ロウシェンから今後の進路を聞いたディアキグの言葉は、「そうか」の一言だけだった。
「軍を出る以上、教授と別れる事になりますが……」
「俺にいちいち報告する必要もないだろう」
薄情とも取れる言葉だが、ディアキグが口下手なのを知っているロウシェンはいつもの微笑みを浮かべる。
「メガドームに戻った後、どうする」
「大学に戻りますよ。昔の友人から誘われているんです」
手紙が届いたのは、つい昨日の事。内容は一息ついたらうちの大学で研究を手伝ってほしい、と言うものだった。
昔の自分ならやんわりと断ったかもしれないが、今回はその申し出を受けた。それも、ほぼ即決で。
色々やってみる、結構じゃないか。今のロウシェンはそう考えていた。強制でも何でもなく、ほぼ素で。
「教授は退院したら、ここの研究所に?」
無言で頷くディアキグ。
「3人が寂しがると思いますが……」
「もう俺がいつもついてやるほど、ガキでもあるまい。それに、そこまでヤワい奴らではない」
それは俺が一番よく知っている。
その言葉に、ロウシェンは改めて微笑んだ。
もう自分が心配することは何もない。穏やかな気持ちで、ここを出る事が出来そうだ。
あの戦いの後、メタモライトは軍にそつなく回収された。今どこにあるかは、一部の者以外知らないだろう。
『まあ、施設内ならこうして会いに行けるんだけどね』
ディアキグの隣で、霊体のカナがくすくす笑う。メタモライトが安置されている場所とディアキグが入院している病院、割と近いのかも知れない。
肝心のディアキグの方は、何も言わずカナの方を見ている。聞きたいのはそういう話ではないからだ。
カナの方もそれを悟ったらしく一息ついてから、ぽつぽつと話し始めた。
『メテオスがなくなったことで、地球は完全に消滅した。逆に言えば、地球を再生できるレシピが誕生したって事になる』
「だが、『お前ら』はそれを望んでいないのだろう?」
あえて「お前ら」と言ったのは、カナも今は望んで使者として生きていると思ったからだ。そしてその思いは、カナの頷きで確信となった。
『みんな、もう疲れてるんだよ。だから休める場所を探して、魂がさまよい始めてるんだ』
他の惑星にあるメタモライトも、既に安息の地を求めて旅立つ魂が出始めたらしい。それらを導く者が必要だとカナは語った。
「お前がそれをやるのか?」
『もちろん、僕だけじゃないよ。でも数が数だから、かなり大変な事になるね。
……ざっと見積もって、50年はかかると思う』
「……そうか」
50年。
長い時間だ。自分は間違いなく老年だし、カナもそれに近い年になる。
しかもその年数もざっとした見立てだ。実際にどれくらいかかるか、それは誰にも解らない。早いかもしれないし、遅いかもしれない。
だが、それでも。
「……待っててやる」
全部終わって目を覚ますまで、ずっとずっと待ち続けよう。そして目が覚めたその時には、大役を終えた息子を抱きしめてやろう。
『ありがとう、父さん』
カナがにっこりと笑った。
メタモアークが連合軍本部から出発した。
地上の景色があっという間に雲と空だけになり、やがて宇宙へと変わる。
「出発しちゃったんですねぇ……」
追加されたクルーやルミオスの情報をまとめつつ、フォルテが感慨深くつぶやく。その声色に寂しさがあるのは、ラキの気のせいではないだろう。
「これから私たち、どうするんですか?」
へっぴり腰で(まだ先端恐怖症は直っていないらしい)工具の点検をしているサボンが、こっちを向いた。
あの戦いを乗り越えたにしては、微妙に頼りない二人の部下。だが、安心できる仲間。
そんな部下たちを一瞥して、ラキはぼりぼりと頭をかいた。
「当面はビュウブームたちの調整やフレームテストだな。特に、新フレームはろくなテストしてねぇし」
「新型を作るとかは?」
「全然考えてない」
ラキはきっぱりと言い切った。アイディアがないわけではない。ただ、作る気がないのだ。
当面は、あいつらだけでいい。伸びて行く様を、近くで見守れるだけでいいのだ。
ジェネシスシリーズを超える機体を目指すつもりがないと言えば、嘘になる。だが、その超える機体は自分で作るのではなく、機体自身が目指すものだ。
自分はその手伝いが出来ればいい。
サボン達はそんなラキの気持ちが解ったのか、深くは追及してこなかった。
「お前らも、それでいいよな?」
それでもあえて聞いてみると、二人はこくりと頷いた。サボンが穏やかな笑みを浮かべて付け加える。
「私たちは、少尉のサポートをするのが役目ですから」
「……そーかい」
聞くだけ無駄だったか、とラキは笑った。
『メタモアークは現在、廃棄惑星を通過中。この進み具合で行くと、およそ三十分で廃棄惑星のエリアを通過します』
だいぶ前に聞いたような、スターリアのアナウンス。確か、メテオスが襲来する前から廃棄惑星とされていたはずだ。
なんとなく懐かしさを感じていると、ふと話したかったことを一つ思い出す。
「……と、そうだ」
懐かしさから思い出す、小さな裏話。今更だとは思うが、話しておきたかった。
「GEL-GELの名前、何でああなったか知ってるか?」
ラキの問いに、二人は首をかしげた。フォルテがすぐに端末を出して、過去の記録を引っ張り出す。
「えーと……確か廃棄カプセルに『GEnesis Light Guard Earth Last(創世の光を守る、大地の最後の人)』って書いてあったから……ですよね?」
「それもある。だけどな、もう一つ理由があるんだよ」
目を閉じて思い出す、GEL-GELが見つかったあの惑星。
マグマが激しく隆起したことによって、廃棄惑星とされたはぐれ惑星。その惑星についていた名前が。
「あいつが見つかったあたりにあった惑星の名前が、『ゲルゲル』って言うんだよ」
銀河の端の端。
誰もいない、静寂の空間。
かつて地球と呼ばれた惑星があった付近に、一人のアンドロイドが浮遊している。
その顔に、全てをやり遂げた満足の笑みを浮かべて。
その手に、全てを守り抜いた証を握って。
アンドロイドは眠る。全ての力を使い切り、穏やかな顔で。
ただただ、創世の果ての夢を見ながら。
人の子の未来の夢を見ながら。
今はただ、眠りを。
創世の光を守った大地の最後の主に、安らかな眠りを……。