。自分と響ミソラだけで会話したのが、あの式典が初めてだったのだ。
 オリヒメの所にいた時、少しは会話したのかも知れないが、今となっては思い出せない。それだけ内容がどうでもいい事だったのだろう。
 式典前も、さっきの通信も、星河スバルはいなかった。だから強く引っかかっているのかも知れない。……きっと、それだけの事だ。
 そう考えをまとめたソロは、そのまま通信内容を消すよう操作しようとしたが。

「……あ」

 指を滑らせたか、通信内容を保存するように操作してしまった。古代文明が生み出した高性能の携帯端末は、あっさり内容を保存してしまう。
 こうなってしまっては、保存データから消し去るしかない。ソロはデータを呼び出し、改めて消そうとして……手を止めた。
 意地になって消すのは、何となく情けない気がする。これからどんどん増えるわけでもないし、戯れに一つだけ残しておいてもいいかもしれない。
(別に誰かに見せるわけでもないしな……)
 ソロはそう思って、保存データをそのままにしておくことに決めた。

 ……心のどこかで、「それでいいんだ」と言う声が聞こえた気がした。

 

 面白い。
 予想以上に面白いシーンが撮れた。
「広範囲にカメラを忍ばせておいて正解だったね」
 カメラから送られてくる映像を前に、にやりと笑う。備えあれば憂いなし、という言葉を、しみじみと実感した。……意味は全然違うのだが。
 さて、ドラマももうすぐ最終回だ。一番いいシーンを撮る為に、色々と下準備をしておかないといけない。
 キーボードを軽く叩き、導き出されたデータに対して次々と指示を送る。ある者にはメールで、ある者には直接声をかけて。
「……そうそう、もう全世界に基盤は設置したんだろ? なら大丈夫。後はこっちが発信すれば、全て丸く収まる」
 自分の言葉を信じた部下達が、俄然やる気を出したようだ。二つ返事で、こっちの命令を受け入れてくれた。
 部下が送ってきたメールの文末に「これも素晴らしい未来のためですしね」という一文を見つけ、指差して笑いたくなった。
(素晴らしい未来、ね。誰かに作ってもらって満足してるんじゃ、絆も大したもんじゃないよね)
 心の中で、そう嘲笑する。
 その思いはぎりぎり表に出さず、全ての指示を出し終えると、改めて椅子に深々と座った。
「時間は……午後10時ってとこか」
 普段ならじっくりとTV観賞している頃だが、いつ襲撃を食らうか解らない状況なのでさすがにそれは出来ない。代わりに、さっき保存した映像をもう一度出す。

 目の前のディスプレイに映るのは、ミソラと通信しているソロの姿。

「もうちょっと近くだったら、会話もばっちりだったんだけどねぇ」
 雑音まみれの音声をクリアにさせつつも、そうぼやく。映像が撮れた自体ラッキーだと解っていても、高望みしてしまうのが人間のサガだ。
「ま、こっちの方がノンフィクションらしくていいか」
 だって、この話は嘘一つ無い「ホンモノ」なんだから。

 修正をかけている間、グリューテルム博士はにやにやと笑い続けていた。