All in One・15

 待つこと数分。WAXAの車がコダマ小学校に到着し、スバルたちはそれに乗り込んだ。
 運転手はサテラポリス隊員で、シドウはサテラポリス本部で待っているとの事だった。少し引っかかるものはあったが、一応信じる事にした。
 車が出る前、スバルはちょっとだけKNステーションを見た。
 キズナの象徴であるはずのその建設物が、今は何故かおぞましいものに見えた。

 

 車で揺られている間、ミソラはずっと外の景色を見ていた。――いや、見ているようでいて、実は何も見ていなかった。
 今の彼女の心にあるのは、重い自責の念と無神経な自分への苛立ちだった。

 ――あれだけ痛い目に合わされたのに、まだキズナより孤高が強いなんて思ってるの?

 式典の日、去り行くソロに向かって自分が投げつけた言葉。
 あの時はまだ何も知らなかった。でも、彼が孤高である事に高いプライドを持っている事は知っていたはずだ。
 それが解っていて、自分はあの言葉を投げつけた。半分苛立ち任せに。

 ……浅はか過ぎる。

 思えば自分は、ソロと最初会った時からそうだった。どんな過去があるか知らないが、一人の殻に閉じこもる彼が馬鹿だと、本気で思っていたのだ。
 でもスバルを初めとする色々な人に、彼の凄絶な幼児体験を聞かされ、そう考えてしまった自分を恥じた。
 閉じこもる以前に、彼は人との繋がりを断ち切られた。人の悪意や恐怖そのものに傷つけられ疎まれても、必死に生きる彼は馬鹿ではなかった。
 彼を偏見の目で見るのはやめよう、そう思っていたのに。
 それどころか、彼の目的を「KNステーションの破壊」と勝手に思い込み、スバルに助けを求めようとした。
(私は結局、ソロ君を見ていなかったんだ)
 怯えてスバルの影に隠れて見続けていたのだから、何も見えない。何も見えないから、自分の憶測だけで彼を想像し、無責任な言葉で傷つける。
 これでは彼が自分達を無視するのも、解る気がする。偏見と無神経の目で見る相手を、誰が目に入れようとするのか。
 でも、とミソラは自責の念を少し止める。

(それでも彼は、私を助けてくれた)

 あの後ハープは教えてくれた。意識が朦朧となって倒れそうになった自分を、ソロが抱き上げて部屋まで運んでくれたこと。
 そして彼が、自分を満足させるためだけにハープに嘘を強要させたこと。
 彼は、本当は「やさしい」のかも知れない。ただそれが、自分達の範疇から少し離れているだけで。
(ソロ君と、もう一度話がしたい)
 会えなくてもいい。せめてもう一度話をするチャンスが欲しい。
 そうすれば自分は、少し彼と向き合える気がする。彼の事を、ほんの少しでも理解できる気がする……。
『ミソラ』
 ハープに呼びかけられ、思考の海から浮かび上がる。
「何? ハープ」
『ごめんなさいね。貴女に嘘をついてて』
「別にいいよ」
 嘘をつかれた事自体は少し悲しかったが、嘘をついた理由は間違っていなかった。確かに、スバルの名前を出されて自分は満足したのだ。
「……ねえ」
『何?』
「ハープから見て、ソロってどんな人?」
 別に深い意味はない。ただ何となく――本当に何となく、聞いてみたくなったのだ。
 ハンターVG内にいるハープは、しばらく黙り込んだ後に『不器用な子ね』と答えた。
『今まで色んな人に会ったけど、彼ほど不器用な子は始めて見たわ』
「不器用?」
 オウム返しに問うミソラ。てっきり怖いとか厳しいとかが来ると思っていたので、この答えは意外だった。
『戦う時以外は全く不器用よ。自分の気持ちを整理するのも、他人を思いやるのも、嘘をつくのも、何もかも』
 そんな風には見えないが、ハープにはそう見えるようだ。ミソラは改めて彼の言動を思い返してみるが、やっぱり思い当たるところはない。
『スバル君とは確かに正反対だわ。あの子はナチュラルに人を思いやれるし、自分の気持ちも言える。
 だけどソロは違う。自分に嘘をついておかないと、ロクに会話も出来ないのよ。生きてるだけでいっぱいいっぱいでしょうね、多分』
 今度は最後のところだけ理解できた。確かに彼は生きているだけでも精一杯な、そんな張り詰めたところがある気がする。
 スバルや自分とは全く違う、孤高の少年。
 いつかは彼と、分かり合える日が来るのだろうか。

 

 1時間ほどかけて、ようやくWAXA日本支部に到着した。
 入り口ではシドウとアシッドが待っていて、挨拶もそこそこにすぐに中に入るよう進められた。戸惑いつつも、スバルたちは中に入る。
 そのまま連れて行かれたのは、何と司令室の奥にあるメインコンピュータルーム。サテラポリス本部だと思っていたので、少し驚いた。
「ここですか?」
「そう、ここ。ここが一番安全だからね」
 安全? シドウの謎の言葉に、全員が顔を見合わせた。
「どういう事です?」
 スバルが問うと、シドウは「博士が来てからな」とだけ答えた。どうやら、一時保留らしい。
 さほど待つことなく、そのヨイリーが来た。
「みんな、待たせたわね」
 人懐こそうな笑みを浮かべ、ヨイリーはこの場にいる全員を見渡す。相変わらず元気そうなので、スバルはほっとした。
 さて、ヨイリーが来たと言うことは、今回はそれほど拙い状況なのだろう。また世界征服をたくらむ組織が動いているのかもしれない。
 内心身構えるスバルに気づいているのかいないのか、シドウは気楽な口調で話を切り出した。
「とりあえず、まず話すべきなのは今の状況だろうな。

 ……正直言うけど、今世界は、ある意味かなりヤバイ状態にある」

「「!?」」
 シドウの言葉に、全員に戦慄が走る。
「でぃ、ディーラーみたいなのですか!?」
 泡食ったキザマロの問いに、シドウは首を横に振って否定する。
「今回のは、ディーラーやドクターオリヒメのような解り易い奴じゃない。何せ、表立って世界征服とか言い出してないからな」
「そしてそこが問題なの」
 シドウの言葉をヨイリーが引き継いだ。シドウとアシッドを除く全員の視線が、ヨイリーに集中する。
 ヨイリーはその視線を全部受け止めて、きっぱりと言った。
「今回の敵は、キズナなの」

 ……全員が絶句した。

 スバルたちが硬直から解放されたのを見計らって、ヨイリーが話を続ける。
「敵はね、ブラザーバンドやレゾンに目をつけたの。
 ブラザーバンドやレゾンは、いわば人と人を繋ぐ糸。これが普及されている今、世界はたくさんの糸で大きな網が作られている。
 ……解るかしら?」
 そこまでは何とか解るので、全員がうなずく。ただFM星人であるウォーロックたちは、ちょっと不思議顔だったが。
 数百年前に「WWW(ワールド・ワイド・ウェブ)」と呼ばれたシステム。このシステムが基本となり、今のキズナシステムに至っている。
 つまり、世界は見えない糸とそれが生み出す網で構築されている。複雑に絡まったり繋がったりすることで、その網が強く広がるのだ。
「それらはとても複雑で、量も凄く多いの。でも、何らかの形でそれが一つになったら?」
 問いかけの内容が抽象的で、スバルたちにはどうにも答えられない。多分、拙い事だとは思うのだが。
 ヨイリーの方も解るとは思っていなかったらしく、笑ったままその答えを出してくれた。
「前、スバルちゃんはロックマンとして世界中の人々の心を一つに纏め上げたわ。そして素晴らしい奇跡を起こした。
 もしそれが人工的に作り出せるとしたら、それは必ず私達人類の更なる発展に繋がるわ。でもね」
 ――ここでヨイリーは深々とため息をついた――

「世界中の人々の心を一つにさせると言うのは、実はいい事だけとは限らないの。
 もし仮に、その一つになるための『想い』が何らかの方法で摩り替えられたら、それは洗脳にもなるのだから」