撃たれて息絶えたリリスの体は、あっという間に風化してどこかへと消える。
同時に、リリスが操っていた土塊人形もぐしゃっと鈍い音を立てて崩れた。リリスの消滅によって、かりそめの命も消えたと言うことか。
2人の完全消滅を確認したOREANAは、ヴァルキリーランスを収めた。そんな彼女に、カナとイシュタルが近寄る。
「……あっけない最期だったわね」
リリスの消えた跡を見やりながら、イシュタルが呟く。
あれだけ苦戦して、止めはただの銃弾一発。しかも、明らかな隙をついて、だ。
実はまだ生きているのではと思えてしまう。それくらいばかばかしい隙と、あっけない終わりだった。
「……リリス・エンティスは優秀な技術者だったけど、敵も多かったらしいよ」
OREANAの隣で、カナがぽつりと呟く。
「自分の作った作品に自信があるのはいいけど、それをひけらかす事も多かったらしいんだって。
あのTELOSを、『これを超える作品など永遠に出ない』とまで言い切ったらしいよ」
その自信と驕りの先が、この結末と言うわけか。OREANAは自分の製作者であるラキを思い出した。
ラキは、自分たちにどんな感情を抱いているのだろう。OREANAは、彼の口から一度も自分たちの自慢を聞いたことがない。
自慢できるほどのスペックを自分達が発揮できていないのか、それとも失敗作だと思っているのか。
……いや、そうではないだろう。
ラキはただ、満足できないだけなのだ。自分達を生み出しても、まだその先があると信じている。そしてそれは、自分達にも向けられていた。
一度だけ、聞いた事がある。可能性は誰にでもあると。「やれる」ように作った、と。
物事は突き詰めれば「やれる」か「やれないか」だ。可能性はあくまで可能性であり、結果を上回らない。それはOREANAも知っている。
ラキは、その「やれる」を信じている。自分たちも可能性を超えて「やれる」結果を生み出せると信じているのだ。
たとえば、この戦いのように。
パンドラ相手にほぼ負け戦となったことで、同じ地球星人であるリリスに勝てる可能性は極めて低かった。それでもラキは自分達に賭けた。信じていたから。
(……だけど)
OREANAの思考の流れに、一つの歪みが入る。黒い十字架と、大きな目――TELOS。
あれは強い。対峙したのはほんの一瞬だが、それでもその強さははっきりと理解できてしまった。
おそらく最後に残ったメテオスの中に、奴はいるだろう。そしてそのメテオスを破壊するために、GEL-GELが行く。
――GEL-GELは、TELOSに勝てるだろうか。
私は、何をしているのだろう。
痛みが消えてから、ずっとそんなことを考えていた。
何かをがむしゃらにやっていて、そのためなら全てを犠牲にしても、全てを踏みにじってもいいと思っていた。
とても大事な何かを素晴らしいものにするために、何でもやった。何をしてもいいと思っていた。
だけど、その大事な何かが思い出せない。そもそも、それが本当に大事なものだったのか。それすら思い出せなくなっていた。
私は、何をしていたのだろう。
ふつふつと湧き上がってくる、哀しみの念。
あれだけがむしゃらにやっていたことも、今思い出せなければ空しいだけだ。それは、あまりにも哀しい事だった。
何も思い出せない。何も解らない。何も知らない。何もできない。
何もできない。何もできない。何もできない。何もできない。なにもできない。なにもできない。なにもできない。なにもできない……。
――できるわ。
いつの間にか、誰かが近くにいた。
ピンク色の髪に瞳。着ている服もピンクと、ピンク尽くしの女性。それなのに、何故か怪しい雰囲気はなかった。むしろ、親しみやすささえ覚える。
そう。目の前の女性は、見た覚えもないのに何となく知っているような雰囲気がある。この女性なら安心だ、と思わせる何かがあった。
――貴女も、何かできる。何かを与える事はできる。
自分にも何かが出来る。
嬉しい。
何もできないと思っていた自分も、何かが出来る。誇れることが出来る。何かを与える事が出来るのだ。こんなに嬉しい事はない。
自分も、何かをしたい。何かを与えたい。心の底からそう思った。
――貴女なら、できるわ。
女が笑う。釣られて自分――リリス・エンティスも笑った。
懐かしい感覚だった。昔、こんな風に思って頑張っていたような気がする。自分にも何か出来ると信じ、その能力を必死になって磨いた。
褒められた時、嬉しかった。自分の出した結果が、人に喜ばれ、褒められる。それはとても幸せな事だった。
誰かのために、何かのために頑張る。それはとても素晴らしいものだと理解していた。評価するものがいると言うことは、とても大事だと。
そして今、また出来る。それはとても素晴らしい事だった。
何かを与えたい。みんなのためになるもの、みんなの役に立つもの、みんなの未来へ繋がるもの……。
リリスの意識がゆっくりと消える。
何かを与えたい。その気持ちを抱えたまま、ゆっくりと目を閉じる。
目を閉じた瞬間、自分にとっての大事な何かがよぎる。とても大事な何か。
ごめんなさい、とリリスは心の中で懺悔する。何かを置き去りにしてしまうのは苦痛だが、その代り、自分は心からの贈り物を贈れるはずだ。
受け取ってほしい。
そして。
アベルの時と同じように、メテオスが変わる。
メテオスが輝く。内部からの発熱ではなく、光り輝いているのだ。それも外壁全体が。
輝くメテオスの周りに、ヒトガタを初めとするメテオやコメットが集まる。アベルのメテオスの時と全く同じだ。
「また外へ飛ぶのか!?」
誰かが警戒するが、全くの懸念だった。メテオスは飛んだが、そのスピードはアベルのメテオスの時より遅い。そして行く先も違った。
「メテオスの位置、確認できました!」
「映してください!」
グランネストの命令に応じて、レイが画像をモニターに出す。映し出されたのは、銀河をめぐる一つの輪だった。
メテオスを先頭に、コメットたちだったメテオが一本の線となり、それが回って輪と成す。たまに輪からメテオが零れるが、大きな輪は崩れる事がない。
それは、天使の輪によく似ていた。
「エンジェル・ハイロゥ……」
間一髪のところで脱出できたイシュタルが、そう呟いた。その手が祈りの形に組み合わさっているのは、かつてスターリアの巫女だったころの名残か。
同じように間一髪で脱出できた直接攻撃班と爆弾設置班も、うっすらと見える天使の輪の一部をぼんやりと見ていた。
フィアは深く息をついた。
メテオスは二つ消えた。少しずつ、地球が喪われていく。
座敷童――カナは地球から解き放たれたと言っていたが、自分はほんの少しだけあの夢の地球に未練があった。
願わくば、あの世界にもう一度降りてみたい。あの暖かな空気の中、自然を思いっきり探索してみたい。密かにそう思っていた。
だが、メテオスは消えた。一つは遠い銀河の果てへ飛び去り、もう一つは宇宙をめぐる大きな輪となって。
やっぱり無理な物は無理か、と苦笑が浮かびそうになるが。
『メテオスが再び移動!』
どこかの艦のオペレーターからの声で、フィアだけでなく全員我に返る。
残る一つのメテオスは、もうすぐ防衛ラインを突破しそうになっていた。あと一時間もすれば、完全に突破されるだろう。
連合軍も何とかして動きを止めようとしているが、ヒトガタなどの抵抗や攻撃をものともしない外壁のせいで、その動きが一向に止まる気配がない。
OREANAが急ぎ防衛に入ろうとすると、今度はグランネストの声が飛んだ。
『皆様、メタモアークの射線軸から離脱してください!』