All in One・10

 WAXAに正面から入るのは初めてだ。来た事はあっても、中に入らなかったり襲撃だったりと、まともな来訪ではなかった。
 中に入る以上仕方がないから、と言われたので、指紋登録をして中に入る。
 そのまま案内されたのは、客人応対用の小さな部屋。案内してくれたシドウは、「そこでしばらく待っててくれ」と言い残して出て行った。
 言われた通り、ソロは立ったまま待つ。どうせすぐに誰かが来るだろうから、その時座ればいい。
 予想通り、シドウはすぐに戻ってきた。連れて来たのはWAXA長官と、代表博士のヨイリーだった。直接の面識は無いが、一応名前だけは知っている。
 シドウが軽く紹介すると、長官は責任者らしく尊大な態度のまま挨拶してきた。ヨイリーの方はにこにこ笑ったまま、軽く頭を下げる。
「こんにちは、ソロちゃん」
 いきなりの「ちゃん」付けに、ソロは頭が痛くなってきた。帰りたくなるのをこらえ、むすっとしたままソファに座ると、残りの3人も揃って座る。
「それで、依頼とは何だ?」
 長居する気はないので、いきなり本題から入る。正直、目の前の3人のうち、2人は変に話を長くさせそうな気がしたのだ。
 もうちょっと間や空気を考えればいいのに、とぼやくヨイリーをなだめつつ、シドウは話を切り出した。
「ソロ、お前があの船で持ち出そうとした品について、少し説明してくれ」
「……『スピリトゥス』の事か?」
 あえて名称を出したのは、サテラポリスは悪用しないだろうという最低線の信頼からだ。それがなければ、まずここに来ようとも思わない。
 名前を知らなかったらしいシドウは少し首を傾げるが、すぐに「それだ」と肯定する。
 しばらく悩んだ後、軽く説明する事にした。
「あれは、人の心に直接干渉する祭具だ。どういう仕組みかは知らんがな」
「使い方は解るか?」
「……さあ? オレは考古学者じゃないし、研究する気もない」
「そうか……」
 ヨイリーや長官と目配せしあうシドウ。その意図は読めないが、どうやら彼らもあれの恐ろしさに気づいているらしい。
 しばし、沈黙が落ちる。少しソロがイライラしてきた頃、ようやくヨイリーが口を開いた。
「ソロちゃん、そのスピリトゥスが収められていたKNステーション付近の異変……もう知ってるわよね?
 一つはサテラポリス、もう一つは完成記念式典のステージ」
 ソロは無言でうなずく。
「今は誰も気づいていない。だけど、それは間違いなく世界を壊すわ。緩やかな破滅を止めるためには、それに気づいた人が動かないといけない」
 解るわよね、と聞かれるが、どう答えようもないので黙って続きを促した。
「そこでだ」
 今度口を開いたのは長官だった。少し苦虫を噛み潰したような顔で、こっちを見てくる。
「君に、この事件解決を依頼したい。無論、報酬は払うし、我々も全面的にサポートする」
 そう来たか、とソロは内心つぶやいた。この事件の先にいるのは、間違いなくスピリトゥスを設置するよう命じた者――グリューテルムだ。
 今世間で善人として取り扱っているこの男に対し、サテラポリスは大きく動く事は出来ない。だからこんな形で奴を追い詰めようとしているのだろう。
 それに、「見た目は」平和なのだ。下手な波風を起こして、もっと大きな事件に転がっていくというのを避けたいのもあるかも知れない。
(ふん……)
 ソロとしては、そのような建前や見た目の問題などどうでもいい。いかに早くスピリトゥスを回収できるか、それだけが問題なのだ。
 しかし、盗んだ輩が悪用している以上、それ相応の報復は与えないといけない。その時、彼らと揉め事を起こすのは面倒だ。
 サテラポリスが全面的にサポートすると言うなら、ここで受けておけば以降サテラポリスの妨害はなくなる。大きなメリットと言えるだろう。

「……いいだろう」

 ソロの言葉に、3人の顔が驚き一色になる。オーバーすぎる気もするが、無理も無い。
「ひ、引き受けてくれるのか!?」
「あくまで引き受けるだけだ。貴様らと協力するわけではない」
 手を握ってきそうな勢いの長官に、きっちりと釘を刺す。この勢いだとサテラポリスに組み込まれそうだったので、しっかりさせておかないといけない。
 長官は引き受けてくれただけでも嬉しいらしく、「それでも構わん」と言った。
「気に食わない事があれば、すぐにでも降りるからな」
 もう一度釘を刺すと、クライアントの一人となったシドウに視線を向けた。
 シドウの方も何が言いたいのか理解したらしく、いつの間にか隣にいたアシッドから資料を受け取って、本格的な交渉を切り出してきた。
「とりあえずだ、そっちの要望としては『サテラポリスは全面的にバックアップ』ぐらいか? お前の性格上、一緒に行動なんて耐えられないだろうし」
「……それと、オレへのマークを外せ」
「……鋭いねぇ」
 遊撃隊へのスカウトが来る前も、ソロは自分がマークされている事に気づいていた。おそらく電波変換できる技量と、今だ謎の多いムーを知る事からだろう。
 それ以外にも、ソロはいくつもの傷害罪持ちだ(自分としては正当防衛と報復なのだが)。叩けば埃は出て、サテラポリスに睨まれる。
 3人は少し難色を示すが、やがてその条件を飲んでくれた。マークできないのは困りものだが、ここでソロを怒らせる方が拙いと判断したのだろう。
 シドウが気を取り直して話を続ける。
「金の方は……それほど拘るタチじゃないよな?」
「……ああ」
 修行がてらのウィルスバスティングで金が増える一方、食べ物ぐらいしか使う物のがないので必要以上に貯まっている。
 でももらっておいて損はないだろうから、シドウが出した金額をそのまま受け取る事にした。……正直、どれほどの価値があるかさっぱり解らないが。
「んじゃ最後……。
 アドレス、教えてもらおうか」
「……ちっ」
 シドウの最後の要求に、ソロはつい舌打ちをしてしまった。
 おそらく来るとは思っていたが、実際来ると断りたい気分になる。他者にアドレスを教える、それは一つの繋がりになるからだ。
 人との繋がりを極度に嫌い、恐れるソロにとって、これほど苦痛の条件は無い。
「……条件がある」
 血を飲み込むような苦しさを覚えつつ、ぼそりと言う。
「はいよ」
「誰にも教えるな。それと、全てが終わったら速攻で破棄しろ」
 ソロの出した条件に対して、やけに疲れたような声でシドウは約束してくれた。
「……そりゃ言われなくとも」

 

「……ふぅ」
 珍しく体の疲れを感じ、ソロはため息を付く。
 あれから1時間ぐらい話し合い、ようやく相談が纏まった。
 スピリトゥスはソロが厳重に保管。事が終わったらそのままムーの遺跡に戻す事になった。ヨイリーが研究したがっていたが、そこまで親切にする気はない。
 サテラポリスはKNステーションを徹底的に調査し、精神操作関連について詳しく調べ上げると言う。これは専門分野ではないので、好きにさせた。
 ソロは残る一つのスピリトゥスを奪還し、KNステーションを止める。とりあえずそれさえ抑えれば何とかなる、とヨイリーは分析した。
 グリューテルム博士に関しては、証拠が揃ってから追求するとの事だ。まあ報復する事には変わりないのだが。
 とりあえずは行動だ。まだスピリトゥスは揃っていないし、謎だって残っている。ソロは意識を強引に修正し、目の前を睨んだ。

 

 ゲートをくぐって出て行く後ろ姿を、会議室のモニターで3人が見送っていた。
「彼があっさり引き受けてくれるとは……」
「筋を通せば話は聞くし、自分のプライドが傷つくようなやり方じゃなければ引き受けることもある。真面目なんですよ、不器用なまでに」
 長官の驚きに、シドウが自分の考えを言う。
「あの時は、それを知らなかったから失敗しましたけど」
「守るものが、私達と大きく違うのよね。見てる世界も」
 ヨイリーも話に参加してきた。
 彼女の視線は、遠くを見ているソロに行っている。
「あの子にとって、自分と他の人間は根本的なものからして違うと思ってるのかもしれない。群れに入れない狼ね」
 キズナを失って滅びた一族、ムーの最後の末裔。
 人々から追われて逃げながら生きていた先祖と同じように、彼もまた人々から否定されて生きている。それでも彼は、この世界で生きている。
 今の世界に居場所を求めるのではなく、自分の誇りでもある血という世界に自分を見出そうとしていた。
「……我々は、本当に無力だな」
 長官が、色々な思いをこめてつぶやく。
 人との繋がりを重視する時代になっても、今だに差別や偏見による問題は残っている。見下し、嘲笑う下卑た心は、そう簡単には消えはしないのだ。
 あの少年はそれがある限り、現代人を許すことは無いのだろう。
「本当に、無力だ」

 

「んー、中々いい絵だったねぇ。切なく淡い恋物語って感じ?
 ……さ、最後は本命と行こうか。最大イベント、ロックマンとの対戦だよ!」