All in One・1

 

 

 ――――――さあ、ドラマを始めよう。

 

 

 太平洋を、一隻の豪華客船が行く。
 外見だけで「一般人お断り」なその船は、約一ヶ月間の船旅を予定しており、今のところたいした問題もなく海を進んでいた。
 三ツ星シェフの中でも選りすぐりの者たちが提供する豪華フルコース、世界中の酒を集めたであろうバー、美女たちをますます美しくするエステ。長い船旅を楽しませるための工夫も、船には用意されていた。
 ……だが、それだけの設備では、この船に乗る「客人」達を満足させるには至らない。
 この船に乗り込むことが許されているのは、世界的にも有名な大富豪、超巨大会社の社長など、VIPの中のVIPのみ。彼らを満足させるには、その程度の設備では物足りないのだ。
 彼らが何よりも楽しみにしているのは、この船内で行われる「イベント」。公に出来ない秘密の「イベント」であった。

 汚れ一つない赤絨毯の上を、3人の人間が歩いている。この豪華客船では似つかわしくない、薄汚れた白衣を着た男が先頭に立ち、1組の男女に語りかけていた。
「キズナってさぁ、素晴らしいよね」
 良く言えばフレンドリーな、悪く言えば馴れ馴れしい口調で、白衣の男が切り出した。
「人間一人で生まれて一人で死ぬけど、一人じゃ生きていけない。だから、誰か番いを求める。誰かと友達になろうとするわけだ。
 何で? そりゃあんた、生き物は一つの固体では生きていけないと『設定』されちゃったからさ。だから一人でいると、『寂しい』とか感じるわけ。これは本能が、『このままでは支障が出る』と判断するからだよ」
 影のように後ろを付いて行く男女は、何一つ答えない。ただ、サングラス越しに視線を交わすのみだ。
 白衣の男はそれを知ってか知らずか、持説を語るのをやめない。
「1日を過ごす程度なら、一人でもやっていけるかも知れない。でも、人生を生きるとしたら、もう一人じゃ無理無理。二人以上いないと、根本的なモノが成り立たないわけ。
 キズナってのは、要するに『人間が生きていくための最低限の常識』でもあるよね。つまり」
「つまり?」
 後ろを歩く男が、続きを促す。
「あのヒーローが世界を救えたのは、そんなわけ。『人間が生きていくための最低限の常識』を全員が理解したから、ヒーローを信じた。だからヒーローは勝って帰ってきた」
「なるほど。一人では生きていけない……一人では勝って帰って来れないという事を、皆が理解したということですね」
 後ろの男が理解を示すと、白衣の男はにやにやと笑みを浮かべた。
「そう、そこまではただの常識だ。だけど、僕はそれをさらに追及した。主に『皆が理解した』という点をね」
「……どういうことですか?」
 白衣の男の言葉に、今まで黙っていた女が口を開いた。色の濃いサングラスのせいで、彼女の表情は読めない。
 女からの問いに、白衣の男は待ってましたと言わんばかりに答えた。

「『キズナ・ネットワーク』……略して、KNさ」

 3人の足が止まる。
 彼らの目の前には入り口――今夜行われる「イベント」会場の入り口があった。

 

 時をほぼ同じくして。
 あの3人組とは違う場所を、一人の少年が歩いていた。
 やや白に近い銀色の髪にルビーのような真紅の瞳。薄めの褐色肌を、あまり見たことも無い漆黒の服が包んでいる。鋭いナイフを思わせる少年だが、あまりにも鋭すぎて誰一人として声をかけない。

 ――だから、誰一人として気づいていない。彼がこの船の正式な乗客者ではないということを。

 この豪華客船は乗船口が一つしかなく、そこは電波による精密な検査と手続きを踏まない限り、通ることは出来ない。乗船客が全員彼を疑わないのは、その強固なセキュリティへの信頼もある。
 そもそも今回は招待状を持っていない限り、この船に乗ることは不可能なのだ。この少年に、そのような物が渡されたようには見えない。
 それなのに、彼はこの船にあっさりと乗り込んでみせた。まるで手品のように、強固なセキュリティを全て無視したのである。
 ……ふと、少年の足が止まった。
 辺りを探るように周りを見回したかと思うと、ある一点――天井の端に視線を向ける。そこには何もない。豪華なシャンデリアが重そうにぶら下がっているだけだ。
「……行け」
 少年が淡々と命じると、彼の周りの空間が少し歪んだ。何かが一瞬現れ、そして姿を消したのだ。
 何かが向かったのは、少年が凝視している天井の端。ここからでは解らないが、極小サイズの監視カメラが埋め込まれているのである。
 しかし、監視カメラは人間には見えないようにセットされているはず。それを少年は見つけ出し、何かを送り込んだ。
(……確かに普通の人間では、絶対に見えないがな)
 自分の体質は、こんな時ぐらいしか役に立たない……と少年は内心ため息をついた。

 

 壁際に置かれた大時計が、時間が来たことを厳かに知らせる。
 一番奥にいた司会進行役が確認すると、手に持ったマイクで会場にいる客全員に呼びかけた。
『ご会場の皆さん、長らくお待たせいたしました! これより、オークションを開催いたします!』
 歓声、とまではいかないが、大きなどよめきが会場内を満たす。
 司会者はそれに満足し、今回の「イベント」――オークションについての説明を始めた。しかし、その説明をまともに聞いている者はほぼいない。大半は近くにいる自分の同僚と相談中だ。
 会場の後ろに立つ白衣の男とサングラスの男女は、そのどれにも入らない。ただ目の前で起こっているイベントを、達観したような目で見ているだけだ。
「いいんですか? あれを手放して」
 サングラスの男が、白衣の男に話しかける。これから出される「商品」の中には、彼が求める物もあるはずだ。
 だが白衣の男は、「いい研究資金が手に入るならね」と飄々とした顔だ。
「研究には常に金がつき物……そうだろ?」
「ごもっとも」
 単純な正論に、サングラスの男は肩をすくめた。
 その間にも、司会者の説明は続いていた。いつの間にか諸注意ではなく、最初に出る目玉商品の説明へと変わっている。
『えー、皆様もご存知でしょう。『メテオG事件』の前に起きた『ムー大陸事件』。あれにより、ムー大陸のテクノロジーが今の時代よりもはるかに上回っているという事が明かされました。
 我々としては、そのテクノロジーをどうしても欲しいでしょう。ですが、主な遺跡はサテラポリスによって封鎖・管理され、そのテクノロジーは封印されたまま!』
「……言うねえ」
 司会者の説明に、サングラスの男が少し毒を含んだ声でつぶやく。それを聞いたのは、寄り添うサングラスの女だけだったが。
 男のつぶやきが聞こえない司会者は、力説するかのように握りこぶしに力をこめていた。
『ですが! 今夜はあるルートを使って入手した、そのテクノロジーの一部を皆様にご提供しようと思います!』
 司会者がさっと手を上げる。

 ……上げただけだった。

『……あれ?』
 間の抜けた声が、マイクによって拡大される。それによって、客人たちの間にざわめきが広がり始めた。司会者が慌てて舞台袖に消えると、そのざわめきは本格的に大きくなる。
 その中でも、白衣の男とサングラスの男女は冷静だった。特に白衣の男は、あははと軽く笑う。
「どうやら、墓守君が来ちゃったみたいだねぇ」
 ――ここで後ろの男に視線を向ける――
「んじゃ、後はよろしく。
 ……暁シドウ君、クインティア君」
「はいはい」
 名指しで呼ばれたサングラスの男――暁シドウは、仕方ないと言う感じでサングラスを外す。隣の女――クインティアは、シドウとは正反対に静かに外した。
「ご無事で、グリューテルム博士」

 

 二人が会場から出たのを見て、白衣の男――グリューテルムは白衣の袖に隠れていたハンターVGで、自分の部下達に命じた。
「例の子、どこ行ったか解った? 今エース君たちが向かってるから何とか食い止めて。ブツはその時取り戻すよ。……大丈夫、『スピリトゥス』は絶対に戻ってくるよ。僕の元にね。
 だって例の起動実験もここで始めちゃうから」
 気楽に命令を告げると、グリューテルムは近くにいるウェイターにブランデーを注文する。

「さ、始めようか。今回の敵は『キズナ』だよ! 孤高の戦士ブライ君!」