METEOS・78

 当然だが、部隊解散に伴い途中から乗ってきた「客」は全員強制的に降ろされることになる。
 その旨を姫に伝えると、姫は案外素直にそれを受け入れた。
「いいのか?」
 クレスが問うと、姫は素直にうなずく。
「宇宙の脅威は消えた。もう我が乗り続ける理由もあるまい」
 至極もっともな意見だが、こういう意見が彼女の口から出るのは意外だった。てっきり、GEL-GELが見つかるまで残ると言うかと思ったが。
 そんなクレスの考えをよそに、姫はきっぱりと言った。
「帰ってこなければ探してくれ、とGEL-GELは我に頼んできた。我は我で、あやつを探そうと思う」
「……なるほど」
 その言葉に、つい笑みが浮かんでしまった。
 帰ってこないなら探す。これもまた至極もっともな意見だ。自分たちも探すつもりなのだから。
「もし見つけたら、こちらから連絡を入れよう」
「すまぬ」
 クレスの言葉に対し、姫は深々と頭を下げた。
 ずいぶんとしおらしいその姿は、艦に乗っている間は滅多に見なかったと思う。天真爛漫でわがままで、常にGEL-GELを困らせていた。
 彼がいなくなったことは、逆に彼女を成長させるきっかけになったのかも知れない。クレスはふとそう思った。

 姫が退出した後、入れ替わるようにエデンが入ってきた。
「何度もすまないな」
「いえ、メテオの問題は結構重要ですし」

 ……実はメテオスが破壊されてからここ数日、エデンはメタモアークや上層部などあちこち動き回っていた。
 理由は七賢が持つ「惑星レシピ」と、今後のメテオの所持についてである。
 メテオスがなくなったことで、メテオの脅威はなくなった。それは同時に、メテオからの恩恵を受けにくくなることを指していた。
 銀河の外をめぐる天使の輪からいくつかメテオは落ちてきているものの、前よりもはるかに数が少なくなっている。もう無駄遣いはできないだろう。
 無論、メテオに頼らずに生きて行く事は可能である。だがメテオから得られるエネルギーは、馬鹿に出来ない物だったのだ。
 そういうわけで、残っているメテオをどうするかで連合軍はしばし揉めた。一部が「内部分裂を起こすのではないか」と不安になるほどに揉めた。
 そんな中、エデンは「惑星レシピ」を理由にメテオをいくつか譲ってほしいと持ちかけた。
 七賢もメテオを所有しているが、圧殺された惑星を再生するには圧倒的に数が足りない。出来れば、持っている人から譲ってほしい状態だ。
 エデンの持ちかけは、揉めに揉めている連合軍にとって妙案であった。
 これ以上揉めれば本当に内部分裂の危険があったし、惑星が復活すればそこからの避難民を帰す当てが出来る。メリットは多かった。
 即座に七賢全員と連合軍上層部で、所有しているメテオの分け合いが始まった。……とは言っても、3分の1を七賢に譲る形だったが。
 当然、七賢を疑う声はあった。彼らに渡すくらいなら徹底抗戦だ、という過激意見も飛び出したくらいだった。
 だがエデンはそれらの意見を無視し、メテオを受け取った。付き合っていたら時間の無駄だし、何を言っても問題をつつく奴は消えないと知っていた。
 自分たちは宇宙の安定を見守る者。表に出るべき存在ではないのだ。

 メテオ問題はクレスも受け取っていた。先ほど受け取った報告は、メテオは無事に七賢の元に渡されたとの事だ。
「これから君たちはどうする?」
「惑星再生に入ります」
 よどみなく答えるエデン。その声にも表情にも、迷いはない。
「メテオスによって破壊された惑星は多いですし、早いうちから手を付けておかないといつまでかかるか」
 ……模範的解答だった。模範的過ぎて、つまらないとまで思ったくらいに。
 昔の弟だったら、何と言っただろう。
 自分なりの正答を出そうとしてどこかズレた回答をするか、それともウケを狙って滑った回答をするか、それとも悩みに悩んでしまうか。
(……おや?)
 そこまで考えて、ふと首をかしげる。
 今までこの目の前の賢者に、弟の影を見てしまうことは多々あった。うっかりすれば、弟の名前で呼びそうになる事も。
 だが今はそのような思いがない。ただ、見た目以上に立派な賢者に懐かしい思いを馳せる程度だ。
 あの事件から、もう15年の歳月が経つ。
 自分も弟もそれだけの時を過ごした。近くでそれを見れなかっただけで、流れた時は決して変わっていない。
(やれやれ)
 傷が治りかけている脇腹を、そっと抑えた。
 ヘブンズドアでの後悔は、あの時に晴らすことが出来た。助けてという声に、自分はちゃんと応える事が出来た。
 それでいいのだ。
「今更ではあるが……この時を以て、全ての制限を外す」
 立ち上がって、エデンの前に立つ。エデンも、顔を見上げてきた。今の自分と、過去の弟との差を感じつつ、敬礼をする。
「メタモアークを代表し、君らの協力に感謝する」
 エデンも、敬礼を返してきた。

 外で待っていたのか、エデンと入れ替わりでニコが入ってきた。
 頼んでいたお茶を受け取ると、一口飲む。昔から気に入っていたお茶は、相変わらずの味をクレスに提供してくれた。
「終わりました?」
 ニコの問いに一つうなずく。終わればあっけないものだ、とも思う。
 そんなクレスの反応を見たニコは、ほっと安堵の息をついた。
「安心しましたぁ。ルノー様は、セレン様の事に関してはクレス様を心配してましたからねー」
「……親父が?」
「はい」
 初耳だった。
 行方不明のままのセレンよりも、自分の方を心配されているとは思っていなかった。弟に関しては情が薄いと言うわけでもあるまいに。
 だが。
「クレス様は色々と考えすぎるところがあるから、セレン様の事も色々と考えすぎて迷ってしまうのではないか、とおっしゃられてました」
 ……哀しいかな、この一言に納得してしまった。
 確かに、セレンとエデンの事で色々考えすぎた揚句、向き合うことを恐れていた。エデンこそが行方不明になったセレンだと認めるのが、恐ろしかったのだ。
 彼をかばって撃たれてからようやく過去から解放され、最後に敬礼して初めて彼と向き合えた。
 今はもうエデンが誰であろうと関係ないし、セレンが戻ってこない事も受け入れられる。そんな気がする。
「心配をかけさせてたか」
「はい、とっても」
 ニコが笑う。
 今になって彼女がついてきた真の理由を悟り、クレスの顔に苦笑が浮かんでしまった。

 艦の外で、七賢が集まっているのが見える。メテオを譲ってもらい、エデンも無事に解放されたため、もうここに残る必要はないのだろう。
 クレスがまだブリッジに戻らないので、フォブが代わりにサーレイに命じる。
「一応発光信号を出しなさい。内容は、『貴君らの航海の無事を祈る』で」
「それで意味通じるんでしょうか?」
「さあ?」
 サーレイは首をかしげつつも、命令通りに信号を出した。すると信号内容が解ったのか、七賢の中で手を振る者がいた。
 手を振りかえすと、七賢はどこかに消える。どこか辺境にワープしたのだろう。
「これで一段落……でしょうかね」
 ふーっと、大きく息をついた。
 メタモアークに乗り込んでから1年も経ってないが、その間に大きな出来事が起こり過ぎた。正直、いつここに乗ったか思い出せないくらいだ。
 クレスに艦長の座を譲り、自分はずっと楽隠居し続けてきた。若手に成長のきっかけを、とは言ったが、あれは半ば言い訳だ。本当は、ただ単に楽したかっただけ。
 それでも、クレスを初めとしたクルーはよくやったと思う。自分だったらさじを投げていたかもしれない状況でも、最後まで諦めなかった。
「七賢は行ったか」
 いつの間に戻ってきていたのか、クレスが艦長席に座りつつフォブに聞いてきた。
「ええ。代表して挨拶しておきましたよ」
「すまない」
 艦長が席に着いたことで、メタモアークは出発準備が出来た。
 特務部隊は解散したが、メタモアーク自体はまだまだ仕事が出来る。まずは、再建のめどが立ってきたウドー当たりのパトロールからだ。
「クルーの整理がついてすぐに任務とは、つくづく忙しい身です」
「これも仕事だ。仕方あるまい」
「違いありませんな」
 生真面目な艦長の生真面目な返答に、フォブは軽く笑った。