『館長代理! とうとうできたぜ!』
ブリッジにその一言が飛び込んできたのは、リリスのメテオスが飛び去ったのとほぼ同じタイミングだった。
グランネストはメテオスに向かっていたスタッフ全員の無事を確認すると、すぐにカタパルトを開けさせるよう指示する。
思えば数時間前、艦内に入り込んだヒトガタがメテオと同一存在だと判明してから、レグたちは艦内にあるメテオのほとんどを使う「面白い物」を作り始めた。
間に合うかどうか不安だったが、何とか間に合ったようだ。しかも二つ目のメテオス消滅で、最後のメテオスも動きが鈍っている。
さすがに物が大きかったので、カタパルトにセットするのには少し時間がかかった。その間、連合軍に道を開けさせる。
そして。
「セット完了しました!」
「射線軸クリア! 撃てます、艦長代理!」
サーレイとロゥの報告が入る。スターリアが照準を合わせたことにより、全ての準備は整った。
ゆっくりと動くメテオスめがけ、グランネストが叫ぶ。
「銀河巨大フォーク、発・射ぁぁぁ!!」
メタモアークから飛び出したのは、巨大なフォークだった。
もちろん、フォークそのものではない。柄の部分は短く、先端は鋭い。そしてその先端自体が恐ろしく大きいのだ。
しかし、その巨大なフォークも勢いよく飛び出せば武器になる。現に、フォークはメテオスの外壁……ご丁寧にも目玉の部分に深々と突き刺さった。
硬い物質とぶつかったショックからか、フォークはすぐにぼろぼろと崩れ始める。だが、メテオスの方は外壁再生に時間がかかるようだ。
……つまり、突撃チャンスが出来たと言うことになる。
間髪入れず、シャトルとそれを護衛するGEL-GELとヤルダバオトが飛び出す。当然ヒトガタやメテオが襲ってくるが、それは仲間の援護で全て倒された。
シャトルが突入したのを確認し、GEL-GELも内部に侵入しようと外壁に直接降りると。
「じぇねしぃすさぁぁぁぁぁてぃぃぃぃぃぃぃつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!」
「!」
外壁から直接ヒトガタが湧いて、GEL-GELの足を掴んでいた。
足を掴まれたことよりも、GEL-GELによく似たその姿とその口から発せられた怨嗟の言葉がGEL-GELの足を止めた。
フラッシュバックする「記憶」。その記憶に引きずられ、ついヒトガタとかつての兄弟の姿が被る。
「さぁぁぁてぃぃぃぃつぅぅぅぅぅぅ……!!」
再び叫ぶヒトガタ。GEL-GELが震える手でスライドブレードを握り直した瞬間。
ばん
銃弾で眉間を貫かれ、ヒトガタが倒れる。急きょ作成した奴だったのか、あっという間にそれは崩れて消えた。
……撃ったのは。
「先を急ぐぞ」
ヤルダバオトは淡々と言い、内部へと突入していった。
マスター・リリスのメテオスが消えた瞬間、感じたのは何かがデリートされたかのような空虚感だった。
この感覚は、どういうものなのか解らない。マスター・リリスがいれば教えてくれたのかも知れないが、そのマスター・リリスはもういない。
そうだ。マスター・リリスはもういない。先ほどメテオスがどこかに消えたと言う事は、内部にいたマスター・リリスに何かあった――死んだと言う事だ。
「……死んだ?」
自分の思考に出てきたフレーズを、口に出して再生する。死んだ。息絶えた。絶命した。亡くなった。生命反応がなくなった。etc、etc……。
どれらもマスター・リリスがもうこの世にいない事を指している。マスター・リリスだけでなく、アベルも、パンドラも、もういない。最後に残ったのは自分だけになってしまった。
自分は今、一人ぼっちだ。
「……?」
顔のあたりが濡れている。その原因は、目から流れる水だ。ふき取りたいところだが、マスクが邪魔でただ流すだけしかない。
これは知っている。「涙」と言うものだ。人間の感情が高ぶった時、目から流れるとデータにはある。
気まぐれに自分にもつけてみたと、マスター・リリスは言った。ただ自分の性格上、そうそう流れるものではないだろう、とも。
その自分が、今涙を流している。
「……そうか、これが『悲しい』と言う事か」
悲しい。今まで感じたことのない感情だった。
思い返せば、感情に関して深く考えたことはなかった。喜びも怒りも、うっすら程度にしか感じた事がなかったのだ。それが今、大きな空虚感を感じている。
もしマスター・リリスがこの事を知ったら喜んだだろうか。それとも悲しんだだろうか。
でもいない。もう、マスター・リリスはいないのだ。
どうすればいいのか解らなくなった時、自分のメテオスが大きく揺れた。
「!?」
即座にサーチして、外壁に穴が開いたことを確認する。穴を開けた兵器が何だったかは解らないが、これで敵が内部に入ってくるようだ。
おそらく、自分の後継者たちも来るだろう。
地面に刺していた武器を引き抜く。敵が来る以上、もう悲しみに捕らわれているわけにはいかない。
先に入った者たちと同じように、蒸し暑いと言うのが最初の感想だった。だが、ラキはその次に空しさを感じた。
何故かは解らない。このような姿に成り果てた地球が、ただただ空しかったのだ。
巨大隕石によって星のコアが変質すると言うのは、それほど珍しい事でもない。全く異質な惑星に変化することも、稀にある。
だが、ここまでの災厄をばら撒く星になったのはメテオスだけだ。こうして特定の星を狙って進むのも、メテオスだけだ。
生き延びた者の執念と怨嗟が、この星を空しい道具にしているのだろうか。
「ラキさん? 早く進まないと」
同じ班のエデンが声をかけてくる。彼は七賢なので、防護服を着ていないいつもの姿だ。
「あ、悪いな」
物思いにふけっている暇はないのを思い出し、先に進み始める。最初の設置ポイントは、ここをまっすぐ進んだ先だ。
きしゃああああああ!!
班が進みだしたのを待っていたかのように、姿を現すヒトガタ。その姿は……ラスタルに似ていた。
「そう言えば、どうしてヒトガタはうちらの連中に似てる奴が多いんだ?」
疑問に思っていたことが、つい口に出る。最初の水色――GEOLYTEに似た奴を見た時から、ずっと疑問に感じていたことだった。
サーチした中で、自分らに似た感じだったのは5体、つまり半数だった。GEOLYTE、OREANA、アナサジ、ラスタル、そしてGEL-GEL。
ヒトガタは……メテオスは何故、GEL-GELたちに似せたのだろう。
「多分、地球星人たちの中で『一番の脅威になりうるもの』を選んでコピーしたんじゃないかな」
ラスタルに似たヒトガタの放つレーザーを弾きながら、エデンがその疑問を拾って答えた。
「どうやって俺らのデータを……あ!」
ラキの脳裏に浮かぶ、最初のメテオスの使者パンドラ。軍上層部にいたあの少年なら、自分らを含む連合軍のデータを全て回収できただろう。
パンドラだけでない。財政面ではアベルがいたし、技術面にはリリスがいる。そして戦闘員であるTELOS。
地球星人はたった4人しかいない。だがその4人の動きによって、ここまで危機に瀕している。それだけ彼らは巧みに暗躍していたと言う事だろう。
だが、その地球星人も1人を残すのみだ。数だけ見れば、圧倒的有利ではある。……数だけ見れば、だ。
――TELOS。
リリスの最高傑作にして、地球最強の兵器とされた戦闘機人。
その戦闘機人が待つであろうここのメテオスには、こっちの最強戦力であるGEL-GELとヤルダバオトを送り込んだ。今の所奴に対抗できるのは、あの2人しかいない。
出来ればその戦いを直に見たかったが、さすがに付き合えるほど戦闘技術に優れていない。だから、出来る限りの技術をつぎ込んだ武器を、2人に持たせた。
カナやヤルダバオトから提供された技術もつぎ込んだ。あのフレームが今のラキの全てだと言ってもいい。だからこの戦いは、言わばリリスと自分の勝負とも言えた。
自分の技術は、どこまで奴に通じるだろうか。
「ラキさん!」
またエデンに呼ばれた。どうやらまた考え事に集中していたらしい。
ラキは何回も首を横に振り、目の前の現実に集中し直す。自分にもやるべき事はあるのだ。
内部に突入したGEL-GELとヤルダバオトは、立ち塞がる敵を全て撃破してコアを目指していた。
ラキが用意した武器と、メタモアークからのナビゲート。その二つを持つ2人を止められる者は、何もない。そして。
「……着いたぞ」
内部突入して、ジャスト2分。GEL-GELたちはコア内部……TELOSの元へと飛び込んだ。