自分はどこへと行くのでしょうか。
その疑問だけが頭から離れない。
ヘブンズドア領域は危険地域とされているが、領域全体が危険とされているわけではない。
危険と認定されているのは、中心にある「ヘブンズドア星」である。この惑星付近で重力震が起きると、大抵ブラックホール(だと思われる)が発生し、人が消えるのだ。
クレスの弟であるセレンも、それにより消えた。だからメタモアークは、ヘブンズドア星付近になると厳重な警戒態勢を敷きながら先へと進む。
「そうだ、警戒レベルはレッドで。どんな些細な変化でも見逃すな。正確に報告しろ」
戦闘中と同じくらいの緊張感を漂わせながら、クレスは部下たちに命令していく。その部下たちもヘブンズドア領域の恐ろしさは知っているので、素直に従った。
今のところ、メテオやコメットの襲来はない。戦闘チームは待機で、忙しいのは主にオペレーターだ。修理もしたので、技術工も今は休んでいる。
その忙しいはずのオペレーターの一人、レイはモニターや計器を見てはいるものの少し気を抜いていた。外見年齢と同じ精神年齢の彼女は、何もないのに弱い。
「ヘブンズドア領域、ってもっと怖いところかなって思ってたんだけど、結構何もないのねー」
レイはこの魔の領域に来るのは初めてだった。データでいくつも脅かされたものの、実際に見てみれば何のことはない、ただの領域と変わってない気がする。
もっとどーんとこの世の地獄のような風景だったら、それらしかったのに。
そんな事を思いながら、レイはモニターやセンサーで近づいてくるヘブンズドア星の表面をチェックして回る。大気成分はあるけど、気候などはなし。見てて飽きない場所ではない。
地表は硬そうで、海はない。建築物は全くない…と思いきや、何か像みたいなのがいくつかある。
「ん? あれ何かな」
異変ではないので、クレスには聞こえないように小声でつぶやく。その呟きを唯一拾えたスターリアが、これまたクレスに聞こえないようにこっそりと答えた。
『ヘブンズドア星で唯一確認されている建築物、『賢者の像』ですね。このヘブンズドア領域から帰還した行方不明者をかたどっているようです』
拡大して見てみると、どうやら7体あるようだ。大小様々な像が揃っていて、芸術品としても価値が高そうだ。
……と、そこで何か違和感。首をかしげながらもう少し拡大すると、像の前に何かがある。最大に拡大してみて、レイが素っ頓狂な声を上げた。
「あー、誰か倒れてる!」
「何だと!?」
大声を上げてしまったので、後ろのクレスたちにもばっちり聞こえてしまった。慌てて口を押さえたが、後の祭り。
何となく気まずくなって、レイは小声で「誰か倒れてます」と小声で言い直した。それから、機器を操作して拡大した画像をブリッジにいる全員に見せる。
距離が遠いのでよく解らないが、倒れているのは少年のようだ。真空状態に近いこの場所で、何の装備もない。死んでいるのか、と思われるが、かすかに彼は動いていた。
誰もがそれに驚いたが、一番驚いたのは他でもない、艦長のクレスだった。
「…………!」
息を飲んだかと思うと、次の瞬間は弾かれたように席から立ち上がる。
「あ、か、艦長!」
「どこへ行かれるのです!?」
フィアとサーレイの言葉も聞かず、クレスはあっという間にブリッジを出て行った。後に残るのはあっけに取られた女性たちと、やれやれと肩をすくめるフォブだけである。
ブリッジの妙な沈黙はしばらく続いたが、スターリアを介しての通信がそれをさえぎった。
『おい、艦長一体どうした!? 何も言わずに出て行ったぞ!』
どうやらエアロック付近でハッチなどの調整をしていたらしいベルティヒが、がなり立てるように説明を求める。
事情を知らないオペレーター+αは互いに顔を見合わせるしかなかったが、唯一フォブだけがいつもと変わらない態度で答えた。
「後で説明します。要救護者が出ましたのでね」
フォブの説明にベルティヒは首を傾げたが、それでも今問い詰めるのはよくないと思ったらしく、首をかしげながらも通信を切る。
まだ困惑している女性たちに向かって、フォブはのんびりとサーレイに「艦長の動きを見落としていたらダメですぞ」と注意を促した。その一言で、三人は慌ててモニターに張り付く。
ブリッジ内で困惑していた中、宇宙服をつけて飛び出したクレスは惚れ惚れするような動きで、少年が倒れている場所に向かう。
「艦長すごい……」
「そりゃそうですよ。アルデバラン家出身は伊達ではないという事です」
感嘆の域をもらした誰かの言葉に、フォブは笑いながらクレスの事情を少しだけ語る。クレスがルナ=ルナでも有名な、アストロノーツの名門の一家出身だった過去を。
「……ですから、あの程度なら大事でも起きない限りすぐに帰ってきます」
フォブの言葉を裏付けるように、モニターに映るクレスはあっという間に少年の元へとたどり着き、彼を背負って戻ってくる。
サーレイはハッチを開くようにスターリアに命じた。
「で、連れてきた子ってのはどういう子なの?」
ヘブンズドア星で、少年を保護して数時間後。クレスが戻ったブリッジで、フィアがレザリーに聞いた。
少年の意識がないと解ったクレスは、真っ先にレザリーの元に連れて行かれた。意識はないものの身体に異常はないとレザリーは判断し、しばらく彼について調査していたのだ。
ちなみに少年の意識はまだ戻っていない。栄養失調で衰弱されたら困るので、栄養剤を打った後ブリッジで報告と相成ったのだ。
聞かれたレザリーはどこか気だるげそうに肩をすくめると、さらりと報告した。
「とりあえず体組織は私たちと同じ。真空では耐えられない身体のはずなの。……まぁ、それはあの子が普通だったらの話」
「どういうことだ?」
「あの子は超能力であの場所にいられたのよ」
レザリーの言葉に、全員が彼女の正気を疑ってしまった。
だが当の彼女はどう見てもいつもと変わっているところはなく、皆の反応はお見通しだといわんばかりにため息をついた。
「これは私のカンで、科学的な根拠はまるでなし。でも結構いい線行ってると思うわ」
確かに、超能力などの解明不可能の力が働いていると考えれば、あの場所に彼がいたのも説明はつく。説明はつくのだが……。
クレスたちはううむと唸るが、唯一フィアだけはなるほどと納得顔になった。
「超能力…にわかには信じられませんねぇ」
「ですが、超能力の存在はだいぶ前から判明されてます。私の母星であるファイアムなんかは、数年に一人はマグマを操れる子が生まれますから」
ファイアムでは、マグマを操る能力を持つ人間は重要視される。灼熱とマグマの星で人が何とか生きていけるのは、その人間がマグマを上手く調節しているからだ。
その例を出されて、さすがに超能力の存在を無視できなくなるクレスたち。となると、レザリーが言った通り、彼には超能力があるというのか。
彼らがレザリーの考えにあまりうなずけなかったのは、超能力の存在があやふやで信じきれなかったのもあるが、もう一つ理由がある。
ヘブンズドア――天国の門と呼ばれるこの場所で生きて帰ってきたらしい7人は、全員がその超能力を持っていたという。そしてその超能力は、人知を超えた凄まじいものだとも言われている。
人知を超えた力を持つ七人の帰還者。いつしか彼らは「七賢」と呼ばれていた。
クレスたちが恐れていたこと。それは保護した少年がその七賢の一人ではないか、ということだった。
ひた、ひた、とそれは足音なく入ってくる。
静かで、あまりにも平凡な侵入――というより、訪問のような感じだった。
だから、誰一人としてそれが来たのに気づかなかった。
たった一人を除いて。
クレスたちが話し合っている中、病室で少年が目覚めた。
「ここは……?」
つい口に出てしまうが、それに対して答えてくれる者はいない。ゆっくりとベッドから起き上がった。
何もわからない現状をどうにかするには、このまま立ち止まって待つか、それともここから出て調べるか。
とりあえずこのまま待った方がいいかもしれない、そう思ってベッドに腰掛けるが。
……………………ぉぉぉぉぉん…………………………
「!!」
“泣き声”に、その腰を上げた。
周りに人はいない。どこに誰がいるのかは知らないが、おそらくさっきのに誰も気づいていないはず。
少年はドアのロックを軽く外して、表に出た。